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3話

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「もーっしわけないレオン!! 我が娘がまさか、まさか浮気を……っ」

 カイが部屋に入ると、父である皇帝は頭を薄紫の絨毯に擦り付けんばかりに深々と下げていた。

 小さな談話室に目線を走らせると、ソファーの真ん中にどっかりと座っている褐色肌の獣人の男と一瞬だけ視線が合う。
 カイは状況把握のためにすぐに他へと目を流したが、夏の月を思わせる金色の瞳はそのままカイを捉えていた。

 艶めく夜色をした髪の彼はルドルフ・バラオウ。
 勇者と共に魔王を討ち果たした英雄の一人だ。
 姿形は人と似ているが、黒狼の耳と尻尾、立派な犬歯をもつ獣人族の青年だ。

 今回の騒動の当事者の勇者と皇女、ルドルフと同じく魔王討伐に携わった魔術師を合わせて、計六名が現在一つの部屋にいることになる。

 部屋にはテーブル1脚と猫足の椅子が4脚、ルドルフが座っているソファーが一台置いてあった。
 しかし座っているのはルドルフのみで、他は全員立っている。
 そして、その場で深刻な表情をしているのは皇帝ただ一人だ。

 頭を下げられている勇者、レオン・シュヴィールスは、出会う人全てを救ってきた笑顔で皇帝の顔を上げさせる。

「あはは、顔を上げてください皇帝陛下。浮気っていうと人聞きが悪いって言うか……俺は怒ってもないし、むしろ良かったと」
「かくなる上は、他の我が子と結婚してくれないか!」

 勢いよくレオンを見上げた皇帝は、剣ダコのある若い手をしっかりと握って必死に言い募った。頸で結んだレオンの茶色い髪がふわりと揺れる。
 室内の空気が驚愕の色に変わった。
 それもそのはず。

「皇帝陛下。お気を確かに。私も弟のノアも男です」

 皇帝には三つ子の子供がいる。
 しかし皇女はエマだけで、後の二人は皇子なのだ。
 見兼ねて背後から諌めたカイの声を聞いて、真っ青な皇帝が振り返った。

「お、おおカイ! カイじゃないか!良いところに来たな」

 取り乱していた皇帝は、そこでようやく息子の到着に気づいたらしい。
 その藁にもすがるような声を合図に、レオンも何者にも染まらぬ黒い瞳をカイに向けた。

 第一皇子の登場にはとっくに気付いていたようだが、必死の皇帝を前にして声をかけるタイミングが無かったのだろう。
 並びのいい白い歯を見せ、朗らかな声と共にカイへと片手を上げる。

「カイ、久しぶりだな! 残党はどんな感じだ?」
「レオン、久しぶりだな。あらかた片付いた。しかしそれより、この度は本当に」
「良いんだよ。俺とエマは親友。だからこそ婚約を解消したんだ。な?」

 レオンとエマが言葉通りの関係性だと知っていたカイが、形だけでも謝ろうとしたのだが。人のいい笑顔を浮かべたレオンは快活な声でそれを制した。

 おおらかで人に愛される勇者らしさは、彼の一番の長所だろう。ずっと引き締めていたカイの表情が自然と綻ぶ。 

 レオンが同意を求めた先では、カイと年齢を同じくする姉で皇位継承権第一位を持つ皇女、エマが頷いた。
 カイと揃いの金の髪と青い瞳。体格に男女としての差はあれど、姉弟でそっくりな顔立ちだ。性別以外でカイと大きく違うのは、項も耳も出るほど短く整えられた髪型だろうか。

 皆が見守る中、エマは揺るぎない笑みを口元に称えて皇帝に視線を向ける。

「ああ、その通りだなレオン。父上、私たちがお互いに話し合った結果です」

 後ろめたさを微塵も感じない堂々とした態度を目の当たりにした皇帝は、むむ、と口をもごつかせた。だがそのまま引き下がるのは皇帝として、父親としての威厳に関わると思ったのだろう。

「それにしてもだ! 皇族、しかも王位継承権第一のお前ともあろうものが! 婚約解消などと!」

 レオンに対しての弱い態度からは考えられないほど眉を吊り上げて吠える。部屋の調度品が揺れんばかりの音量だ。
 だが勇者のレオンはもちろん一緒に魔王と対峙したエマも、びくともしなかった。

「お怒りはごもっともです陛下」 

 睨み合う父と姉の間に、カイは静かに入り込む。
 引く気のなさそうな両者の表情を見比べ、最後にレオンと視線を合わせて目を細めた。

「しかし、当のレオンが良いと言っているのですから。……姉上のお心も大切になさってください」
「ぐぬぬ……っ」

 皇女、しかも皇位継承権第一位ともなれば、結婚は個人の問題ではない。
 皇帝としては世界を救った勇者と皇女に華々しく結婚式を挙げて欲しいと思うのは道理だ。世間も、平和の象徴としての二人の結婚を待ち望んでいる。

 だが愛を誓い夫婦となるのに、個人の感情を無視できようか。
 一人の父親として、「愛娘の心」をと言われてしまえば。簡単に切り捨てられるほど、フリーデン皇帝の心は冷え切ってはいなかった。

 そもそも3人いる子どもの内、娘のエマには特に甘い父親なのだ。
 歯を食いしばって呻いた後、皇帝は改めてレオンに向き直り手を取った。

「では! やはり皇子たちのどちらかを嫁に貰ってくれ! 白い結婚でも構わん! 皇室としての特権を与えたい」
「んー」
「ワシの顔を立てると思って! この通りじゃ」

 勢いよく頭を下げる皇帝の申し出に、死地を潜り抜けてきたレオンも流石に戸惑っている。

 フリーデン帝国では男同士の結婚は認められているが、エマとの結婚を了承したレオンだ。簡単には頷けないだろう。
「皇族の特権」に目が眩むような性でもない。
 カイは眉を下げ助けを求めるような視線をレオンから感じた。

 けれども、敢えて何も言わずにことの成り行きを眺める。
 部屋にいる他の皆も「レオンが決めることだ」と誰も口を出さなかった。

 レオンは困ったように唸り、たっぷりと時間をかけて悩んだ。
 そして、皆に見守られる中頭を掻くと、皇帝にへらりと笑顔を向けた。

「じゃあ、皇子さまと結婚させてもらう」
「あああ! ありがとう勇者レオン!」

 皇帝が歓声を上げてレオンに抱きつく光景を、カイは表情が緩みそうなのを堪えながら見つめる。

 鼓動が、期待で高く鳴った。

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