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第1話転生

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 俺25歳フリーター子供部屋在住、人生後悔中←今ココ。
 高校卒業と同時に、同じ軽音楽部だった奴らとメジャーデビューの夢を掲げて、この10年間バンド活動を続けていた。
 俺は小さな頃から漠然とした目標があった。

『有名になりたい』 

 俺は他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。
 最初は特撮番組のヒーローへのあこがれだった。
 社長、英雄、考古学者、画家、芸能人、作曲家……時期によってなりたかったものは違うがどんなものだって良い。
 ただそれらの道のプロフェッショナル、歴史に名前を刻むそんな人物になりたかった。

 高校時代からなし崩し的に続けていたが、正直に言って自分には熱意も情熱も才能もない。
「あぁコレもダメなんだ……」俺は熱中することができず、成長の壁にぶつかる度に楽な方へ逃げてしまう逃げ癖がある。
 高校卒業から7年……もっと早くに諦めが付けばよかった。
 今にして思えば、もっと色々な物事に挑戦するべきだったのだろう。
 自分が興味を持てる道を見つけられるように。

 しかし、俺は積極的に行動できる行動力のある人間ではないのだ。
 一生を捧げたいと思えるような、そんなナニカを見つけたかった。
 残念ながら現実はそんな御伽噺フェアリーテイルのようには出来ていない。
 25歳から新しい事を始めようと言う、バイタリティは残念ながら持ち合わせてはいない。

 時間は少し遡る。

 仕事の休憩中、ポケットに入れたスマホが震えた。
俺は急いで事務所で休憩中の仕事仲間に軽く会釈をして、急いでバックヤードに入ってスマホの画面を見た。
 通知画面を見ると電話をかけて来たのは、同じバンドのヴォーカルの中村だった。

「もしもし」

 俺の声は緊張と高揚感で擦れていた。
 仕事仲間が内線インカムで電話に出てくれとか言っているが、そんな些末さまつな事は今はどうでもいい。先月受けた大手CD会社のオーディションの結果が、届く日が今週だったのだ。

「もしもし、オレオレお疲れぇ~~いやぁ~ホントごめんね仕事中に…」

「全然問題ないよ。それで結果はどうだったの?」

「それがさぁ……俺達メジャーデビューする事になった」

 その声音は少しだけ、申し訳なさそうなニュアンスが含まれていた。

「マジ? でいつ?」

「その事なんだが……俺、岡本、荒井、坂本、中田はデビューするんだがお前だけは無理なんだ」

「えっ?」

 内村の言葉は、俺の後頭部を殴りつけたような衝撃だった。

「お前より上手い奴はいるし……スカウトさんがウチにいい奴いるって言うんだよ。ソレに先方の提案を断るわけにもいかないだろ? 俺はバンドの顔なんだから、一人を切り捨ててでも他の仲間を食わせなきゃならん。
 だからお前はクビ、クビだよクビ! お前の大好きなWEB小説でそんなのあったよな? パーティー追放って奴だっけ? ギャハハハハハ!」

 おどけたような声で中村は俺を茶化すと、耳に当てたスマホのスピーカー越しにドッと湧く笑い声が響いてくる。
 その声に聞き覚えがあった。
 岡本、荒井、坂本、中田……その声の主は、全員俺が所属するグループ【 showdownショーダウンconcertコンセールト】のメンバーだ。

「今日は確かカラオケに皆でいるんだよなぁ……」

「あぁそうだぜ。お前にわざわざ電話するために今歌うの辞めて、フライドポテトツマミながら酒盛りしてるところ……」

「……」

「もういいか? こっちは新たな人生の門出を女と一緒に祝ってるところなんだよ。お前さぁ……いい加減空気読めよ。辛気臭ェ空気がうつってくるじゃねぇか……」

「ごめん……」

「あ、そうだ、お前に良い事教えてやるよ。お前が好きだって酒の席で言ったスリーピースバンドのヴィーナスのヴォーカルの平良田ひらだって覚えてるか? アイツ今の俺の彼女だぜ? 
 今の俺らイケイケだからさ、お前以外全員彼女居るんだよ。俺らが良く使ってるライブハウスに来てるお客さんだったり、バンドマンで可愛い子何人かいるだろ? ガールズバンド、アンデッドバンデッドのベース羽田潤はねだじゅん、フェアリーテイルのギター不知火しらぬい、オアシスのサブヴォーカルの白銀しろがねとか宝田たからだとか……」

