無様な悪役に月下の契りを〜失恋皇子の涙は無愛想な狼獣人の舌に拭われる〜

きよひ

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2話

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 勇者の光の力の前に魔王は倒れ、世界を覆っていた暗雲は消え去った。
 晴れ渡った空を見た人々には、心からの笑顔が戻る。

 魔物に襲われて復興が不可能かと思われたような小さな村でも、三日三晩どころではないお祭り騒ぎだ。

 ここ、フリーデン帝国は勇者を輩出した国として最も盛り上がっている。
 城下町では人が踊り、歌い、子供たちも夜更かしして駆け回っていた。

 しかし。

 おそらく今この世界で一箇所だけ、大混乱に陥っている場所があった。
 それはフリーデン帝国の宮殿内。
 勇者を招いた祝勝パーティの会場だ。

「エマ殿下は本気かしら?」
「勇者さまもお可哀想に」
「魔王を倒してからの婚約破棄なんて認められるはずないだろう」
「あの子は、命を賭けて世界を守ったのよ?」
「いや、『破棄』ではなく『解消』と言っていたが」

 豪奢なシャンデリアや金の装飾のある壁、磨き抜かれた床に色とりどりのドレスを着た貴婦人。
 平和を祝うパーティにふさわしく華やかな会場である。

 それにもかかわらず、だ。
 招待されている貴族や、勇者が生まれた村の人々が、ヒソヒソと眉を顰めて言葉を交わし合う。

 当然と言えば当然だ。
 魔王を討伐した暁には結婚する約束になっていた勇者と姫が、堂々と婚約解消を宣言したのだから。

 世界平和の喜びだけでなく、二人を祝うつもりでいた人々はどうすれば良いのか分からない状態にあった。
 二人を婚約させた皇帝ですら寝耳に水で、慌てふためいていたのだ。

 だが、会場の扉が開き、一人の男が現れたことで皆がピタリと口を閉ざした。

 フリーデン帝国第一皇子のカイ・ヴァインツィアール 。
 21歳の若さにして魔王軍残党討伐の先頭に立つ、皇帝の信頼厚い皇子だ。

 月の光が映ったかのような金の長髪に同じ色の凛々しいく整った眉。碧い瞳は見るものを魅了し、討伐明けで細かい傷のある肌は日に焼けることを知らない。

 パーティ用の煌びやかな礼服は着ず、軍服にマントをつけたままなことから急ぎでここにやってきたことが分かる。
 何故、カイがそうしたのかはこの場にいる全員が理解していた。

「カイ殿下!陛下たちはあちらに……」

 扉付近に立っていた兵士が一番に声を掛けた。
 表情の筋肉を動かさないまま、示された方向に目線をやる。そこには、別室に続く扉があった。
 公衆の面前でするような話ではないと、皇帝が個室に誘導したのだろう。

 今回の主役であるはずの勇者と、一緒に婚約解消を宣言したという姫を説得しようとして。

(あの二人が一度言ったことを覆すわけがない)

 無駄なことを、と内心では嘲笑いながらブーツで灰褐色の床を踏みしめる。
 マントの閃く逞しい後ろ姿を、皆が固唾を飲んで見守った。

 第一皇子の参入が、どうか事態をいい方向に終息させる手助けになりますようにと祈りながら。

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