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第一章

アレハンドロ・キナロイデス

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 きっと皆、あいつ正気かと思っているに違いない。
 私も思っているのだから。

 胸元に軽く手を添え、出来る限り優雅に腰を折る。
 
 「はい、アレハンドロ・キナロイデス皇太子殿下。僭越ながら申し上げます」

 しかし、ここで引くわけにはいかない。
 放っておくとこの男は、怒りに任せてアンネを本当に退学にしてしまうかもしれない。

 お互いに怪我をしていないのならば、ここは「ごめんなさい。もうしません」で終わらせて良いはずだ。

「この程度のことでこれから学友となる彼女を処断するのは器が小さすぎる、と」

 凛とした声が校舎前の広場に想定よりも大きく響き渡り、すでに冷え切っていた空気が完全に凍りつく気配を感じて内心では頭を抱えた。

 引き続き、怒らせるようなことしか言ってないな私は。
 本音すぎたな。
 
 正直、理不尽は承知でお前が落ちたアンネを受け止めとけばこんなことにはならんかったんだわくらいに思っている。
 この世界観で美形皇太子というハイスペック、それくらい出来ろ。

 と、私の個人的な感情はともかく。

 事情はどうあれ、木に登って人の上に落ちたアンネが悪いのは分かっている。
 無事にこの場を切り抜けたら改めて注意しよう。
 
 だが、「学生生活を送れると思うな」は皇太子が言うといくらなんでも重すぎる。

 頭を上げ、笑みは控えて真面目な表情を作る。

「見たところ殿下はお怪我はされていないご様子だ。であれば、ここは今後はこのようなことの無い様に、と厳重注意で充分かと」
「私の服や靴をこのように汚す行為、それで済むと思うのか」
「汚れ……?」

 皇太子の姿を頭の先から爪先までゆっくり観察する。
 すごくスタイルがいいな、ではなく。

 たしかに靴の側面に少し土が付いているような気がするし服にも土や芝生が付いている。

 おそらくアンネが落ちた際、一緒に地面に転けたのだろう。
 めちゃくちゃ痛そう。
 もしかしたら本当はどっか怪我してるんじゃないか。

 しかし怪我について反論せず、汚れに言及してるということは痛む場所はないと言うことだろう。なんて頑丈な。
 この汚れが先ほどの高圧的な言葉に繋がっていくのだとしたら、馬鹿じゃないのかとしか私は思えなかった。

 皇族の権威が云々と言われてもアホかと思うが。

 お洋服が汚れたのが許せない!
 なんて、たったそれだけのことで少女をあんな絶望的な表情にさせ、人生の崖っぷちに立っている気持ちにさせていることが理解できていないのだろうか。

 たった一声でそれが出来てしまう立場だと本当に分かっているのかこの小僧は。
 皇室はこの皇位継承権一位の教育を見直してくれ頼む。
 
 苛立ちが見えないように、背筋を伸ばし出来るだけ堂々と皇太子の方へと歩く。
 近づくことによって更に眉間の皺が深まり、敵意が溢れてくるその強くギラついた瞳の高さは、今の私の目線より少し高い。

「草や土程度、このように払ってしまえばよろしい!」
「……!? なっ……!」

 右手を振り上げると、パンパンと主に汚れている腰や尻を無遠慮に叩く。
 固唾を飲んで見守っていた取り巻きや野次馬たちがギョッとした声をあげてざわついた。

「なんてことを……!」

 という声が聞こえた気がするがスルーだ。

 皇太子本人は大混乱中なのか、口をワナワナと震えさせながらも大人しく叩かれている。

 振動で落ちていく草もあったが、意外とすぐに落ちない。
 繊維にくっつくタイプの草か、面倒くさい!

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