 つらつらと内村が挙げていく名前に聞き覚えがあった。
 全員が俺が可愛いと思った女の子だったという事だ。俺は自他共に認める陰キャだが、挨拶だけは必ずしてきた。彼女達を誘って挨拶周りをしたして、なじめるように協力してあげたのに……こんなクズ共を彼氏に選ぶなんて男運が悪い女の子達だ。

「そう言えばお前って今のバイト先に勤務して5年以上も経ってるよな? お前才能ないんだからさ、もう諦めて就職でもしたら? じゃぁな」

「ま!待ってくれよっ!! 責めて電話じゃなくて直接会って言えよ!」

 ツー ツー ツー と言う残響を倉庫に響かせて、電話は切れた。
 
「嘘だろ……」

 ドッと疲れが込み上げてくる。

「お疲れーーあ、品出し終わってないから今日残ってって」

 社員さんの言葉に返事をする気力も起きない。

「おい! 聞いてるのか!?」

 社員さんが声を荒げる。

「はい。」

 俺は力なく答えた。

「明日は店長が出勤してきたらそのまま家に帰っていい。
それまでに品出しと店内清掃全て済ませといてくれ。
労基的に不味いから明日一日働いたことにして、調整しておくって言ってたから後はよろしく」

 俺は本部が送り付けて来た、利益の少ないプライベートブランド P   B の商品を運び、新しいイベントの対して値段の変わっていない値札や、ポップを張りながら大きな欠伸をする。

 俺の仕事をしている職場は、大手カー用品店のフランチャイズ F  C 会社であり、賃金と待遇のせいか販売も整備士も、店舗の人間も兎に角人員の入れ替わりが激しい会社のため、高卒でバイトして7年も立てば中堅以上の扱いをされる。
例えそれがバイトだとしてもだ。

 そのため辞めていく新人や、無責任なバイトや社員の後始末をするのが今の俺の主な仕事である。

 小学生の頃、漠然と思い描いた格好のいい大人、なんてものからは遠く離れた姿。
底辺を這いずり回る、ドブネズミやゴキブリみたいなクソ見たいな人生。

 毎日夜遅くまで働き、趣味に費やす時間もなく、こうして家と仕事場を行ってかえっての日々……。

「生まれて来た意味ってなんだろう。働くってなんだろうな……」

 ガン! と音を立てて、埃っぽいバックヤードの鉄扉が開く。
 そこに居たのは三十代後半で金に近い茶髪で、年甲斐もない若作りをして、軽薄そうな見た目の色黒の売れないホストのような男だった。

「お疲れ様です。店長……」

 俺は目を伏せて店長に形式だけの挨拶をする。

「あ、居たの? 悪ィ悪ィお疲れ、お疲れ……いや~ホントゴメンねw。
俺も本当は手伝いたいんだけど、今日はエリアマネージャー……部長と会議があってね~。
鍵はいつも通り預けておくから、明日は早番……昼あがりでいいからいつも通り朝一番に来てね~ それじゃぁよろしくぅ~~ ( `・∀・´)ノ」

「今日は店長のおごりですかぁ~」
「おごりだよ」
「やったぁ!」

 そう言うといつも通り、未婚の若い女性スタッフ数名を引き連れ早々と上がって行ってしまった。
 女と酒があれば会議じゃなくて飲み会だし……てかエリアマネージャーあんたは妻子が居るだろうに……

「縁故採用なんだよなあのクソ店長、本部長の子供だかなんだかで……はぁ……なんで俺こんなクソ見たいな仕事してるんだろう……」

 俺はブラック企業に勤める平凡なフリーターだ。

 今日も今日とて、毎週水曜日恒例のバイトが終わらせなかった分の品出しを、サービス残業として帰って帰る(帰るのは日付をまたいでから)の始まりだ。
 バイトは出来るだけ働きたくないし、社員は社員で面倒な仕事は出来るだけバイトに押し付けたい……そうやって品出しを押し付け合っているせいで、俺がこうして一人残業する事になる。
 俺の時給はバイトを始めた時から差ほど上がっておらず。バイトリーダーとなった今も時給はギリギリ千円。もう少し給料を上げて欲しいものだ。

