上 下
4 / 18

第4話 転生

しおりを挟む
「春秋! よくぞ一人で百鬼夜業を打ち滅ぼし将たる鬼を捕らえたものよ……」

 悪赤丸を一瞥《いちべつ》し俺に話しかけてきた。
 直系血族とは言え普段中々お目にかかることは無い。緊張のあまり喉がカラカラに乾いて来た。

「は、播磨守様。ご報告があります……」

「固くなる必要はないよ。春秋は孫……我の子孫なのだから……その前にコイツを祓ってしまおう」

 存在を無視されており怒りが溜まっていたのであろう。悪赤丸が声を荒げた。

「俺を塵芥《ちりあくた》のように扱うな! このクソッ――――「 हुंウン!!」……」

 刹那。
 清明様の呪力が爆ぜるように膨らみ。種子真言《しゅじしんごん》を唱えた瞬間。悪赤丸が爆ぜた。
 種子真言は密教において、仏尊を象徴する一音節の呪文の事だ。
 即ち払われたのだ。
 周囲の術者が皆絶句していると。

「修練すれば皆これぐらいは出来るようになる……さて春秋。改めて報告を聞こうか……残念ながら君の式神の届けてくれた巻物を少し見ただけでただ事ではないと思い。急ぎ竜を使って飛ばして来た訳だ」

俺は聞いた話を清明様に伝えた。

「フム。……新皇《しんのう》を僭称した豪族。平将門が怨霊と化したか……確かに肌がピリつくほどの濃密な陰の気……それも強烈な鬼気を感じるわけだ……」


清明様は暫《しばら》く思案すると……


「仕方がない。彼の怨霊を退ける結界をこの京の都全域に敷く……絶対に東山より東へ追いやる! 知常《ともつね》! 我が安部一族や一門に六つ未満の稚児《ちご》はいるか?」

 その言葉で俺は察してしまった。古来より呪術を強化補強するのは意思の宿った動物を主に使う。その贄として最上位なのはもちろん人間であり、取り分け物心つく前の7歳までの子供は神道では神様の子とされ、それ以外だと穢れを知らぬ乙女や霊力の強い人間が適しているとされている。

 そして今条件に当てはまる者の中には、我が兄の娘である美代がいる。父、知常に長男のそれも実の孫を贄に出すことを知らずに要求されている。
 こんなに不幸な事はそうそうないだろう。
 それに姪の美代は類い稀な霊力の量を持っている。なによりも俺も元服して数年は生きられた。それすら許されない無念さで、悔しくて悔しくて俺は心が押しつぶされそうになる。
 なら霊力と贄が必要なだけであれば、男の身である俺でもいいという事だ。
 緊張のあまりゴクリと喉が鳴る。
 カラカラと乾いた口内を大きく開いて俺は声を上げた。

「お、お待ちください! 播磨守《かみ》さま! に、贄ならば私がなりましょう!」

 緊張のあまり声が上釣ってしまった。
 俺の言葉に周囲の術者は驚愕の表情を覗かせる。
 呪術に携わる者は己の事を第一にしたものが多い。なぜなら我々が目標としているのは神秘の解明であるからだ。自分で解き明かしたいと言う狂人しかいないと言ってもいい。

「いいだろう……男児それも元服の後となれば、丁寧に禊をし穢れを払わねばならぬ。急ぎ禊《みそぎ》を済ませるのだ。場所は……京の都の中央の付近の山で行う」

 俺は髪を結って白い着物に着替えその上から冷たい水を浴び霊的に身を清める。
 神社の中央には護摩壇《ごまだん》と、安部家の秘術に用いらる祭壇である天壇《てんだん》が作られており、今から行う呪術の規模がありありと感じられる。

