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第一章

怒らないから

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 連れてこられたのは寮の待合い室。
 ソファーやテーブルが並んでいる。
 エラルドはここで私を待っていたのだ。

 割と人目につくところでやらかしたな。
 人様のお子さんにこんなこと言うのもなんだが本当にバカなんだな。
 
 私が到着すると、その場に居た全ての生徒がこちらを振り向いた。
 安堵する顔もあれば間の悪いところに来たとでも言いたそうな顔とさまざまだ。

 目に入って来たのは、窓際で立つアレハンドロ、アレハンドロの側に膝をついているネルス、その後ろでガタイの良い生徒2人に羽交締めにされて行動を抑えられているバレットとアンネに宥められているらしい眉間に皺を寄せたエラルド。
 恒例の土下座中の生徒が2人。
 
 聞いていたより登場人物が増えている。
 しかもアンネとネルスの位置逆じゃない?
 と、どうでもいいことを考えながらそこに近づいていく。

「誰だシンを連れて来たのは!!」

 私に気がついたアレハンドロが怒声を上げた。
 後ろでAくんが縮み上がる。

「私はエラルドとの待ち合わせに来ただけだが?」

 笑って手を振って見せたが荷物持ってなかったわめっちゃ間抜け。

 でもそんなことは誰も気にしていない。
 なんだこの空気。一体どんな悪口言われたんだ逆に興味がある。
 私は状況を明確に説明できそうな人物に話しかけた。

「ネルス、どうしてこうなった?私は来ない方が良かったか?」
「貴様は」
「殿下は動かないでください。すまない、僕もさっき来たところだ。お前に対する暴言だったということだが、詳しくは親戚には教えられないと」

 アレハンドロが口を開きながらこちらに来ようとしたようだが、何か魔術を施しているらしいネルスが遮った。
 ネルスのアレハンドロに対する扱いがだんだん雑になってきた気がするな。

 左手がガラスで傷ついて血塗れだ。それをネルスの魔術光が覆っている。
 ネルスが膝をついていたのはそれを治すためだったようだ。

「本人にも親戚にも言えない暴言ってなんだ。『皇太子に媚を売る男色家』『ベッドの上での具合はどうなんだ?』とでも言われたのかエラルド?」

 目の前に着いて首を傾げると、怒りの収まらない表情のエラルドが大きく息を吐いた。
 そんな場合じゃないんだが、その顔もたまらなくカッコいい。

「言われたけど……それくらいじゃ怒らないよ。シンは笑うだろうから」

 言われたんだ。いつか言われると思ったけど。ウケる。
 エラルドはよく分かってる。

「そんなことまで貴様らは」
「アレハンドロ、それくらいで怒るな笑うところだ」

 そこは聞いていなかったらしいアレハンドロがまた血管が切れそうな顔になったので、ポンと肩を叩く。

「まぁいい。私は何を言われても気にしないから許してやれ。バカに時間を割くのはバカのやることだ」

 本当は詳しく事情を聞いて3人の気持ちの整理をしてあげたいところだが、私のことで揉めているならとりあえず終わらせて欲しい。
 さっさと帰りたいし。

「出来ない」
「嫌だ」
「無理だ」
「お前はもう少し気にしろ。さっきのを言われたとしたらよっぽど酷いぞ」
「えっそんなに?」

 3人に加えてネルスまで!?
 思わず素になってしまった。
 酷いとは思うけど別に言わせとけばいいのに。

 これもう何を言ったか分からないと解決しようがないわな。言ったことに対して怒るなり叱るなりしないと納得されない空気だ。

 分かるけども。
 親しい人への悪口はとても気分が悪い。

 しかし誰も内容を教えてくれないので、私は床に伏している2人の方へ近づいて膝をついた。
 よく見たらこの2人もアレハンドロのお取り巻きの中にいたわ。皇太子の機嫌を損ねたことがバレたらパパとママにめっちゃ怒られるんじゃないかな。

「怒らないからなんで言ったか私に直接言ってみろ。このままだと猛獣2人にボコボコにされるぞ」

 アレハンドロが許可したら2人とも本気でやりそう。
 アンネがいる前ではやらないかなどうかな。
 
 ところで、大人って「怒らないから」って言っても結局「叱る」よね。
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