「つかれた……しぬ……」

 時期は秋の夜長とは言う物の密閉された空間ではまだ暑い。
ベテランと若手の間に挟まれる俺、気が付けばストレスで激太りしている。
 
 汗で首に巻いたタオルが、じっとりと濡れて気持ち悪い。

 どうせ9時30までに出社してくる店長が来れば帰れるんだ。
少し気持ち悪いがひと眠りしよう……俺には「36協定」なんてものがあっても意味はない。
この会社ではサビ残 休日出勤をしないと回らない人員で働かせ、固定残業代で安く済ませている。

 腐った世の中だよ……

俺は眠りについていた。


………

……




「xxxxxxxxx!」

 なんだこの声は……

 男の怒声が聞こえる、しかし不思議と恐怖感はない。
どちらかと言えば安心感さえ覚える。奇妙だ。

「――――ッ!!」

 息が出来ない。
呼吸の仕方をまるで知らないように、体が俺の言う事を聞かない。
呼吸ができず苦しんでいると、お尻の辺りに衝撃が走る。

――――バシン!

(イってぇ! 叩くならケツじゃなくて心臓マッサージにしろよ!)
 するともう一度ケツが叩かれる。

――――バシン!  

 叩《はた》くとかそう言うのじゃなくて、体を揺さぶる……そんな衝撃が何度も走る。
 痛みと衝撃に耐えられなくなって終に口から声が漏れる。

「えっえっ……ふぎゅあ、ほぎゃぁああぁぁぁぁぁ――――!!」

 まるで赤子の鳴き声のよな声が俺の口から発せられていた。
(は? なんで俺喋れないんだ? 意識は間違いなくある。
だが体が動かない)

 まるでツ○ペリどこぞの男爵に抜き指で鳩尾を突かれて、肺の中の空気を1㏄残らず絞り出した。ジョナサンように、肺は新鮮な空気を求め、求道者のように欲した酸素を吸収していく。
 泣いたお陰か、呼吸の仕方をこの幼い体は理解したようで先ほどまでの息苦しさはない。
 コレが波〇の呼吸……否。流行に乗るなら全○中〇〇の呼吸! と言った方が受けはいいだろうか?

 俺が現実逃避を兼ねて冗談を言っていると――――

「xxxxxxxxxxxxxxxxxx」

 優しい女の声が聞こえる。
だが何を喋っているのかはさっぱり分からない。
しかし彼女の優し気な声音からは敵意や害意を感じる事はない。
もっとこう……母性……慈愛? そう言った優しさを感じる。
 
だが女性の声は、到底日本語を喋っているようには聞こえない。

(もしかして……俺は赤子に転生したのだろうか?)

 転生……輪廻転生りんねてんしょうとは、仏教やその元となったバラモン教で信じられた教えであり、五つないしは六つの世界をカルマの度合いで行き来するとしている。
 仏教ではこの輪廻を苦と考え輪廻から解脱し、【永遠不滅の我】へと至る事を目的としている。
 日本ではどの世界に行くのかは、閻魔大王を始めとする十王《じゅうおう》と言う裁判神によって、捌かれ地獄行きかが決まると言う、先ず死んだ記憶も、約二年にも及ぶ裁判を受けた記憶もないので、どうやら嘘っぱちだったようだが……仏は一人で10億もの世界……仏教用語では三千世界仏国土を管理しているのだ。
 人手が不足……否、仏手が不足しているのだろう……一応程度の仏教徒である俺の生後の管轄は、インド由来の仏教なのか、はたまたこの国固有の神道なのかそれとも、クリスマスやバレンタインぐらいしか関係を持っていないアブラハムの宗教なのかは分からないが……
 それだけの世界があるのだ。俺が地球に転生しているのかはたまた、異世界に転生しているのかは分からないが、今はそのまま生きていくしかない。

 俺の眼も耳もロクに見えないし聞こえない。
だがその分他の感覚は冴えわたっている。
 周囲に数人の男女が居る声がする。
産婆やメイドなどが居るのだろうか?

 そんな事を考えていると、この小さな体の体力が尽きたのか眠りに落ちた。

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