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第9話乳兄妹に謝る

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 俺とスヴェータが屋敷に入ると、それを見計らっていたかのように子守女中ナースメイドが駆け寄って来る。
 おっとりとした優しい雰囲気の彼女は、名前をマリーネ・マグヴァレッジと言い、実家は一代貴族キャリア・マーキスとして騎士に任ぜられた。新興の家で一応俺の警護も兼ねている、おっとりとした優しい修道女シスターのような雰囲気の女性だが、徒手空拳ステゴロに長けている事と、その温和で親しみやすい雰囲気で採用されたらしい。

「あらあら、まぁまぁ。ユーサー様珍しくお召し物が汚れていますね。先ほどの爆音のせいですか? スヴェトラーナ様見本だからと言って、あんなに大きな魔法を使うのなら責めて事前に一言欲しかったです」

「うっ……それは……そうだけど……」

 スヴェータは子供っぽい性格で、見た目が若いせいか兎に角当家の使用人達から、猫かわいがりされている。本人は屋敷に来て数日立て居るもののビクついているが…… 

「まぁ私はどの道ユーサー様のお世話をするだけです。ユーサー様お着換えをしましょうね~そのままだと砂埃がその辺に落ちてしまいますし……それとスヴェータ様も着替えられた方がよろしいかと」

 俺はそのまま玄関横にいる。空き部屋に連れていかれ服を脱がされる。まだ頭が大きく一人での脱ぎ着は重労働なのだ。

「大分筋肉も付いてきましたね。昼食を食べてお昼寝した後の午後はどうされますか? 読書ですか? それとも私と筋トレしますか?」


 どうやらマリーネは、トレーニングがしたいらしい。
 ――――と言うのも彼女は昔から父に憧れ騎士になりたかったらしい。だが不運な事に剣や槍といった長物がてんでダメだった。
 ……だが徒手空拳としゅくうけん、格闘技には才能があったらしく、メキメキと頭角を現したものの、残念ながら騎士とは馬術、剣術、槍術、弓術に長けた決戦兵種なのでマリーネには土台無理な話なのだ。
 だが現在は子守女中ナースメイドとして、己の内に秘めた騎士道を燃やし、俺に良く仕えてくれている。
 自分が叶えられなかった夢を、俺に託しているのかもしれないが、残念ながら俺は次期公爵候補なので、例え騎士に成れたとしても数年しか出来ないだろう……父のように。

 だからと言って武芸は貴族の嗜み。その一環として今行っているのが俺のカラダ作りだ。彼女が亜人の冒険者に習ったと言う武術の型を見せて貰い、俺も真似て動かす。
 これだけでも必要な筋肉は鍛えられ、外出が難しい俺でも運動不足になりにくい。前世で見た漫画の「史上最強の弟子ケ〇イチ」でも筋トレよりも短期間で効果が出やすいが、身体を壊しやすいと言っていたので、ある程度はセーブしている。
 だが俺は面倒くさがりの出不精のせいで、前世では太っていた。変わろうと志した今世では女にモテるためにも痩せているのは前提条件だ。

「そうだな~先ずは騒音騒ぎで泣いたって言うベリンダと、アイリーンにも謝らないと……」

「左様ですか……」

 露骨にがっかりとした声音で返事をする。

「それが終わったら少し外で身体を動かそうかな……」

「鍛錬ですか?」

 心なしかマリーネの声色からは落胆の色が伺える。
 マリーネ分かりやす過ぎるでしょ。まぁ自分が二十代の頃はどうだったか? と言われると自信がないが……仮にも騎士を目指していたのなら、もう少しポーカーフェイスを出来ても良かっただろうに……

「少し畑に興味があってね。屋敷の畑でも花壇でも牛舎付近でも、場所はどこでも良いんだ、ただ俺以外にも片手間程度で良いから手伝ってくれる人が欲しいなって……」

「なるほど……その話なのですが、ユーサー様少しお時間を頂けますか?」

 マリーネの言葉は想像通りだった。恐らく場所の確保をするため候補地を担当している。庭師ガーデナーや製酪農女中ディリーメイドなどに上司経由で話を通す時間なのだろ|う。
 屋敷の周囲……正確には、屋敷で使う食材を賄うために日本で言う。御料牧場ごりょうぼくじょうとか荘園が屋敷の周囲に分散して存在する。
 理由は屋敷の周囲には城下町が広がっていて、農耕地を今以上には増やせないからだ。だから屋敷の周囲には豚や牛、鶏などの食肉と、移動に用いる馬や駆鳥カケドリを飼育する酪農地しかないのだ。
 この屋敷もノーフォーク公爵家にとっては、領内に数ある城や屋敷の一つに過ぎない。
 屋敷の周囲で食肉を育成できるのも、ここが田舎だからだ。

