選択的ぼっちの俺たちは丁度いい距離を模索中!

きよひ

文字の大きさ
上 下
17 / 33

17話 息抜き

しおりを挟む
「花火大会、ですか?」

 定食屋のロゴの入ったエプロンに腕を通しながら、俺は女将さんに聞き返した。
 いつも通りご機嫌そうな女将さんの指の先には、壁に貼ってあるポスターがある。夜空に咲く華やかな光の花が、鮮やかに写ったポスターだ。

 ポスターはいつも目に入っていたはずだけど、興味がなさすぎて完全に景色になってしまっていた。よく見ると、場所はこの近くにある河川敷で日付は明日になっている。

「そうそう! 屋台も出て賑わうわよー!」

 言われてみれば、クラスメイトたちが夏休みになる前にそんな話をしていたような気がしなくもない。
 花火大会なんて、子どもの時に両親と行った時くらいか。
 友だちと行くような年になってからは全く縁がなくて、俺には関係ないものだ。

(……と、思ってたけど……)

 俺はエプロンの紐を結びながら、テーブルを手際よく拭いている大和に横目を向ける。
 こういうのって「友達」と行くもんだよな。
 大和と一緒に行けたらきっと楽しいだろう。

(いやでも,誘うとか……迷惑かもだし)

 一緒に遊びに行ってから、大和は眼鏡をかけなくなった。セットするのは大変だからと目元にかかっていた前髪を短く切った大和は、以前よりもスッキリと涼やかな横顔になっている。
 眼鏡も前髪も、俺が言ったからなのだろうか。さすがに自惚れかな。いや、きっとそうだろう。

 大和は俺が言ったことを否定できないだけなのかも。
 そう思うと、誘いたい気持ちにじわじわと影がさしていく。
 花火を断られるのは良いとして、誘われたから断れないって思われる方が困る。
 祭りなんだからすごく混むだろうし、暑いし、わざわざ行きたくないタイプかもしれない。

 頭を悩ませている内に、大和は店内のテーブルを拭き終えていた。

「花火、写真で見る以上に派手に上がるから迫力あるよ」
「大和は見たことあるのか?」
「去年、部屋から見たんだ」
「へぇ」

 せっかく大和から花火の話に入ってきてくれたのに、会話が終わってしまう。
 聞けよ俺。

『部屋から見えるのいいな。明日、遊びに来ていいか?』
 
 って、聞け。それならいつも遊ぶのと変わらないから誘いやすいぞ。
 嫌なら用事があるとかって適当に理由つけて断ってくれると信じろ。
 俺は手をギュッと握りしめ、そして緩める。逃げたがる弱い心を引き締めた。

「や、大和。花火の日、お前が良かったら」
「おー! 行ってこい行ってこい! 店のことは気にせず楽しんでこい!」

 俺の覚悟を軽々と大将が飛び越えて言ってしまった。
 大将、待って。俺はそういうことが言いたいんじゃなくて。そうなんだけど。本当は一緒に行きたいんだけど。

 二の句が紡げなくなった俺のそばに、大和が立つ。

「蓮君、僕と行ってくれるの?」
「や、あの。夏期講習とかもあるだろうし無理にとは」

 大和の口ぶりから嫌がってるわけじゃなさそうなのに、俺は動揺して頓珍漢な返事をしてしまう。

「学校は夕方には終わるから大丈夫。明後日の夜は塾もない日だし」

 相変わらず緊張した俺のズレた言動にはつっこまず、大和はサラリと答えてくれる。

 何度聞いても休みとは思えないスケジュールだ。
 夏休みなのにほぼ毎日学校で集中授業とやらを受けて夜は塾にも行ってるって、俺からしたら正気の沙汰じゃない。進学校って、夏休みが何のためにあるのか知らないんじゃないだろうか。

「勉強ばっかだもんなお前。息抜きしないとな」
「そう、息抜きすごく大事だから」

 大和はふわりと柔らかく笑った。
 初めて会った時より、大和はよく笑うようになった。俺とコミュ症仏頂面仲間だったくせに、本当に優等生って感じだ。

「恋人でもできたのか?」

 常連のおじさんの揶揄うような声に、

「出来たのは友だちです」

 なんて、にこやかに答えてるのを見たら胸がムズムズする。
 大将は嬉しそうにニコニコしてるし、女将さんに至っては、

「蓮くんのおかげね!」

 なんて人目を憚らず幸せそうに笑ってる。
 恥ずかしいのなんのって。
 そうなったら俺はどうしようもなくなって、ひたすら皿洗いに没頭するしかなかった。

「そもそも、なんであんな分厚い眼鏡つけてたんだ?」

 大和の部屋でスマホゲームをしながら、俺はふと聞いてみた。素朴な疑問だ。
 掛けたことがないから分からないけど、眼鏡って邪魔そうだし。
 バイトで疲れた体で遠慮なく座椅子にもたれ掛かる俺の方に、大和は一瞬視線を向けてすぐにスマホ画面に戻した。

「蓮君と一緒だよ。キャラ作りみたいなもん」

 指先を器用に動かしながら、低音が淡々と形のいい口から流れてくる。

「人を寄せ付けないために、俺はガリ勉で人に興味ない生徒って立ち位置を選んだんだ。その為に一生懸命勉強した」

 目から鱗だった。
 眼鏡を掛けて、前髪で顔を隠して暗めの印象を与えて。休み時間とかも分厚い本を読んだり勉強したりしていたらしい。確かにずっと勉強してるのは、真面目通り越して変なやつだし声をかけづらい。

 俺には思いつかないどころか、思いついたところで実行できない選択肢だ。

「俺はお前を尊敬する」
「元々勉強は嫌いじゃなかったってだけだよ」
「尊敬する」

 同じことしか言えなくなってしまった。
 大和くらい賢ければ同じことが出来ただろうかとも思ったが、俺は学校の外でも一切声をかけてほしくなかったから今の不良スタイルで正解だ。

 いつのまにかゲームセットになった画面をタップして、顔を上げる。

「それなら学校に眼鏡で行った方が」
「もう学校には一年以上通っててキャラは定着してるし。大丈夫かなって」

 大和の読み通り、今のところはなんの変化も無いという。
 暗めの優等生が眼鏡を外して爽やかなイケメンになって登校してきたら、俺の学校なら賑やかな女子たちに取り囲まれそうな気もするけど。
 大和の学校はそういう雰囲気でもないんだろうな。

「高嶺の花すぎて近づけないとかもありそうだな」
「学年十位以内くらいじゃそんなことにはならないよ」

 こういうとき、こいつもコミュ症なんだなと俺は思う。
しおりを挟む
感想 9

あなたにおすすめの小説

君が僕を好きなことを知ってる

大天使ミコエル
BL
【完結】 ある日、亮太が友人から聞かされたのは、話したこともないクラスメイトの礼央が亮太を嫌っているという話だった。 けど、話してみると違和感がある。 これは、嫌っているっていうより……。 どうやら、れおくんは、俺のことが好きらしい。 ほのぼの青春BLです。 ◇◇◇◇◇ 全100話+あとがき ◇◇◇◇◇

別れの夜に

大島Q太
BL
不義理な恋人を待つことに疲れた青年が、その恋人との別れを決意する。しかし、その別れは思わぬ方向へ。

【完結】嬉しいと花を咲かせちゃう俺は、モブになりたい

古井重箱
BL
【あらすじ】三塚伊織は高校一年生。嬉しいと周囲に花を咲かせてしまう特異体質の持ち主だ。伊織は感情がダダ漏れな自分が嫌でモブになりたいと願っている。そんな時、イケメンサッカー部員の鈴木綺羅斗と仲良くなって──【注記】陽キャDK×陰キャDK

期待外れの後妻だったはずですが、なぜか溺愛されています

ぽんちゃん
BL
 病弱な義弟がいじめられている現場を目撃したフラヴィオは、カッとなって手を出していた。  謹慎することになったが、なぜかそれから調子が悪くなり、ベッドの住人に……。  五年ほどで体調が回復したものの、その間にとんでもない噂を流されていた。  剣の腕を磨いていた異母弟ミゲルが、学園の剣術大会で優勝。  加えて筋肉隆々のマッチョになっていたことにより、フラヴィオはさらに屈強な大男だと勘違いされていたのだ。  そしてフラヴィオが殴った相手は、ミゲルが一度も勝てたことのない相手。  次期騎士団長として注目を浴びているため、そんな強者を倒したフラヴィオは、手に負えない野蛮な男だと思われていた。  一方、偽りの噂を耳にした強面公爵の母親。  妻に強さを求める息子にぴったりの相手だと、後妻にならないかと持ちかけていた。  我が子に爵位を継いで欲しいフラヴィオの義母は快諾し、冷遇確定の地へと前妻の子を送り出す。  こうして青春を謳歌することもできず、引きこもりになっていたフラヴィオは、国民から恐れられている戦場の鬼神の後妻として嫁ぐことになるのだが――。  同性婚が当たり前の世界。  女性も登場しますが、恋愛には発展しません。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

俺の親友のことが好きだったんじゃなかったのかよ

雨宮里玖
BL
《あらすじ》放課後、三倉は浅宮に呼び出された。浅宮は三倉の親友・有栖のことを訊ねてくる。三倉はまたこのパターンかとすぐに合点がいく。きっと浅宮も有栖のことが好きで、三倉から有栖の情報を聞き出そうとしているんだなと思い、浅宮の恋を応援すべく協力を申し出る。 浅宮は三倉に「協力して欲しい。だからデートの練習に付き合ってくれ」と言い——。 攻め:浅宮(16) 高校二年生。ビジュアル最強男。 どんな口実でもいいから三倉と一緒にいたいと思っている。 受け:三倉(16) 高校二年生。平凡。 自分じゃなくて俺の親友のことが好きなんだと勘違いしている。

突然現れたアイドルを家に匿うことになりました

雨宮里玖
BL
《あらすじ》 「俺を匿ってくれ」と平凡な日向の前に突然現れた人気アイドル凪沢優貴。そこから凪沢と二人で日向のマンションに暮らすことになる。凪沢は日向に好意を抱いているようで——。 凪沢優貴(20)人気アイドル。 日向影虎(20)平凡。工場作業員。 高埜(21)日向の同僚。 久遠(22)凪沢主演の映画の共演者。

処理中です...