文学少年は闇に消える

東雲 斎

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序章

序章-始まりなどないただの日常

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 俺が居るここは、都会とは言えないけど田舎とも言えない微妙な町。


 数年前にできた新しい電車の路線で都会との行き来が容易になり、すっかり住宅地が増えてさらに目立たなくなってしまった。


 ……そんでもって、俺はその中のどこにでもあるような普通の高校にいる。進学校でもないから偏差値もたいしたことないし、特別変わっていることはない。


 ――――――キーンコーンカーンコーン。


 待ち望んだ授業終わりのチャイムが鳴って、俺は教室内に溜まった窮屈な空気から解放される。



「あーっ、かったりぃー!」



 思いっきり背を伸ばしていると後ろの席の飯塚が頭を小突いてきた。



「おい、テメーずっと授業中寝てたじゃねーか」


「だって秋吉の授業ねみぃんだもんー。随筆だかなんだか知らないけどアイツが文読めばなんでも子守唄になるじゃん」



 その言葉と共に周りから複数の笑い声があがる。そして数人の女子や男子が俺のところに集まった。   


 その中で柔らかく髪を巻いた紗代さよは俺の金髪を軽く触る。



「ねぇヒロー、まだ髪染めたまんまなの? また頭髪検査でひっかかったんでしょー?」



 こいつ、俺に気あるのかなーなんてかなり前から実は思ってたりする。いや、絶対そーだろ。


 心の中でそう思いながら、俺はなんでもないというように適当に笑った。



「いーのいーの、なんとかなるってー」



 すると俺の前の席に座る金髪のメッシュが特徴の甲斐田が俺に指を差してくる。



「おい紗代、お前黒髪のヒロを想像できんのか? ってかコイツは万が一髪を黒くしたとしても一週間後にはぜってー元に戻ってるって」


「あはは、たしかにー! でもヒロはやっぱ金髪が一番似合うよー」



 甲斐田の言葉に同意しながら紗代は俺の前髪をピンでとめた。最近こうされることがしょっちゅうで、俺も別に嫌じゃないからそのまんま。背が低くて小柄だとこんな風に女子にいじられるんだよなー。


 まぁ別にこれくらいならいーんだけど。


 あ、言っとくけど「ヒロ」ってのはあだ名で、本名は仙崎千尋。


 名前が「千尋ちひろ」だからその後ろ二文字を取って「ヒロ」って呼ばれてる。愛称ってやつが欲しかったからそう呼ばせた。


 自分で言うのはなんだけど、たぶんクラスの中では「弟系愛されキャラ」って感じかな。俺に関する悪いウワサは聞かねーし、恨まれたことは今まで特に思い当たらない。ケンカならあったけど基本的に波風立たせずにうまくやってきたつもりではある。


 休み時間になればだいたい友達が集まってくるし、廊下を歩けば色んなやつから声をかけてもらえる。


 ……そんなことを考えていると。



「ねぇヒロ、一生のお願いがあるんだけど!」



 突然俺のところにセミロングヘアーのあずみが来た。



「なに? なんか嫌な予感すんだけど……」



 いぶかしげな顔をする俺にあずみは耳元で小さく『一生のお願い(※ただし今年で5回目)』とやらを言う。



「あのさ……松澤くんに彼女居るか聞いてほしいの!」



 その言葉を聞いて俺はすぐさま「ムリっ!」と即答。



「おーねーがーいー! 頼りになるのヒロしかいないんだってー!」


「いくら俺でもハードル高いって! それくらいわかんだろっ!?」



 そのとき。


 ――――――キーンコーンカーンコーン。


 幸運にもタイミング良く予鈴のチャイムが鳴る。たすかった…!!


 あずみは紗代に背中を押されながら渋々と教室を出て行く。次の授業は教室移動だ。


 他の生徒も教室を移動するためにガタガタと騒がしくなる。その様子を見回してから雑音にまぎれるように飯塚と甲斐田が小声でこっそり俺に聞いた。



「あずみ、なんだって?」


「『松澤に彼女居るか聞いてくれ』、だってー。お前らなんか知ってる?」



『松澤』という単語に2人はゲッ……と顔を引きつらせた後に難しそうな顔をする。



 甲斐田「うわー、よりによってアイツかよ……」


 飯塚「そう言えば俺この前聞いたんだけどさ、八重塚美園が松澤に告ってフラれたんだってよ」


「えっマジ!?」



 八重塚美園は別のクラスにいる超和風美人な子。


 あの子を振るとか何考えてんの!? 他の男子を敵に回したいの!?



