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第二章

モチモチ

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「あははははは!!」

 演劇を観に行った日の夜。
 夕飯やお風呂の時間が終わったゴールデンタイム。
 アレハンドロの部屋の大きなベッドに腰掛けたエラルドが、大きな口を開けて大きな声で笑った。
 
 夕方、劇場から帰ってきて寮に着くまでの間に、エラルドとバレットに出会った。
 剣術の稽古から帰る途中だったそうだ。
 街のお土産を買ってきていたので、一緒に食べないかと誘うと2人とも快諾してくれた。

 寮でゆっくり過ごしていたらしいネルスにも声をかけて、今は5人で夜のおやつ中だ。

 窓際のテーブルを挟んで2つあるソファ椅子には私とアレハンドロ、その近くに移動させた勉強机の椅子にはネルス、ベッドにエラルドとバレットが座っている。

 私はベッドで良かったのに、ネルスとエラルドにソファに座らされてしまった。お互い気にしない仲になっているつもりでも、やっぱり階級の上下意識というのは根強いらしい。

 お土産は、劇場の近くで売っていたルーク王子一行を模ったクッキーだ。
 入れ物の缶にも王子一行が描かれている。
 お土産感あっていいな~と思って買ったのだ。
 お土産のクッキー!って味がする。

 貴族生活が長すぎて久々の味だ。舌は肥えると言うけど、これはこれでやっぱり美味しい。
 この庶民の味と、アレハンドロが寮の人に用意してもらったお貴族さま御用達の良い紅茶、という組み合わせがまた楽しい。

 ネルスは食べたことのない形や味にテンションが上がっていた。
「御利益がありそうだな!」と賢者ばっか選んで食べてるのが可愛すぎる。
 好きなキャラばっか選ぶ子、いるよね。

 そして、これはどこのお土産なのか、というネルスの質問をきっかけに、劇場で起こったことを話すことになったのだ。
 もちろん、ラナージュが盗み見したがったことや実際に盗み聞きしたことなどは伏せている。

「それで、そのまま2人揃って王子と魔王の役者さんの目の前に押し出されちゃったのかー」
「そうやって笑うけどな。こっちは寿命が縮むかと思うくらい恥ずかしかったんだぞ」

 涙が出るほど笑って肩で息をして、隣に座るバレットの肩に縋っているエラルドに思わず唇を尖らせてしまう。

 そんな笑うか?
 いや、笑うか。
 状況を想像したら笑うしかない。

「ごめんごめん!だって殿下とシンがもみくちゃにされて大慌てだったと思うと似合わなすぎて!」

 うん、ね。
 笑ってる顔がかわいいから許す。
 
 
 アレハンドロに見つかった後、こっちへ来ないで欲しいという念はもちろん伝わらず。
 無念の合流を果たしたものの、エラルドが言った通り。
 満員電車の乗り降りに巻き込まれたみたいなファンの波に呑まれてしまった。

 どうしたらいいんだこれは!?とりあえずアレハンドロとラナージュとアンネ全員を見守るのは無理だ!誰をとろうか?ここは皇太子だろう!
と、恐らく人生で初めてもみくちゃにされて目を白黒させている手を掴んだ。

 そのまま流れに任せながら移動していると、あるところでポーンと人混みから放り出され、2人して地面に手を着いた。

「……!大丈夫か?」

 声をかけられて顔を上げると、輝く美貌の男性2人がこちらを見下ろしていたというわけだ。

 私の目の前には魔王役のロスウェル。
 アレハンドロの目の前には王子役のライモンド。

 近くで見ると迫力が違う。
 なんかもう、ピッカピカだ。
 後光がさしている。

 並んでいるファンにハイタッチする手を止めて、2人とも私たちに近づいてきてくれたようだ。
 
 ロスウェルが形の良い唇に弧を描きながら手を差し伸べてくれる。

「王子、怪我はないか?……少し若返ったな?」
「は、はい……すみませ、おうじ??」

 低く優しい声に返事をしながら手を取ろうとして、私は固まった。

 完全にコスプレしてきたファンだと思われている!いやいや、それなら服装ももっとそれっぽくしてくるから!

 恥ずかしすぎてアレハンドロの方を見ると、もみくちゃにされたせいで髪が解けている。
 つまり、完全に魔王とお揃いになっていた。

 なんで今!そんな奇跡起こすんだよ!!
 もうちょっと三つ編みの名残あれよ!!

