32 / 42
話し合いは大事
そのままの君が好き
しおりを挟む
状況に似合わない、爽やかな香りが部屋を満たした。
タイガに噛み付いていたアイトの顎から力が抜け、だんだんと目に光を取り戻していく。
「……っわ!」
口が離れたのを見計らって、ラビはすかさずタイガをアイトの上から引き離す。勢いが良すぎてふたりで尻もちを着いた。
「……俺……」
状況が理解できていないのだろうか。
アイトは唖然としながら起き上がる。
濡れた額に手を当てて座り込んだまま、服が破れ体に傷があるタイガの姿を見た。
爪に血の付いた手を見下ろし、袖口で口元を拭う。
そこに付いた赤色を目に入れた顔が、泣きそうに歪む。
ラビに殴られて腫れ始めた頬が異様に痛々しく見えた。
正気を取り戻したらしいアイトの様子を伺いながら、タイガは一歩近づこうとした。
「あ、アイト……?」
「タイガ……」
縋るような視線を向けたアイトだったが、唇をかみしめそれ以上は何も言わず素早く立ち上がる。
そして、くるりと背を向けて部屋から出て行った。
「おい……!」
「タイガ駄目だ!」
追いかけようと立ち上がったタイガの手首をラビが掴む。
玄関のドアが乱暴に開けられ、勢いよく閉まる大きな音が耳に届いた。
ラビの手は構わずにタイガは焦って足を踏み出そうとする。
アイトは足が速い。早くしないと見失ってしまう。
「でも謝らな!」
「今、外に出たらどうなるか想像しろ!」
「……! あ……」
タイガの放つ匂いのせいでアイトが無理な発情をし、自我を保てない状態になったことを思い出す。自分の香りはいまいちよく分からず、無自覚になりがちだ。
今、外に出たら。
間違いなく道行く雄が群がってくることだろう。
ここは牛の国。
穏やかとはいえ、力が強く大きい牛獣人が住む国だ。
部屋を出るわけにはいかないと思い至り、タイガは床にへたり込んだ。
思いとどまったタイガを、ラビが強く抱きしめる。
「ら、ラビ……!」
「ごめん、タイガ。オレがあいつを煽ったせいだ。ごめん……!」
悲痛な声が絞りだされた。
昼間、ラビとアイトが何を話していたのかを知らないタイガは、戸惑い視線を泳がせる。
謝られる覚えはない。
薬を使った結果、どのような事態になるかよく考えもせず軽率な行動をとったのは自分だ。
タイガにとってはラビもアイトも被害者だった。
「煽った? よ、ようわからんけど、どっちかいうたら俺のせい……未遂やし……」
「未遂!?」
ラビは体を離すと、タイガの体を見る。
パジャマはボタンが千切れており、露わになっている鎖骨、肩、腰には痛々しい噛み痕やひっかき傷がある。体全体が、引き摺ったような擦り傷で赤くなっていた。
下半身など、何も纏っていない状態だ。
形のいい眉が寄り、赤い瞳からは今にも涙が零れそうだった。
「こんなに怪我して……」
ラビは鎖骨に顔を寄せると、柔らかく血のにじむ歯型を舐める。
「んっ……、ま、まぁ……」
ピリッとした痛みに肩を震わせながら、タイガは宥めるように白い髪を撫でた。
アイトが居たときは威嚇のためか怒りのためか、ピンと立っていた長い耳。今は力なく倒れている。
まるで、襲われたのはタイガではなくラビだったかのようだ。
「怖かった、けど……ラビが来てくれたから、セーフ……」
「あんなのセーフじゃない!」
「ごめん」
震えそうになる手を握り、気を楽にしてもらおうと笑顔を作って言ってみたが、全力で否定された。
タイガは思わずうつむいた。
感情表現にあまり波のないラビが声を荒げることは珍しい。
本気で心配し、怒ってくれている。
それが申し訳なかった。
「タイガは何も悪くない。発情したって、無理矢理襲うのは反則だ」
強い言葉を吐いてしまった事に気づいたラビが、我に返った。
改めてタイガを抱き寄せ額を合わせる。
(ほんま、優しいやつやなぁ……)
愛しい人の息遣いを間近に感じると、体から力が抜けた。
自然と口角が上がってきてしまう。
「ラビ、ありがとな? 怖かった、やろお前も」
「腹立ちすぎて怖くはなかった、けど。庇ってくれてありがとう。やっぱり、タイガはかっこいいな……」
震えるラビの手元を見て恐怖を感じているのだとタイガは想像していたが、どうやら怒りで震えていただけらしいことが判明した。
そのことにも安堵して、肩に顎を乗せラビに体重を乗せる。
「マウントとれたらまだましやったな」
アイトに飛びかかった時のことを思い出す。
押し倒されて服を剥がれた時には体が竦んでしまい、諦めていたというのに。
ラビが助けてくれてからは、驚くほど体が動いた。
短時間でも、自分より力の強い相手を抑えられたのは素直に嬉しかった。
「……オレも、もう少し鍛えようかなやっぱり……」
逆にラビは、アイトに蹴られてから上手く動けなくなった時間が気になっている様子だ。
あの状況では仕方のないことだったし、ラビは十分筋肉もついており腕力体力もあるのをタイガは知っている。
だか、そんなことは関係なく。
「そのままでおって」
もしもラビが小さくか弱い兎獣人だったとしてもタイガは同じことを言っただろう。
ふたりは、どちらともなく唇を寄せ合った。
タイガに噛み付いていたアイトの顎から力が抜け、だんだんと目に光を取り戻していく。
「……っわ!」
