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第18話四歳の誕生日上
しおりを挟む俺の誕生日は5月8日。
俺は今年で4歳の誕生日を迎える。主な出席者は現公爵である父方の祖父母と、公爵家で雇っている有力家臣や有力な配下の貴族と言った身近な人物だけである。
この世界には、誕生日を毎年祝うという習慣は無いらしい。
理由は単純。
幾ら帝政ローマのような優秀な街道が幾つも整備された。文明化された国とは言えやはり移動に時間がかかり過ぎてしまう。領内を移動するとしても、盗賊や災害の危険は避けられない訳で、子供を旅させるとしても、5歳からと言うのがこの世界の常識である。
他にも理由を上げるとすれば、幾ら良いモノを食べ医者に掛かれるとしても子供と言うのは死にやすい。免疫が弱く、病気で簡単に死ぬ。
子守女中が居たとしても死ぬ時は死ぬのだ。
だから日本で言う七五三までは、夭折する危険性が高いため、あまり大きなお祝い事はしないのが習わしとなっている。
しかし、公爵家ともなれば人を使う立場。下の者は新たな主人の覚え目出度い存在になりたいし、家族としては支持者が欲しい。いわば折衷案として今回略式ではあるものの、誕生会が開かれる事となったのだ。
普段とは違い、あまり使う事の無い講堂のような部屋に、両親を含めた多くの人間が集まっている。
頭上にある何基もあるシャンデリアには蝋燭ではなく、魔石と言う前世にはない結晶物を用いたもので、明かりを取り水晶かガラスで反射させているようだ。
立食系式のパーティーのようで左右の壁際には、牛肉や新鮮な野菜と言った贅を尽くした料理はもちろん。
葡萄酒やビールの入った白磁や木製の盃やジョッキを銀製の盆に乗せた。【執事】や【従僕】がゆったりとした足取りで歩き回り、食べ終わった食器などを受け取りつつ酒精や果実汁を渡して行く。
貴族のパーティーと言えば「挨拶」が重要だとされているが、今回に限っては身内と言って良い。子飼いの貴族しか呼んでいないため殆ど問題はないのだから、態々俺の様な子供にまで挨拶に来るような物好きは少ない。
周囲を見れば、市政を回すために必要不可欠な家臣である文官や、亜貴族と呼ばれる一代貴族達である。騎士の称号を持った男達に、騎士爵位と言う継承可能な爵位を賜っている。指揮官とその妻子たちが会場には大勢いて、父母や祖父に挨拶をしている。
そんな事を考えていると、短い白髪に白い髭を蓄えたガタイの良い老人が複数の男達を共だって歩いて来た。
「おお! ユーサー初めて会うな。ワシはユーサーの祖父でコンスタンティンと言う。ユーサーの三歳の誕生日を共に祝う事が出来ずすまなかった」
祖父を名乗る老人は、心の底から申し訳なく思っているようだ。
俺は家庭教師や保母女中から習った通りに、片膝を折り礼をしたのち、身体を起こしてから口上を述べる。
「お初にお目にかかります、お爺様。ユーサー・フォン・ハワードと申します。お会いできたことを光栄に思います」
本来同じ姓を名乗る血縁関係において、さほど強い従属関係を強いる事はこの国では珍しく、俺の行ったお辞儀は下位の者が上位の者に行うものである。
明文化されていない事ではあるが、公爵本人の子供は全員一つ下の爵位である侯爵と同じ扱いをされる。その中で優劣をつけるのは別の爵位を持っていれば、その中でも上位の存在となる。
俺の場合、「ノーフォーク公爵」と言う爵位を持つ男の孫という事で、二つ下の伯爵位とほぼ同じ立ち位置になる。
彼女ら曰くこの挨拶は公爵家当主やその妻子、それに王族と数えるほどしか俺の立場では使わないが念のため、と教えられていたもので、本来はもっとフォーマルでフラットな挨拶でもいいのだが、子供がキチンとした序列や礼儀を知っているうえで、口調や態度を崩すのと知らなくて口調や態度を崩すのとでは、周囲や相手に与える印象はガラりと変化するだろう。
「うむ。四歳でここまでシッカリとした挨拶を出来るとは……将来が楽しみで仕方ないな! しかしあの撥ねっ帰りの愚息からこのように素直で賢き子供が生まれるとは……」
俺が人だかりに巻き込まれているのを見て、両親がこちらに来てくれたようだ。
俺と同じように、片膝を折り礼をしたのち、身体を起こしてから父は口上を述べる。
「お久しぶりですお父様。一番驚いているのは俺です。俺のような剣しか取り柄のないような男の種から、こんなにも理知的な子供が生まれるとは……ハワードの血と妻の血がよほど濃いのでしょう……トンビが鷹を産んだとは正にこの事でしょう」
父の口調からは、親子の情や愛と言ったモノを感じる事は出来るものの、その何方にも遠慮や配慮と言った距離を感じる。
やはり長男と言う立場で、実家を数年飛び出した事に負い目のようなものがあるのだろうか?
「パウル。お前の代官としての働きは、家宰や文官から良く聞いておる。良くこの地を治めているようだ。貴様は他の兄弟と比べ見識はあるが数年の経験の差がある。長男だからと油断しておると足元を掬われるぞ?」
祖父の言葉には愚息と言いながらも、父を慮る親心が見えた。そうでなければ、態々忠告をするとは思えない。
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