「今からお前を贄として、我ら陰陽道の主神である泰山府君《たいざんふくん》に捧げ、天壇を外界より隔絶する結界術。
 天壇封印《てんだんふういん》を拡大させ、都全域に敷き怨霊・平将門《たいらのまさかど》を都より東に追放する。四方と中央の寺社仏閣をこの地図に表せ陣を描きこの結界をより強固なものとするように一所懸命《いっしょけんめい》に考える。お前の命は無駄にしない。春秋準備は言いな?」

「はい」

“祓う”でも“封印”するでもなく“退ける”と清明様は言った。
俺の表情から不安の感情を察したのか声をかけてくださる。

「案ずるな。東国を中心に手当たり次第、神社仏閣を建立し平将公《しょうもんこう》を祭り上げ。この国の……護法善神として祭り上げる……ヤツとて現在の帝には思う所はあれども、この地を犯す輩から国を守るためなら手を貸そうぞ……そうだな東国に大きな社をたて祭り上げよう」

 俺は祭壇の一段上に供物や呪具と共に並び、清明様たちは狩り衣《ころも》のまま印を結び柏手を打ち祝詞を唱える。

「これなる陰陽師播磨の守、安倍晴明。謹《つつし》んで泰山府君《たいざんふくん》、冥道の諸神に申し上げ奉る――」

 静かな闇夜のなかで煌々と輝く護摩壇《ごまだん》と、松の明かりに照らされて粛々と儀式が続いていく。

「――――よって天孫の末裔たる帝のおわす聖域たる都を閉ざし、邪気を遠ざけん――天壇封印《てんだんふういん》!」

 その言葉で俺の呪力や意識が急激に遠ざかっていく。

「くっ!」

 俺は苦しみのあまりに声を漏らす。
 東には青い光が、西には白い光が見え天壇封印が発動したことが確認される。

「――――なお。これなる陰陽師。安倍春秋の魂を今一度。六道《りくどう》。人間道にてこの日の本で戦乱の無い平和な世で健やかに暮らせるようにし給へ! 冥道を司る十二の善神。泰山府君《たいざんふくん》、天曹《てんそう》、地府《ちふ》、水官《すいかん》、北帝大王《ほくていだいおう》、五道大王《ごどうだいおう》、司命《しめい》、司禄《しろく》、六曹判官《りくそうはんがん》、南斗《なんと》、北斗《ほくと》、家親丈人《かんしんじょうじん》よ! 陰陽師。安倍晴明の願いを聞き届けた給へ」

 清明様は本来予定していなかった祝詞を付け足し、俺の来世を神々に祈祷したのである。

「播磨守……おじい様……」

 俺の視線に気が付いたのか清明様はこういった。

「姪御のために命を捨てる。その判断を出来るお前をどうして見捨てられようか? お前とて我が子孫なのだから……来世は平穏無事に生きよ。そして我が陰陽術の花開く世を見届けてくれ……」

 清明様の言葉を聞き終えた瞬間俺の意識は遠のいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

最強無敗の少年は影を従え全てを制す

ユースケ
ファンタジー
不慮の事故により死んでしまった大学生のカズトは、異世界に転生した。 産まれ落ちた家は田舎に位置する辺境伯。 カズトもといリュートはその家系の長男として、日々貴族としての教養と常識を身に付けていく。 しかし彼の力は生まれながらにして最強。 そんな彼が巻き起こす騒動は、常識を越えたものばかりで……。

八百長試合を引き受けていたが、もう必要ないと言われたので圧勝させてもらいます

海夏世もみじ
ファンタジー
 月一に開催されるリーヴェ王国最強決定大会。そこに毎回登場するアッシュという少年は、金をもらう代わりに対戦相手にわざと負けるという、いわゆる「八百長試合」をしていた。  だが次の大会が目前となったある日、もうお前は必要ないと言われてしまう。八百長が必要ないなら本気を出してもいい。  彼は手加減をやめ、“本当の力”を解放する。