 甲斐田「ありえねー……八重塚フッたやつなんて前代未聞だぜ……? 断った理由ってあんの?」


 飯塚「さぁなー……、なんかフラれた後は八重塚ずっと泣きっぱなしだったみたいで、誰も詳しい話聞けてねぇんだってさ」



 ……とりあえず結論。


 あずみの頼みはぜってー引き受けられねぇ!



 甲斐田「そういやさ、ヒロもこの前別のクラスの子をフッたんだろ?」


 飯塚「お前って前から結構女子フッてるよな。なんで?」



 ……うっ。


 甲斐田「やっぱりさ、遠距離恋愛中の彼女とかいんじゃねーの? いい加減教えろやー」


 飯塚「このままだときっと紗代も告ってくるぜ。どうすんの?」


 この質問は、どうしても答えられなかった。言えば俺の今までの生き方が否定される。積み上げてきたものがバラバラに崩れてしまう、そんな気さえした。


 別に女子が嫌いなわけではないんだけど。付き合ったことも多少あるし。


 ……俺は軽くごまかすようにヘラヘラと笑った。



「ばーか、言わねぇっつの! ほら、次の教室行くぞー」



 そう言って逃げるように教室を抜け出し、追いかけっこのようなものが始まる。


 そうして俺が廊下で飯塚に捕まったそのとき。



「あっ、ノート忘れた。 先に行ってて」



 今日提出するはずのノートを忘れていたことに気づいて、俺は二人を先に次の教室に行かせて自分の教室に戻る。 


 そこには一人だけ、慌てもせずに次の授業の道具を用意している男がいた。



 ……松澤零二、だ。



 廊下側の席に座る俺とは正反対の窓際の席に座っていて、容姿は良い。背も平均より高い方だし。たしか成績も優秀なんだよな。髪だって染めてない。


 ただなんというか……近づきにくいんだよねー……。


 ミステリアスというか無口というか、こいつを形容するにはひとつの単語じゃ収まらない。


 纏ってる空気も他のヤツとは一線を引く。まぁそこが女子たちのツボに入ってんだろーけど。


 ――――――キーンコーンカーンコーン。


 もう一度チャイムが鳴った。これは本鈴。やべぇ。


 俺はノートを机から取り出し、松澤の姿を一瞥してから声をかけることもなく教室を出た。次の教室目がけて足は走り出す。


 ……変なこと言うかもしれないけど。


 俺はあいつが『生きてない』ように思える。


 死んでるわけじゃない。でも、生きてるわけでもない。


 そして俺はそんな生きてるかよくわからないヤツと、実はほんの少し仲良くしてみたいと思ってたりもする。


 あの他の人とは違う空気に、触れてみたい。


 周りの誰もが興味を抱くあの存在にいつかは近づいてみたい。


 松澤零二を、もっと知りたい。


 一見正反対に見えるけど、心のどこかが似ている気がしたから。


 廊下を走り、突き当りにある教室を見据える。あれが次の授業場所だ。


 だが、そのすぐ横にある階段の傍に立つ人影を見つけた瞬間。



「……ッ!」



 ……体が、条件反射のようにビクッと反応した。


 その人物は俺を眺めてあの気味の悪い笑顔を見せている。何も言葉を交わさないことが、俺たちの関係を密かに表していた。


 ……だめだ、あいつに目を向けたら体が震える。五感で覚えさせられたものがすべて凝縮されて頭の中を一気に掻き回していく。いちいち思い出したくは、ない。


 俺はその存在を視界から抹消するように無理やり目を背け、教室に滑り込んだ。


 その瞬間、意識が現実に引き戻される。



「おい仙崎ー、もうちょっと早く教室に入りなさい」


「いーじゃん、これくらい。それにまだ松澤も来てないしー」



 すぐさま取り繕ったヘラヘラとした笑みを先生に向けた。


 ……大丈夫、上手く笑えてる。


 この先生は優しいから、なんだかんだ言ってやんわりと許してくれるんだよね。


 周りも俺の言葉で笑ってくれる。こいつらは俺の味方だ。明るい教室の雰囲気に心の中でほっと安堵の息を吐く。


 そうして席についた俺は密かに、まだ鳴り止まない心臓の鼓動を聞いていた。暖かい笑顔に包まれている教室の中でただ一人、俺だけが灰色のように見える。


 こんなにも心臓は動いているけれど。


 その分だけ心は凍てついた。



「おー、やっと来たか。おい松澤、お前ももう少し早く教室に入りなさい」


「……すみません」



 その会話がする方を茫然と見て、思った。


 ……あいつも灰色だ。


 そう感じた瞬間に、なんとなくわかった。


 あぁ……そっか。


 俺があいつとどこか似てるって感じたってことは。


 それはたぶん……俺も『生きてない』ってことになるんだろうな。



 序章 -終-


  
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