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話し合いは大事

もしかして

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 薄型のノートパソコンのキーボードの上にある手が全く動かない。
 琥珀色の瞳はただひたすらに、真っ白な画面と睨めっこしていた。

(……今日で2週間……)

 タイガは眉間に皺を寄せて溜息を吐く。尻尾は苛立つ心情を表すかのように揺れている。
 買った時より随分軽くなったコーヒーの紙カップを持ち上げ口をつけた。
 しかし、中身は既に空だ。

(あいつ、いくらなんでも忙しすぎやろ!)

 苛立つ心のままに力を込めると、手の中のカップがいとも簡単にグシャリと形を変える。
 
 タイガとラビは、週に3回ほど会っている。
 本当は毎日会いたいとラビは言うし、タイガとしても同じ気持ちではあったが。
 兎獣人が万年発情期というのは本当だったらしい。
 ラビはいつもデートの最後には発情し、一度始まると夜遅くまでタイガを抱き潰す。
 そしてタイガも小柄とはいえ、精力が強いと評判の虎獣人。ラビの発情に付き合うことは苦ではないし、楽しんでいた。

 だからこそヒートアップしてしまうのだ。
 だが、互いに留学生として勉強が本分の身。
 毎日いちゃついているわけにはいかない。
 そこで日にちを開けているのだが。
 
 ここ最近、ラビの様子が変わった。
 
 この2週間、会っても泊まらずに帰ってしまうのだ。
 
(なんかしたか俺!?)
 
 理由は「レポートの相談を受けている」「グループワークの打ち合わせで」など、当たり障りのないものばかりだ。
 いつも申し訳なさそうに眉を下げる様子を見ると、それ以上追求できなかった。
 実際、ラビにもどうしようもないのだろう。

 だが、「ラビが最近、雌とよくいるのをみる」と、わざわざタイガの耳に入れてくる友人もいる状態になってきた。

(ラビは雌には興味ないと思うけど……!)

 知らず知らずのうちに、眉間の皺がさらに深まり肉食獣人特有の大きな八重歯を口から覗かせる。振っていた筈の尾は、今や毛を逆立てて膨らんでいた。
 
「タイガ、タイガ。怖すぎ」
 
 タイガとは対照的に軽快にキーボードを叩いていたロンが顔を上げた。
 手の動きはそのままに笑って声を掛けてくる。

 ここは学舎内のカフェ。
 講義中の生徒が多い午後は、人がまばらだ。
 そのため、4人掛けのテーブルにふたりは堂々と資料を広げている。
 タイガとロンは、明日提出のための課題のレポートを作成中であった。
 自分の世界に入っていたタイガはハッとして、へしゃげたカップに視線を落とす。

「ん、あ……堪忍な」
「どこで詰まってるの? タイガはどのテーマ選んだんだっけ」

 ロンはタイガの隣に置かれた、几帳面にファイリングされたプリントを見やる。

「……なんやっけな……」
「ねぇ、大した文字数は要らないとはいえ明日提出だよ大丈夫? ……あ、それとも別の悩み?」
「なんでもあらへん」

 指の動きを止めてタイガを見る金の瞳には、キラリと好奇心がチラついている。
 それを真っ向から否定して、タイガは手元に資料を引き寄せた。
 
 自分たちを引き合わせたロンは、恋愛にも慣れていて頼りになる存在だろう。
 しかし、他の獣人とは一線を画す龍人ゆえかアドバイスがズレている。
 以前も、

「何かラビが好きなもの知らん?」
「口でされるの好きだって言ってたよ」

 という会話になってしまったことがあった。

(ちゃうやん!! 普通、食べ物とか場所とかやん! やったけど!! 喜んどったけど!! こいつに相談したら絶対変な方向いくわ!)

 顔の前に持ってきた資料を持つ手が震える。文章を読もうとしても思考が邪魔して目が滑っていく。

「本当に? 話しちゃえばいいのに」

 ロンは頬杖をついて微笑み、完全に聞く体勢である。おそらく、レポートの目処が立っているのだろう。
 暇つぶしのネタを寄越せという圧を感じる。
 もしかしたら、内容はとっくに察しているのかもしれない。

「ほんまに大したことちゃうから……あ、ラビ」

 話してなるものかと適当に流そうとしたとき、悩みの原因がカフェに入ってきた。
 視線を上げたタイガをすぐに見つけたラビの顔がふわりと綻ぶ。

(こっちの気も知らんと涼しい顔しおってからに……あれ?)

 こちらに向かってくるのはラビだけではなかった。大股で歩くラビの隣には、小走りになってついてきている鼠獣人がいる。

 彼の小さな手がラビの服の裾を握っているのを見て、タイガの胸がざわりと騒いだ。
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