口が離れたのを見計らって、ラビはすかさずタイガをアイトの上から引き離す。勢いが良すぎてふたりで尻もちを着いた。
「……俺……」
状況が理解できていないのだろうか。
アイトは唖然としながら起き上がる。
濡れた額に手を当てて座り込んだまま、服が破れ体に傷があるタイガの姿を見た。
爪に血の付いた手を見下ろし、袖口で口元を拭う。
そこに付いた赤色を目に入れた顔が、泣きそうに歪む。
ラビに殴られて腫れ始めた頬が異様に痛々しく見えた。
正気を取り戻したらしいアイトの様子を伺いながら、タイガは一歩近づこうとした。
「あ、アイト……?」
「タイガ……」
縋るような視線を向けたアイトだったが、唇をかみしめそれ以上は何も言わず素早く立ち上がる。
そして、くるりと背を向けて部屋から出て行った。
「おい……!」
「タイガ駄目だ!」
追いかけようと立ち上がったタイガの手首をラビが掴む。
玄関のドアが乱暴に開けられ、勢いよく閉まる大きな音が耳に届いた。
ラビの手は構わずにタイガは焦って足を踏み出そうとする。
アイトは足が速い。早くしないと見失ってしまう。
「でも謝らな!」
「今、外に出たらどうなるか想像しろ!」
「……! あ……」
タイガの放つ匂いのせいでアイトが無理な発情をし、自我を保てない状態になったことを思い出す。自分の香りはいまいちよく分からず、無自覚になりがちだ。
今、外に出たら。
間違いなく道行く雄が群がってくることだろう。
ここは牛の国。
穏やかとはいえ、力が強く大きい牛獣人が住む国だ。
部屋を出るわけにはいかないと思い至り、タイガは床にへたり込んだ。
思いとどまったタイガを、ラビが強く抱きしめる。
「ら、ラビ……!」
「ごめん、タイガ。オレがあいつを煽ったせいだ。ごめん……!」
悲痛な声が絞りだされた。
昼間、ラビとアイトが何を話していたのかを知らないタイガは、戸惑い視線を泳がせる。
謝られる覚えはない。
薬を使った結果、どのような事態になるかよく考えもせず軽率な行動をとったのは自分だ。
タイガにとってはラビもアイトも被害者だった。
「煽った? よ、ようわからんけど、どっちかいうたら俺のせい……未遂やし……」
「未遂!?」
ラビは体を離すと、タイガの体を見る。
パジャマはボタンが千切れており、露わになっている鎖骨、肩、腰には痛々しい噛み痕やひっかき傷がある。体全体が、引き摺ったような擦り傷で赤くなっていた。
下半身など、何も纏っていない状態だ。
形のいい眉が寄り、赤い瞳からは今にも涙が零れそうだった。
「こんなに怪我して……」
ラビは鎖骨に顔を寄せると、柔らかく血のにじむ歯型を舐める。
「んっ……、ま、まぁ……」
ピリッとした痛みに肩を震わせながら、タイガは宥めるように白い髪を撫でた。
アイトが居たときは威嚇のためか怒りのためか、ピンと立っていた長い耳。今は力なく倒れている。
まるで、襲われたのはタイガではなくラビだったかのようだ。
「怖かった、けど……ラビが来てくれたから、セーフ……」
「あんなのセーフじゃない!」
「ごめん」
震えそうになる手を握り、気を楽にしてもらおうと笑顔を作って言ってみたが、全力で否定された。
タイガは思わずうつむいた。
感情表現にあまり波のないラビが声を荒げることは珍しい。
本気で心配し、怒ってくれている。
それが申し訳なかった。
「タイガは何も悪くない。発情したって、無理矢理襲うのは反則だ」
強い言葉を吐いてしまった事に気づいたラビが、我に返った。
改めてタイガを抱き寄せ額を合わせる。
(ほんま、優しいやつやなぁ……)
愛しい人の息遣いを間近に感じると、体から力が抜けた。
自然と口角が上がってきてしまう。
「ラビ、ありがとな? 怖かった、やろお前も」
「腹立ちすぎて怖くはなかった、けど。庇ってくれてありがとう。やっぱり、タイガはかっこいいな……」
震えるラビの手元を見て恐怖を感じているのだとタイガは想像していたが、どうやら怒りで震えていただけらしいことが判明した。
そのことにも安堵して、肩に顎を乗せラビに体重を乗せる。
「マウントとれたらまだましやったな」
アイトに飛びかかった時のことを思い出す。
押し倒されて服を剥がれた時には体が竦んでしまい、諦めていたというのに。
ラビが助けてくれてからは、驚くほど体が動いた。
短時間でも、自分より力の強い相手を抑えられたのは素直に嬉しかった。
「……オレも、もう少し鍛えようかなやっぱり……」
逆にラビは、アイトに蹴られてから上手く動けなくなった時間が気になっている様子だ。
あの状況では仕方のないことだったし、ラビは十分筋肉もついており腕力体力もあるのをタイガは知っている。
だか、そんなことは関係なく。
「そのままでおって」
もしもラビが小さくか弱い兎獣人だったとしてもタイガは同じことを言っただろう。
ふたりは、どちらともなく唇を寄せ合った。
12
お気に入りに追加
245
あなたにおすすめの小説
【完結・BL】DT騎士団員は、騎士団長様に告白したい!【騎士団員×騎士団長】
彩華
BL
とある平和な国。「ある日」を境に、この国を守る騎士団へ入団することを夢見ていたトーマは、無事にその夢を叶えた。それもこれも、あの日の初恋。騎士団長・アランに一目惚れしたため。年若いトーマの恋心は、日々募っていくばかり。自身の気持ちを、アランに伝えるべきか? そんな悶々とする騎士団員の話。
