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17話 息抜き
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「花火大会、ですか?」
定食屋のロゴの入ったエプロンに腕を通しながら、俺は女将さんに聞き返した。
いつも通りご機嫌そうな女将さんの指の先には、壁に貼ってあるポスターがある。夜空に咲く華やかな光の花が、鮮やかに写ったポスターだ。
ポスターはいつも目に入っていたはずだけど、興味がなさすぎて完全に景色になってしまっていた。よく見ると、場所はこの近くにある河川敷で日付は明日になっている。
「そうそう! 屋台も出て賑わうわよー!」
言われてみれば、クラスメイトたちが夏休みになる前にそんな話をしていたような気がしなくもない。
花火大会なんて、子どもの時に両親と行った時くらいか。
友だちと行くような年になってからは全く縁がなくて、俺には関係ないものだ。
(……と、思ってたけど……)
俺はエプロンの紐を結びながら、テーブルを手際よく拭いている大和に横目を向ける。
こういうのって「友達」と行くもんだよな。
大和と一緒に行けたらきっと楽しいだろう。
(いやでも,誘うとか……迷惑かもだし)
一緒に遊びに行ってから、大和は眼鏡をかけなくなった。セットするのは大変だからと目元にかかっていた前髪を短く切った大和は、以前よりもスッキリと涼やかな横顔になっている。
眼鏡も前髪も、俺が言ったからなのだろうか。さすがに自惚れかな。いや、きっとそうだろう。
大和は俺が言ったことを否定できないだけなのかも。
そう思うと、誘いたい気持ちにじわじわと影がさしていく。
花火を断られるのは良いとして、誘われたから断れないって思われる方が困る。
祭りなんだからすごく混むだろうし、暑いし、わざわざ行きたくないタイプかもしれない。
頭を悩ませている内に、大和は店内のテーブルを拭き終えていた。
「花火、写真で見る以上に派手に上がるから迫力あるよ」
「大和は見たことあるのか?」
「去年、部屋から見たんだ」
「へぇ」
せっかく大和から花火の話に入ってきてくれたのに、会話が終わってしまう。
聞けよ俺。
『部屋から見えるのいいな。明日、遊びに来ていいか?』
って、聞け。それならいつも遊ぶのと変わらないから誘いやすいぞ。
嫌なら用事があるとかって適当に理由つけて断ってくれると信じろ。
俺は手をギュッと握りしめ、そして緩める。逃げたがる弱い心を引き締めた。
「や、大和。花火の日、お前が良かったら」
「おー! 行ってこい行ってこい! 店のことは気にせず楽しんでこい!」
俺の覚悟を軽々と大将が飛び越えて言ってしまった。
大将、待って。俺はそういうことが言いたいんじゃなくて。そうなんだけど。本当は一緒に行きたいんだけど。
二の句が紡げなくなった俺のそばに、大和が立つ。
「蓮君、僕と行ってくれるの?」
「や、あの。夏期講習とかもあるだろうし無理にとは」
大和の口ぶりから嫌がってるわけじゃなさそうなのに、俺は動揺して頓珍漢な返事をしてしまう。
「学校は夕方には終わるから大丈夫。明後日の夜は塾もない日だし」
相変わらず緊張した俺のズレた言動にはつっこまず、大和はサラリと答えてくれる。
何度聞いても休みとは思えないスケジュールだ。
夏休みなのにほぼ毎日学校で集中授業とやらを受けて夜は塾にも行ってるって、俺からしたら正気の沙汰じゃない。進学校って、夏休みが何のためにあるのか知らないんじゃないだろうか。
「勉強ばっかだもんなお前。息抜きしないとな」
「そう、息抜きすごく大事だから」
大和はふわりと柔らかく笑った。
初めて会った時より、大和はよく笑うようになった。俺とコミュ症仏頂面仲間だったくせに、本当に優等生って感じだ。
「恋人でもできたのか?」
常連のおじさんの揶揄うような声に、
「出来たのは友だちです」
なんて、にこやかに答えてるのを見たら胸がムズムズする。
大将は嬉しそうにニコニコしてるし、女将さんに至っては、
「蓮くんのおかげね!」
なんて人目を憚らず幸せそうに笑ってる。
恥ずかしいのなんのって。
そうなったら俺はどうしようもなくなって、ひたすら皿洗いに没頭するしかなかった。
「そもそも、なんであんな分厚い眼鏡つけてたんだ?」
大和の部屋でスマホゲームをしながら、俺はふと聞いてみた。素朴な疑問だ。
掛けたことがないから分からないけど、眼鏡って邪魔そうだし。
バイトで疲れた体で遠慮なく座椅子にもたれ掛かる俺の方に、大和は一瞬視線を向けてすぐにスマホ画面に戻した。
「蓮君と一緒だよ。キャラ作りみたいなもん」
指先を器用に動かしながら、低音が淡々と形のいい口から流れてくる。
「人を寄せ付けないために、俺はガリ勉で人に興味ない生徒って立ち位置を選んだんだ。その為に一生懸命勉強した」
目から鱗だった。
眼鏡を掛けて、前髪で顔を隠して暗めの印象を与えて。休み時間とかも分厚い本を読んだり勉強したりしていたらしい。確かにずっと勉強してるのは、真面目通り越して変なやつだし声をかけづらい。
俺には思いつかないどころか、思いついたところで実行できない選択肢だ。
「俺はお前を尊敬する」
「元々勉強は嫌いじゃなかったってだけだよ」
「尊敬する」
同じことしか言えなくなってしまった。
大和くらい賢ければ同じことが出来ただろうかとも思ったが、俺は学校の外でも一切声をかけてほしくなかったから今の不良スタイルで正解だ。
いつのまにかゲームセットになった画面をタップして、顔を上げる。
「それなら学校に眼鏡で行った方が」
「もう学校には一年以上通っててキャラは定着してるし。大丈夫かなって」
大和の読み通り、今のところはなんの変化も無いという。
暗めの優等生が眼鏡を外して爽やかなイケメンになって登校してきたら、俺の学校なら賑やかな女子たちに取り囲まれそうな気もするけど。
大和の学校はそういう雰囲気でもないんだろうな。
「高嶺の花すぎて近づけないとかもありそうだな」
「学年十位以内くらいじゃそんなことにはならないよ」
こういうとき、こいつもコミュ症なんだなと俺は思う。
定食屋のロゴの入ったエプロンに腕を通しながら、俺は女将さんに聞き返した。
いつも通りご機嫌そうな女将さんの指の先には、壁に貼ってあるポスターがある。夜空に咲く華やかな光の花が、鮮やかに写ったポスターだ。
ポスターはいつも目に入っていたはずだけど、興味がなさすぎて完全に景色になってしまっていた。よく見ると、場所はこの近くにある河川敷で日付は明日になっている。
「そうそう! 屋台も出て賑わうわよー!」
言われてみれば、クラスメイトたちが夏休みになる前にそんな話をしていたような気がしなくもない。
花火大会なんて、子どもの時に両親と行った時くらいか。
友だちと行くような年になってからは全く縁がなくて、俺には関係ないものだ。
(……と、思ってたけど……)
俺はエプロンの紐を結びながら、テーブルを手際よく拭いている大和に横目を向ける。
こういうのって「友達」と行くもんだよな。
大和と一緒に行けたらきっと楽しいだろう。
(いやでも,誘うとか……迷惑かもだし)
一緒に遊びに行ってから、大和は眼鏡をかけなくなった。セットするのは大変だからと目元にかかっていた前髪を短く切った大和は、以前よりもスッキリと涼やかな横顔になっている。
眼鏡も前髪も、俺が言ったからなのだろうか。さすがに自惚れかな。いや、きっとそうだろう。
大和は俺が言ったことを否定できないだけなのかも。
そう思うと、誘いたい気持ちにじわじわと影がさしていく。
花火を断られるのは良いとして、誘われたから断れないって思われる方が困る。
祭りなんだからすごく混むだろうし、暑いし、わざわざ行きたくないタイプかもしれない。
頭を悩ませている内に、大和は店内のテーブルを拭き終えていた。
「花火、写真で見る以上に派手に上がるから迫力あるよ」
「大和は見たことあるのか?」
「去年、部屋から見たんだ」
「へぇ」
せっかく大和から花火の話に入ってきてくれたのに、会話が終わってしまう。
聞けよ俺。
『部屋から見えるのいいな。明日、遊びに来ていいか?』
って、聞け。それならいつも遊ぶのと変わらないから誘いやすいぞ。
嫌なら用事があるとかって適当に理由つけて断ってくれると信じろ。
俺は手をギュッと握りしめ、そして緩める。逃げたがる弱い心を引き締めた。
「や、大和。花火の日、お前が良かったら」
「おー! 行ってこい行ってこい! 店のことは気にせず楽しんでこい!」
俺の覚悟を軽々と大将が飛び越えて言ってしまった。
大将、待って。俺はそういうことが言いたいんじゃなくて。そうなんだけど。本当は一緒に行きたいんだけど。
二の句が紡げなくなった俺のそばに、大和が立つ。
「蓮君、僕と行ってくれるの?」
「や、あの。夏期講習とかもあるだろうし無理にとは」
大和の口ぶりから嫌がってるわけじゃなさそうなのに、俺は動揺して頓珍漢な返事をしてしまう。
「学校は夕方には終わるから大丈夫。明後日の夜は塾もない日だし」
相変わらず緊張した俺のズレた言動にはつっこまず、大和はサラリと答えてくれる。
何度聞いても休みとは思えないスケジュールだ。
夏休みなのにほぼ毎日学校で集中授業とやらを受けて夜は塾にも行ってるって、俺からしたら正気の沙汰じゃない。進学校って、夏休みが何のためにあるのか知らないんじゃないだろうか。
「勉強ばっかだもんなお前。息抜きしないとな」
「そう、息抜きすごく大事だから」
大和はふわりと柔らかく笑った。
初めて会った時より、大和はよく笑うようになった。俺とコミュ症仏頂面仲間だったくせに、本当に優等生って感じだ。
「恋人でもできたのか?」
常連のおじさんの揶揄うような声に、
「出来たのは友だちです」
なんて、にこやかに答えてるのを見たら胸がムズムズする。
大将は嬉しそうにニコニコしてるし、女将さんに至っては、
「蓮くんのおかげね!」
なんて人目を憚らず幸せそうに笑ってる。
恥ずかしいのなんのって。
そうなったら俺はどうしようもなくなって、ひたすら皿洗いに没頭するしかなかった。
「そもそも、なんであんな分厚い眼鏡つけてたんだ?」
大和の部屋でスマホゲームをしながら、俺はふと聞いてみた。素朴な疑問だ。
掛けたことがないから分からないけど、眼鏡って邪魔そうだし。
バイトで疲れた体で遠慮なく座椅子にもたれ掛かる俺の方に、大和は一瞬視線を向けてすぐにスマホ画面に戻した。
「蓮君と一緒だよ。キャラ作りみたいなもん」
指先を器用に動かしながら、低音が淡々と形のいい口から流れてくる。
「人を寄せ付けないために、俺はガリ勉で人に興味ない生徒って立ち位置を選んだんだ。その為に一生懸命勉強した」
目から鱗だった。
眼鏡を掛けて、前髪で顔を隠して暗めの印象を与えて。休み時間とかも分厚い本を読んだり勉強したりしていたらしい。確かにずっと勉強してるのは、真面目通り越して変なやつだし声をかけづらい。
俺には思いつかないどころか、思いついたところで実行できない選択肢だ。
「俺はお前を尊敬する」
「元々勉強は嫌いじゃなかったってだけだよ」
「尊敬する」
同じことしか言えなくなってしまった。
大和くらい賢ければ同じことが出来ただろうかとも思ったが、俺は学校の外でも一切声をかけてほしくなかったから今の不良スタイルで正解だ。
いつのまにかゲームセットになった画面をタップして、顔を上げる。
「それなら学校に眼鏡で行った方が」
「もう学校には一年以上通っててキャラは定着してるし。大丈夫かなって」
大和の読み通り、今のところはなんの変化も無いという。
暗めの優等生が眼鏡を外して爽やかなイケメンになって登校してきたら、俺の学校なら賑やかな女子たちに取り囲まれそうな気もするけど。
大和の学校はそういう雰囲気でもないんだろうな。
「高嶺の花すぎて近づけないとかもありそうだな」
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