上 下
13 / 134
第一章

褒めてあげてください

しおりを挟む
 腹は立っても正論すぎて何も言い返せないのだろう。
 怒りの矛先を変えることにしたのか、私たちの卓の方へと皇太子は顔を動かした。

「して、そこで笑っている不届き者、貴様はなんだ!」

 鋭く飛んできた言葉は私にではなく、まだ笑いの止まらないエラルドへだった。

「はは……失礼したしました皇太子殿下。私の2歳の甥も同じようなことでこの間叱られていたのを思い出して、つい」

 こんな時でも怖いほどに爽やかだエラルド。
 だが爽やかに火に油を注ぐな。
 もしかして天然属性もあるのか。素敵か。

「貴様……」

 腹の底から響くような、唸るような声を出しながら再び皇太子が立ち上がった。
 せっかくネルスが言いくるめられそうだったのにまた怒りの導火線に火がついたのか。

 この人に6秒数えていただきたい。

「失礼ついでに、殿下が投げてたこれ美味しいですよ。あなたの親友のシンはこれが一番好きだそうです。見るのも嫌ってことは食べなかったのでは?」

 エラルドは皇太子の怒りをものともせず、朗らかにお皿を持って近づいていく。

 いや、待て。

「誰が親友だ」
「誰が親友だ」

 2歳児とハモってしまった。もうダメだ。

 お互いげんなりした表情になりながら目を合わせてしまっているうちに、エラルドが皇太子のところまで辿り着く。

「失礼ついでに、一口召し上がってください」

 フォークに刺したエビを皇太子に差し出した。
 見るのも嫌だと言っている相手にこれは流石に酷だ。
 しかも叩き落とされる気しかしない。

 呆気に取られていたネルスが立ち上がり、止めようか迷う仕草を見せている。

 皇太子は仏頂面で、じっとフォークの先と自分より身長の高いエラルドの顔を見比べる。

「俺が今まで食べた中で一番美味しいエビです」

 とてもいい笑顔だ。
 悪意のかけらも感じられない。
 だからこその圧を感じる。
 
 そして、なんと皇太子が口を開けた。
 
 開いた口にエラルドがエビを入れるとぱくり、と食べた。
 無表情で口を動かす皇太子を周囲が息を呑んで見守る。
 
 飲み込む音が聞こえる。

「不味い」
「あれ? そうですか? じゃあこっちの……」
「……っもう良い! 食べれば良いのだろう。スープ以外は食べる」

 皇太子が椅子にどかりと座った。
 天然は恐ろしい。
 恐ろしいがなんとかなったらしい。

 なったらしい安心感ゆえか、思考が明後日の方向へ向いていく。

 私は何を見せられた?
 推しの爽やか好青年が俺様超絶美形にあーんして、ついでにフォークで間接キスしたの?
 ちょっと巻き戻してもう1回見せて欲しい。
 
 私はどう考えても他の人たちとは違う意味でフリーズして、2人を見つめていた。

 すると、こちらを見た皇太子が子どものように口をへの字に曲げた。

「お前も何か言いたいことがありそうだな」

 はい、今の萌えだったのでもう1回お願いします。
 とは言えまい。

 私はさも落ち着いて経緯を見ていたかのように、穏やかに笑って首を振った。

「すでに顔に『さすがにやりすぎた』と書いてある。改めて何か言う必要もないだろう。そうだな、あえて言うのならば『まずい』ではなく『私の口に合わない』と言った方が言われた側の苛立ちがマシになる」

 イラつきはする。

 私は指先を動かし、本日2度目になる詠唱をした。
 魔術の光は皇太子が割った器の破片とスープを包み込む。

「見極めは終わったか?」
「……何?」

 私は意識してそれっぽく見えるように、格好つけて皇太子に近づいた。
 呼応するように光が私の手元までやってくる。
 そしてそれが消えると、私の手には元のままの器に入ったスープがあった。

 当然床も元通りである。

 一度落としたスープなので流石に飲めはしないのだが、感嘆の声が聞こえる。
 エラルドもネルスもポカンと口を開けていた。

「立場を顧みず自分を諌めてくれるような人間を探していたんだろう? でも、こんな事は早めに切り上げないと、せっかく見つけた忠臣の心がお前から離れていってしまうぞ」

 皇太子はただ単に癇癪を起こしていただけだと思うが、本当に考えがあるかのように言ってやる。
 アンネの時も今回も、諌められれば聞く耳を持ち、時間が経つにつれ落ち着いていく様子が伺えた。