「まるで、星の下で夢を語り合っていた頃の君に戻ったみたいだ」

 ライモンドが笑顔でアレハンドロの手をとっている。
 ファンサービスが良すぎることが、こんなに恥ずかしいとは知らなかった。

 アレハンドロは本気で「え、何事?」て顔になって黙ってしまっている。

 ちなみに星の下で夢を語り合う王子と魔術師は確か16歳くらいで、私たちと丁度同じくらい。なんでそんな都合のいい奇跡が起こるんだよ。

 なんだなんだと周りでみているファンの皆さんの中から「なになに?」「綺麗!役者さん?」とか聞こえる。
 最早そういう演出だと思われてる可能性すらあるのでは。つらい。

 私は恥ずかしすぎて顔を上げられないままロスウェルに立ち上がらせて貰い、お礼を言いながら膝の砂を軽く叩いた。

「アレ……いや、え、と……、怪我はないか?」

 名前を言うと流石にバレるかなと思って言葉を濁す。
 私より先に立ち上がっていたアレハンドロを見ると軽く頷いていた。

「無い」
「そうか、良かった……!?」
「若い王子、綺麗な顔してるなー」

 ロスウェルが私の両頬に手を添えて自分の方へ向かせた。
 真正面から私を見る緑の瞳。

(びええええええてえええぎゃ――!!)

 顔が!!
 近い!!

(ファンサ!?これファンサ!?ありか??こんなファンサありか??)

 自分の顔を含め普段から美男子は見慣れている。
 しかし、プロは別だ。
 彼らは自分の魅せ方を日々研究し、それでご飯を食べているような人たちだ。表情も仕草もひとつひとつが計算され尽くしている。

 正直とてもかっこいい。
 かっこいいが故にこれは下手をしたら死人が出る。
 大混乱しながら固まっていると、

「ロスウェル、そんな急に触ったらいけない。びっくりしてるよ」

 と、ライモンドが柔らかく嗜めた。
 透き通るようなテノールボイス。 
 なるほど外見だけでなくファンに見せる性格も、アンネが好きそうな優しい王子さま系だなライモンド。

 それでもロスウェルは手を離しはせず、私の頬をぷにぷにと指で弄る。

「いやでも、ほら肌がピカピカだぞ。ピッカピカすべすべもちもち」

 それは貴方たちですが。
 触ってないけど見れば分かる。
 肌も磨き上げられている。

「そりゃあ若いから……ちょっといいかい?」
「な」

 やれやれ、と言った声を出したくせに、自分も目の前のアレハンドロの頬に手を伸ばした。アレハンドロは驚きすぎて完全に放心状態だ。

「あ、本当だ! すごいなー! 何も塗ってない肌してるのになーこんなんだったかなぁ」

 それ! 皇太子!! この国の!! 皇太子ー!!
 明るく楽しそうな声で、ライモンドは両手で優しく褐色の頬を包み動かしている。
 何も塗ってないとかすごいリアルなこと言いますね。

 いやでも赤ちゃんから幼児くらいの年のモチモチ触感ならともかく、まさかこの歳でほっぺすべすべーってやられるとは思わなかった。

 突如現れた美形青少年のほっぺを両手で弄ぶ洗練された超絶美形の役者2人に、周囲のファンは大喜びしてるらしくてキャーキャー聞こえる。

 うわぁ私もそっち側に行きたいぃ!
 
 ところで護衛の人的にはセーフか?一般人のフリしてきてるわけだし危害加えられてないならセーフ?
 
 というような状況下からは、最終的に2人のサインを貰って解放された。

 後から無事合流できたアンネに聞くと、普段から運が良いと役者の気まぐれで絡んでくれることがあるらしい。それが今回私たちだったわけだ。

 いつもより濃厚な接触ではあったらしいが、男が相手だと嫉妬とかもなくやりやすいといったところだったのだろうか。

 結局、4人で帰ることになってしまったのだがその途中。

「デルフィニウムさま!少し頬を触らせていただいても?」
「で、殿下私も!ライモンドさまがお触りになったほっぺ……!」


 と、女の子2人にせがまれて、私たちはめちゃくちゃモチモチされた。
 
 
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