転生リンゴは破滅のフラグを退ける

古森真朝
ファンタジー
 ある日突然事故死してしまった高校生・千夏。しかし、たまたまその場面を見ていた超お人好しの女神・イズーナに『命の林檎』をもらい、半精霊ティナとして異世界で人生を再スタートさせることになった。  今度こそは平和に長生きして、自分の好きなこといっぱいするんだ! ――と、心に誓ってスローライフを満喫していたのだが。ツノの生えたウサギを見つけたのを皮切りに、それを追ってきたエルフ族、そのエルフと張り合うレンジャー、さらに北の王国で囁かれる妙なウワサと、身の回りではトラブルがひっきりなし。  何とか事態を軟着陸させ、平穏な暮らしを取り戻すべく――ティナの『フラグ粉砕作戦』がスタートする! ※ちょっとだけタイトルを変更しました(元:転生リンゴは破滅フラグを遠ざける) ※更新頑張り中ですが展開はゆっくり目です。のんびり見守っていただければ幸いです^^ ※ただいまファンタジー小説大賞エントリー中&だいたい毎日更新中です。ぜひとも応援してやってくださいませ!!

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

悪役貴族に転生したから破滅しないように努力するけど上手くいかない!~努力が足りない?なら足りるまで努力する~

蜂谷
ファンタジー
社畜の俺は気が付いたら知らない男の子になっていた。 情報をまとめるとどうやら子供の頃に見たアニメ、ロイヤルヒーローの序盤で出てきた悪役、レオス・ヴィダールの幼少期に転生してしまったようだ。 アニメ自体は子供の頃だったのでよく覚えていないが、なぜかこいつのことはよく覚えている。 物語の序盤で悪魔を召喚させ、学園をめちゃくちゃにする。 それを主人公たちが倒し、レオスは学園を追放される。 その後領地で幽閉に近い謹慎を受けていたのだが、悪魔教に目を付けられ攫われる。 そしてその体を魔改造されて終盤のボスとして主人公に立ちふさがる。 それもヒロインの聖魔法によって倒され、彼の人生の幕は閉じる。 これが、悪役転生ってことか。 特に描写はなかったけど、こいつも怠惰で堕落した生活を送っていたに違いない。 あの肥満体だ、運動もろくにしていないだろう。 これは努力すれば眠れる才能が開花し、死亡フラグを回避できるのでは? そう考えた俺は執事のカモールに頼み込み訓練を開始する。 偏った考えで領地を無駄に統治してる親を説得し、健全で善人な人生を歩もう。 一つ一つ努力していけば、きっと開かれる未来は輝いているに違いない。 そう思っていたんだけど、俺、弱くない? 希少属性である闇魔法に目覚めたのはよかったけど、攻撃力に乏しい。 剣術もそこそこ程度、全然達人のようにうまくならない。 おまけに俺はなにもしてないのに悪魔が召喚がされている!? 俺の前途多難な転生人生が始まったのだった。 ※カクヨム、なろうでも掲載しています。

世の中は意外と魔術で何とかなる

ものまねの実
ファンタジー
新しい人生が唐突に始まった男が一人。目覚めた場所は人のいない森の中の廃村。生きるのに精一杯で、大層な目標もない。しかしある日の出会いから物語は動き出す。 神様の土下座・謝罪もない、スキル特典もレベル制もない、転生トラックもそれほど走ってない。突然の転生に戸惑うも、前世での経験があるおかげで図太く生きられる。生きるのに『隠してたけど実は最強』も『パーティから追放されたから復讐する』とかの設定も必要ない。人はただ明日を目指して歩くだけで十分なんだ。 『王道とは歩むものではなく、その隣にある少しずれた道を歩くためのガイドにするくらいが丁度いい』 平凡な生き方をしているつもりが、結局騒ぎを起こしてしまう男の冒険譚。困ったときの魔術頼み!大丈夫、俺上手に魔術使えますから。※主人公は結構ズルをします。正々堂々がお好きな方はご注意ください。

処理中です...