 恐らくだが怒りの感情のコントロールが絶望的に下手なのだろう。
 まだ15歳だ、そんなこともある。

 しかしそんなこともあるで済まされない立場だ。

 皇太子は一瞬瞳を泳がせたが、わざわざ否定してこない。
 散々な姿を見られている自覚があるのだろう。
 私の話に乗った方が格好がつくと判断したようだ。
 全くもって世話の焼けるお子様だ。

「も、申し訳ございません! 殿下のお心を測りかねて大変失礼なことを申し上げました!」

 私の言葉に対する皇太子の沈黙を肯定と受け取ったネルスが深々と頭を下げた。
 そのことで、この場にいる人間には「皇太子の暴虐無尽な振る舞いは忠臣を選定していた」という共通認識が確定した。

「……いや、構わない。お前の言うことは正しかった。ネルス・クリサンセマム、覚えておく」
(しゃあしゃあとよく言うわ)

 何事も無かったかのように尊大な態度の皇太子に笑えてきた。

 ネルスはそんな皇太子の言葉が嬉しいようで、いつにも増して瞳が輝いているように見える。かわゆい。
 頑張ったもんね。

 今回のもう一人の功労者エラルドは、お気に入りの豚肉ステーキを指差し普通の友だちにするように皇太子に薦めていた。

「これが、すごく美味しいんですよ皇太子殿下。是非食べてください。そして褒めてあげてください」
「お前はこれが好きなのか?」
「はい!」
「……では先程のエビの礼だ」

 先程までの激情はどこへやら、別人のように淡々と喋る皇太子が肉にフォークを突き刺した。
 そしてエラルドに差しだす。

 エラルドはキョトンと瞬いたが、すぐににっこりと笑うと嬉しそうにそれを口に入れた。
 
 ガシャ――ン!!
 
 あまりの尊さに、私はせっかく元に戻したスープの皿を再び床の上に落としてしまったのだった。


 少女漫画や乙女ゲームではなく

 BL的世界に飛んできた!?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら神だった。どうすんの?

埼玉ポテチ
ファンタジー
転生した先は何と神様、しかも他の神にお前は神じゃ無いと天界から追放されてしまった。僕はこれからどうすれば良いの? 人間界に落とされた神が天界に戻るのかはたまた、地上でスローライフを送るのか?ちょっと変わった異世界ファンタジーです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

異世界でお取り寄せ生活

マーチ・メイ
ファンタジー
異世界の魔力不足を補うため、年に数人が魔法を貰い渡り人として渡っていく、そんな世界である日、日本で普通に働いていた橋沼桜が選ばれた。 突然のことに驚く桜だったが、魔法を貰えると知りすぐさま快諾。 貰った魔法は、昔食べて美味しかったチョコレートをまた食べたいがためのお取り寄せ魔法。 意気揚々と異世界へ旅立ち、そして桜の異世界生活が始まる。 貰った魔法を満喫しつつ、異世界で知り合った人達と緩く、のんびりと異世界生活を楽しんでいたら、取り寄せ魔法でとんでもないことが起こり……!? そんな感じの話です。  のんびり緩い話が好きな人向け、恋愛要素は皆無です。 ※小説家になろう、カクヨムでも同時掲載しております。

異世界転生したら何でも出来る天才だった。

桂木 鏡夜
ファンタジー
高校入学早々に大型トラックに跳ねられ死ぬが気がつけば自分は3歳の可愛いらしい幼児に転生していた。 だが等本人は前世で特に興味がある事もなく、それは異世界に来ても同じだった。 そんな主人公アルスが何故俺が異世界?と自分の存在意義を見いだせずにいるが、10歳になり必ず受けなければならない学校の入学テストで思わぬ自分の才能に気づくのであった。 =========================== 始めから強い設定ですが、徐々に強くなっていく感じになっております。

異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが

倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、  どちらが良い?……ですか。」 「異世界転生で。」  即答。  転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。  なろうにも数話遅れてますが投稿しております。 誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。 自分でも見直しますが、ご協力お願いします。 感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

処理中です...