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第一話
しおりを挟む目を覚まし、いつも通り洗面台の前に立つ。
そこには俺ではない少年が寝ぐせを付けてぼけーっと立っていた。
美しい黒髪、切れ長の瞳に整った顔付き、身長も体格もまるで違う。
「はぁ?」
呆けたような声が口から洩れる。
「これは夢だ! うん……」
頬っぺたを引っ張ってみるが、痛い。
一体こいつは誰なのか?
その時、俺は思い出した。
頬に広がる痛みと共に、記憶が鮮明に蘇ってくる。
以前の俺の生が終わる瞬間のことを―――
耳を劈くような甲高い音がしたかと思えば、白い光に視界が奪われ体に何かが衝突した。
たぶんあれは電車だろう。
別に飛び降りたとか、女子供を救助するために……と言った美談がある訳でもなく、かと言って迷惑行為をしていたという不名誉もない。
多分、肩が当たってよろけただけ。
何とも間抜けな死に様だ。
「これってつまり転生って奴なのか?
まぁ、より正確に言えば憑依だが……まさか自分が体験することになるなんてな……」
『転生』 肉体が死んだ後、魂が異なる肉体を得て新しい生活を送るという考え方で、近年の日本では様々な創作物の導入に用いられている。
…つまりいわゆる俺TUEEE系とか、成り上がり系とかのアレだ。
人間は慣れる生き物らしい。
到底受けれられないようなシチュエーションなんだが、足掻いても何も変わらないと判っている以上、現状を受け入れ適応していくしかない。
俺は意図せず「人生をやり直すチャンスを得た」と言う事になる。
彼女も居なかった正に灰色の青春時代。
友人達とバカ騒ぎをした訳でも勉強に没頭した訳でもなく、ただ時の流れに身を委ね、チャンスが来るのを口を開けて待っていただけの臆病なあの時代。
生きているのか? 死んでいるのかよくわからない人生だったが、折角手に入れたこの機会を逃すほど今の俺は愚かじゃない。
ただ、一つ問題があった。
「この身体って『幼馴染を寝取られたので努力したらハーレムが出来た件』の悪役、真堂恭介なんだよなぁ……」
WEB連載していた当時から人気のあった作品で、漫画やアニメと言ったメディアミックスをしてソコソコのヒットを飛ばしていた作品だ。
複数ヒロインが存在し、先輩、後輩、同級生、義姉と言った魅力的な女の子が多数登場するハーレムラブコメで大好きな作品だった。
中でも特に後輩ヒロインが好きだった。
からかい上手な小悪魔、後輩ヒロインと言う属性自体を俺が好んでいたと理由もあるが、やはり一番はキャラの性格だ。
優しくしてくれた主人公に一途なのはもちろんのこと、“人形”のようなご都合キャラではなく、しっかりとしたアクのある人間臭くも年相応に可愛らしいヒロインだった。
「って言うか、主人公に転生させてくれよ! こう言う転生系って『スパシン』とか『U-1』とか『HACHIMAN』そう言う|作者の都合よく動く理想の主人公をやらせてくれよ! なんだよ悪役って! どうせなら過去の自分にしてくれよ! 今なら高校時代もっと上手くやり直せるわ! 何なら、小学……いや中学校からでもいい上手くやって初恋のあの子が寝取られる前に奪ってやる!!」
なんて言って見ても現実は変わらない訳で……
「やってやるよ! 俺はこの人生を生き抜いてやる!!」
と宣言したところでガチャリと音を立てて洗面所のドアが開く。
「お兄ぃうるさい……なに朝っぱらから騒いでんの?」
「えっと……」
見覚えのない人物の登場に俺は思わずたじろいでしまう。
そこに立っていたのは一人の少女だった。
「てかさお兄ぃ悪いんだけど、どいてくれない?」
「お、おう……」
返事をすると体を捻って妹? を躱し洗面所を後にする。
バタンとドアを閉めポツリと呟いた。
「妹?、美人すぎないか
もしかしてこの世界ってみんな美形なのかも……」
会話の流れから、さっきのは多分血の繋がった妹だろう。
とは言え、思い出も何もない今の俺からすれば、若くて綺麗な女の子に過ぎない訳で…
少しワクワクしつつ、俺は一旦部屋に戻った。
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