 まぁ、その方が俺には都合がいいけど……

「別に構わないよ。時間が余っているから、少し趣味を持ちたいと思っただけさ……」

「では、保母女中ウェットナースメイドのリャナンシー様から話を通しておきます。大きさはどれぐらい必要ですか?」

 そうだなぁ……10畳とかそう言う。前世と同じような寸法があればいいんだけど……

「大人の歩幅10歩×10歩の正方形ぐらいでいいよ。そんなに大きな事がやりたいわけじゃないし……」

「かしこまりました。それではベリンダ様のお部屋に案内いたします」

 部屋に着くと先にスヴェータがアイリーン夫人とリンダに謝罪していた。

「本当にごめんなさい。私の不注意でリンダちゃんを驚かせてしまって、アイリーン様申し訳ございませんでした」

「次回から気を付けて頂ければ結構です。
 それにユーサー様は “魔法の才覚に優れていると言うのに” 、私如きの我儘でその覇道の歩みを遅らせるなどあり得ません。家の娘も頭の良い子だとは思いますが本物の天才児に及びません……それに私は本来子爵の子が受ける教育よりも、良いモノをこの子に与えられているだけで満足です。」

 椅子に腰かけたアイリーン夫人は、膝で眠るリンダの鎖骨まで伸びた。美しい茶色のミディアムヘアを手櫛で梳いている。

「ユーサー様。ドアの前に居る事は分かっています。早く来なさい」

 子爵夫人であるアイリーンが、ここまで公爵嫡男であるユーサーに、強くあられるのには理由がある。一つは旦那がユーサーの父であるパウルと友人であり、アイリーン自身も外国から嫁いできたシルヴィアの茶飲み友達であり、何よりも乳母である事が理由だ。
 乳母は第二の母であり、例えば家庭教師ガヴァネス専門教師チューター保母女中ウェットナースメイドにも意見を言える立場なのだ。本来は下級使用人と言われるが、未来の当主を育てる立場の人間を軽視できるハズがない。

(げっ! 見破って来るのかよ……透視能力とか気配を感知できたりすのか?)

「はい」

 俺は仕方なくドアを開ける。
 
「リンダ起きなさい」

 アイリーンは、膝の上でいびきをかいて寝ている幼女を無理やり叩き起こすと膝の上に座らせる。
 リンダは何の事かわからずに寝ぼけ眼を擦っている。

「何お母さん……」

「スヴェトラーナとユーサー様が、さっきの凄い音について謝りたいって」

「さっきの音? ……」

(お前が泣いたって言うから謝りに来たんだけど……30分程度で忘れるとかお前の頭は鶏か!)

「そうそう」

 アイリーン夫人は相槌を打つだけだ。

「あっ!」

 思い出したのか大きな声を発する。

「ラナ! ユーサー! 私が気持ちよく寝てたのにドカドカバカバカうるさいのよ!」

「ごめんなさい。ま、まさかあんなに大きな音が鳴るなんて思わなくて……」

 スヴェータは自分よりも遥かに年下である。三歳の女児に詰められている光景を見ると、日常系漫画を見ているようなホッコリとした気持ちになる。

「ラナが悪いと思ってるなら、ユーサーだけじゃなくて私にも魔法を教えて! ユーサーだけズルいのよ」

 流石にスヴェータも即答は出来ないようで、アイリーン夫人にアイコンタクトを送っている。

「リンダはまだ読み書きが出来ないでしょ? 読み書きができたら魔法を勉強できるようにしてあげるから」

「む~~~~分かった! 私がんばる! ぜーったいユーサーには負けないんだから!」

「ごめんって」

「勉強教えてくれたらゆるしてあげる」

(急いでやる事も今はまだない。武芸の先生が決まるまでは出来る事をしよう……)

「いいよ」


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