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勇気のカード 1

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  空は灰色の雲だらけで、街じゅうに、ほこりっぽい空気がよどんでいた。
  その日の夕方、僕は近所にあるゲームショップ前の列に並んでいた。新発売される、限定版のドラゴンファイトカードを買うためだった。
  もちろん、僕自身のためでもあるのだけれど、実はマサオの分も買わなければならない。今日、学校でマサオから、「代金は明日払うから、絶対に俺の分も買っとけよ」と、強い調子で言われたのだ。
  マサオは僕がいる五年B組で一番身体が大きくて力持ちで、サッカーもドッジボールもうまい。要するにクラスのボスだ。僕はというと、身体もひょろっとしていて、力もあんまりなくって、サッカーもドッジボールもあまり得意じゃない。だから、僕はマサオの言うことには逆らえない。どこにでもよくある力関係だ。
  もしマサオの頼みを断ったりしたら、どうなるかは目に見えている。サッカーのときに足を引っかけられてこかされるし、ドッジボールならねらい打ちにされる。マサオの命令で、男子みんなが僕を無視したり、靴とか体操服とかを隠したりするかもしれない。マサオはそれぐらいの力を持ってる。
  ゲームショップの列は、少しずつ進んでいた。並んでいるのはだいたいが僕ぐらいの小学生だったけれど、中学生ぐらいの子もいた。中にはおばさんもいる。多分、子供にせがまれて買いに来てるんだろう。
  僕の目の前には、身体の大きな、おじさんらしき人が並んでいた。背中しか見えないから、どんな人なのかは分からない。きっとこの人も、息子のために買いに来たんだろう。
  このおじさん、平日なのに仕事ないんだろうか。会社をリストラされて困ってたりして。いや、それならカードなんか買ってられないか。再就職を探さないといけないだろうし。
  いやいや、失業と決めつけるのは失礼だな。たぶん、夜中とか朝方に仕事をしてる人で、夕方は自由時間なんだ。警備員とか、魚市場で働いているとか。あるいは、平日が休みの仕事。百貨店とか、車の販売店とか。
  それにしても、ちょっと変わった格好をした人ではある。後ろ姿だけでもそれが分かる。ベージュのチノパンとシャツ。そして頭には、インディ・ジョーンズみたいな帽子。
  もしかして、本物のインディ・ジョーンズだったりして。僕はおじさんの腰の辺りをのぞき見た。でも、丸められたムチはぶら下がってなかった。
  またどうでもいい想像をしてる。僕の悪いくせだ。ときどき僕の頭は勝手にあっちこっちに想像が広がってしまうことがある。だから、授業が頭に入らなくて、先生から「さっき教えたことなのにどうして分からないの」と目をつり上げて叱られる。
  並んでいる列があと二十人ぐらいになったときに、店のお兄さんが外に出て来た。
「誠に申し訳ございませんが、新しいドラゴンファイトカードは残り少なくなっておりますので、お一人に一袋ということでお願いいたします」
  並んでいたみんながいっせいに「えーっ」と言った。「何でだよう」「せっかく並んでんのに、一袋だけかよ」とかいう声も聞こえた。
  ちなみに、一袋にカードは四枚入りだ。
  店のお兄さんは、さらに申し訳なさそうな顔でこう続けた。
「それと、せっかく並んでいただいておりますが、途中で売り切れとなってしまうかもしれません、ご了解ください。その代わり、お買いになれなかった方には、次の発売日に優先的にお買いいただけるよう、整理券をお渡ししますので」
  みんなはまたブーブー言ったけれど、お兄さんはぺこりと頭を下げただけで、あんまりすまなくなさそうな顔で店に戻って行った。
  一人一袋って、それはないよ。僕は泣きたくなった。だって、僕はマサオの分も買わなくっちゃいけないのに。
  こういう場合は、どうするべきなのか。
  僕の分だけ買って、マサオには「買えなかったよ、あはは。でも整理券があるから次に発売されるときに優先的に買えるからさ」と説明する。
  そんなことをしたら大変だ。顔をげんこつで殴られるか、おなかを蹴られるかだ。その両方かもしれない。そして結局、僕が買ったカードはマサオに取り上げられてしまうんだ。
  だったら最初からマサオの分ということで買えばいい。そうすれば殴られない。
  僕はそう思って一安心したけれど、だんだんと腹が立ってきた。
  マサオのカードだけのためにどうして僕が並ばなきゃいけないんだ。
  でも僕は、すぐに腹を立てるのをやめた。だって、マサオに逆らえないということは動かしようのない事実なんだから。この世の中、必ずしも正しいかどうかで物事は決まらない。たいがいのことは力関係で決まるものだ。
  そんなことを思ってるうちに、列はあと数人にまで減っていた。振り返ると、後ろにはあまり人がいない。今日はだめだと思って、あきらめて帰ってしまった子もいるようだ。
  既にカードを買った子らは、さっそく袋を開けて、その辺で騒いでいた。「やったー、立体カード、ゲット」とはしゃいでる子もいれば、「ちぇっ、変なのばっかりだ」とがっかりしてる子もいる。
「おい、そこの三人」
 いきなり大人の太い声がした。僕の前に並んでるおじさんだった。店の前の隅っこにかたまってる三人の子供を指差している。
「袋をそんなところに捨てるな。ちゃんと家に持って帰れ」
  叱られた三人は、まずい、という顔になって、地面に捨てたカードの袋を拾い、ポケットにねじこんだ。そして、そそくさといなくなった。
  ちょっと怖いおじさんみたいだな。僕は何だか緊張してきた。
  それにしてもこのおじさん、どんな仕事してる人なんだろう。さっきから、ぴしっと背筋が伸びていて、全くといっていいほど身体が揺れたりしていない。
  警察官とか、消防士とか、そういう仕事の人かもしれない。
  列はさらに前に進み、ついに目の前のおじさんがカードを買った。僕はやれやれと思いながら、ポケットに手を入れてお金をさぐった。
「あー、ごめーん」と店のお兄さんが苦笑いをしながら、両手を合わせた。
 僕はその意味が分からず、「はあ?」と聞き返した。
「ちょうどさっきの人で、カード売り切れちゃったんだよ。ほんと、ごめんね」
  がーん、がーん、がーん。頭の中で、ドラム缶をバットで叩くような音が鳴り響いた。
  うそ……。僕は言葉が出なくなって、固まってしまっていた。
「その代わり、整理券を二枚上げるから、ね」
  お兄さんは僕の手に、整理券を握らせた。そして、もう話は終わったとばかりに、僕の後ろの子に「ごめんね、はい整理券」と渡していた。

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