「好きだって言えるなら、言いたい。いや、でもやっぱ、言わなくても良いな……。ああ゛―!でも、アラン様が好きだって言いてぇよー!!」
おっさん部隊長のマッサージ係になってしまった新米騎士は好奇心でやらかした
きよひ
BL
新米騎士×ベテランのおっさん騎士
ある国の新米騎士フリシェスは、直属の上司である第一部隊長アルターのマッサージ係として毎日部屋に通っている。
どうして毎日おっさんのマッサージなんてしなければならないんだろうとゲンナリしていたある日、男同士の性欲処理の話を聞いたフリシェスはどうしても試したくなってしまい......?
高い声で喘いでいる若い騎士の方が攻め。
カエルが潰れたような声を出して余裕があるおっさんの方が受けです。
※全三話
いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜
きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員
Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。
そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。
初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。
甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。
第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。
※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり)
※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り
初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
無自覚両片想いの鈍感アイドルが、ラブラブになるまでの話
タタミ
BL
アイドルグループ・ORCAに属する一原優成はある日、リーダーの藤守高嶺から衝撃的な指摘を受ける。
「優成、お前明樹のこと好きだろ」
高嶺曰く、優成は同じグループの中城明樹に恋をしているらしい。
メンバー全員に指摘されても到底受け入れられない優成だったが、ひょんなことから明樹とキスしたことでドキドキが止まらなくなり──!?
転生からの魔法失敗で、1000年後に転移かつ獣人逆ハーレムは盛りすぎだと思います!
ゴルゴンゾーラ三国
恋愛
異世界転生をするものの、物語の様に分かりやすい活躍もなく、のんびりとスローライフを楽しんでいた主人公・マレーゼ。しかしある日、転移魔法を失敗してしまい、見知らぬ土地へと飛ばされてしまう。
全く知らない土地に慌てる彼女だったが、そこはかつて転生後に生きていた時代から1000年も後の世界であり、さらには自身が生きていた頃の文明は既に滅んでいるということを知る。
そして、実は転移魔法だけではなく、1000年後の世界で『嫁』として召喚された事実が判明し、召喚した相手たちと婚姻関係を結ぶこととなる。
人懐っこく明るい蛇獣人に、かつての文明に入れ込む兎獣人、なかなか心を開いてくれない狐獣人、そして本物の狼のような狼獣人。この時代では『モテない』と言われているらしい四人組は、マレーゼからしたらとてつもない美形たちだった。
1000年前に戻れないことを諦めつつも、1000年後のこの時代で新たに生きることを決めるマレーゼ。
異世界転生&転移に巻き込まれたマレーゼが、1000年後の世界でスローライフを送ります!
【この作品は逆ハーレムものとなっております。最終的に一人に絞られるのではなく、四人同時に結ばれますのでご注意ください】
【この作品は『小説家になろう』『カクヨム』『Pixiv』にも掲載しています】
貧乏大学生がエリート商社マンに叶わぬ恋をしていたら、玉砕どころか溺愛された話
タタミ
BL
貧乏苦学生の巡は、同じシェアハウスに住むエリート商社マンの千明に片想いをしている。
叶わぬ恋だと思っていたが、千明にデートに誘われたことで、関係性が一変して……?
エリート商社マンに溺愛される初心な大学生の物語。
陰キャ系腐男子はキラキラ王子様とイケメン幼馴染に溺愛されています!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
まったり書いていきます。
2024.05.14
閲覧ありがとうございます。
午後4時に更新します。
よろしくお願いします。
栞、お気に入り嬉しいです。
いつもありがとうございます。
2024.05.29
閲覧ありがとうございます。
m(_ _)m
明日のおまけで完結します。
反応ありがとうございます。
とても嬉しいです。
明後日より新作が始まります。
良かったら覗いてみてください。
(^O^)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる