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第三章

BL適正

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 アクシデントのせいで、昨年よりもバタバタと過ぎていった夏休み。
 もしも宿題に絵日記があったらドラゴンや宮殿の絵を描かなければならなかっただろう。
 作画コストが高すぎる。

 帝国の力を持ってしても魔王についての情報は掴めぬまま、二学期は始まった。
 森じゃなくて異空間にいるとしか思えないな魔王。

「朝食ぶりだなアレハンドロ」

 教室に着くと、模範的にも一番前の真ん中に綺麗な長い銀髪が見えた。
 朝食を摂った後、図書室にアンネを迎えに行くのだと言って先に出ていったのだ。

 アンネに「ドキドキして集中できない」と言われてしまってから、勉強中は邪魔しないことにしたらしい。

(なんでそこで引くんだよもっとガツガツ行けよわがまま皇太子の属性持ちなんだから!)

 と思ったけど、勉強の邪魔して困るのはアレハンドロも一緒だから仕方ないな。

 私が話しかけると、チラリと深緑の瞳がこちらを見る。

「……何故後ろに座るんだ」
「隣に座って欲しいのか?」

 一番前の席は正直言って落ち着かない。だから私より少し背の高いアレハンドロを盾にしようとしたのだが。
 にっこり笑って首を傾げると、ムスッとした表情だけ残して前を向いてしまう。
 
 髪が靡くと、ふわりと柑橘系の爽やかな香りがした。
 いつもはもう少し、落ち着いた匂いの香水をつけていた気がするのだが。
 
 私は目の前の艶やかな髪に手を伸ばしながら問いかける。

「アレハンドロ、少し髪を触っても良いか?」
「なんだ。珍しいな」

 拒否されなかったということは良いということなのだろう。
 私のふわふわした短い金髪とは反対に、滑らかで真っ直ぐな髪だ。触り心地がとても良い。
 持ち上げた髪をサラサラと落とすと、また仄かに瑞々しさを感じる香りが漂ってきて口元が綻ぶ。

「良い匂いだと思ってな。香水、変えたのか?」
「ああ。夏に異国の香水師が来ていてな。興味があって行ってみた」
「わざわざお前が出向いたのか?」

 特に文句を言われないので、手癖で髪を三つ編みして遊び始めたのだが、一旦止める。
 一国の皇太子がわざわざ店に行くとは。

 公爵家でも、欲しいものがあれば商人の方に来てもらう。アレハンドロも普段はそうしているはずだ。
 よっぽど腕のいい香水師だったのだろうか。

「……街の視察のついでにな……」

 いや、どこか返事の歯切れが悪い。これは何か面白いことを隠している。
 私は体を乗り出して、背もたれに完全に体を預けて座っていたアレハンドロの端正な顔を横から覗き込む。

「本当の目的は?」
「……今年はオレンジが豊作だったそうだ」

 街の視察ついでと、オレンジ。農作物。

 私は去年の夏、花を売っていた農家の少年を思い出した。
 明るい橙色の髪と日焼けした肌の元気な子。
 たしか、この学校に入学するために頑張って勉強をしているんだったか。

 その都度、売るものは違うと言っていた気がする。
 今年はオレンジだったのかフルーツ全般だったのか、他の農作物もあったのか。
 詳しくは分からないが、アレハンドロはあの子をアンネと重ねて気にしていた。

 わざわざ様子を見に行って、ついでに街の視察と香水の購入をしたということだ。

「なるほど、それでこの香り……BL適性がありすぎる……」

 乙女ゲームのヒーローのくせに。
 ここは普通、アンネのイメージで作るところだろう。
 なんでオレンジに引きずられたまま買いにいっちゃったんだ良すぎる。

 あ、でもアンネの瞳の色もオレンジじゃないか。なるほどそっちか?
 詳しく聞きたいな。
 にやけそう。

「たまにお前が言うびーえるとは」
「私はすごく好きな香りだ。爽やかな感じが意外とお前に似合ってる。流石なんでも似合うな? お前がこの香りだと私は楽しい!」

 アレハンドロがいらん単語を覚えてしまったようなので、にやけ顔を綺麗な笑顔に変えて不自然なくらい明るく褒め称えた。
 アレハンドロは怪訝そうに眉を顰めたが、満更でもないようだ。唇が弧を描いている。

 どうやら誤魔化せたらしい。

 そして、アレハンドロはダークブラウンの長机の下に置いていた鞄を開けた。

「気に入ったならやる」
「えっ、買ったばかりだろう?」

 鞄の中から出てきたのは、金の蓋の綺麗な小瓶だった。液体が入っている部分は青色で、私の手のひらに収まる大きさだ。
 液体が上の方まで満ちているそれは、光の当たり方でキラキラとして見える。

「予備がある。もし気に入ったなら紹介しよう」

 目を瞬かせる私に、なんでもないことのようにアレハンドロは言う。
 なるほど、よほど気に入っていくつか買ったということか。

 アンネをイメージしているならちょっと申し訳ない気もしたが、せっかくなので貰うことにする。

 早速、瓶の蓋を開けると、想像していたより控えめな香りが鼻をくすぐる。
 左手首に一滴落として、右手首でトントンと軽く叩いて馴染ませた。

「私はあまりつけないが、たまにはこういうのも良いモノだな」

 もう少し時間を置いたら、いい感じに香ってくるはずだ。楽しみになってきた。
 そんな私を見ながら、アレハンドロは満足気に唇の片端を上げていた。
 
 ◇

「あれ、アレハンドロとシン。今日はなんか同じ匂いがするな?」

 昼休み、食堂に行くとエラルドを見つけたので、同じテーブルに座った。
 その時に、ふと私たちのことをみて呟いたのだ。

 私は少年の話も挟みながら香水について説明した。
 アレハンドロは「そこは必要か?」と嫌な顔をしたが、私としては最重要ポイントだ。
 柔らかい相槌を打っていたエラルドは、全て聴き終わると顎に手を当てて私たちを見比べた。

「へー……」

 何その間。
 ちょっと怖い。
 
 エラルドは、お皿に残っていたガーリックトーストを持ち上げながら微笑む。

「そういえばこの間、メイドさんたちが噂話してたんだ。浮気した時とかって、香りでバレることがあるらしいよー。ふたりには関係ないと思うけどな?」

 あっ察し。
 私とアレハンドロは顔を見合わせた。
 
 遠回しに「お前らまた出来てるって噂になるぞ」って注意喚起されている。
 今更っちゃ今更だけども。そう言われると敢えて同じ香水をつけているのは気まずい。
 私はすぐに魔術を使って自分の纏った香りを除去する。
 
 しかし後で判明したのだが。

 エラルドに忠告された時には既に半日経ってたので、完全に噂が出回っていた。
 私としたことが、少年やアンネに気を取られて自分とアレハンドロのフラグに気付くのが遅れた。
 大失態だ。
 
 貰った香水はしばらく机のオブジェだな。
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