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27話
しおりを挟む10年前、初めて出会った時にコウはカズユキに窮地を助けられた。
ミナトには「窮地」とだけ伝えたが、実際には「媚薬を盛られ手を縛って鎖に繋がれていたところを、地下牢に忍び込んだカズユキに発見され、性行為で発散させられて事なきを得た」という事情だった。
屈強な兵士を如何に拷問するか、思うままに操ることができるか。その実験に巻き込まれていただけなのだということは、事件を追うにつれて分かったことだ。
その流れで、コウはカズユキの仕事を手伝うことになった。
事件を解決するまでの短い期間で、カズユキに完全に落ちてしまったのだ。
「物でも人でも、あんなに欲しいと思ったのは初めてだった。もっと一緒にいて、もっと知りたかった。…表情や仕草や言葉や…何もかもが魅力的に見えた。」
「それで、カズユキが首都を出る前に告白したのか~。」
「ああ。だが、そんな人間は腐るほどいたんだろうな。カズユキにとって俺は、色香に惑わされて迫る愚か者の1人に過ぎなかった。」
カズユキの返答は前述の通り。
初めて他人に感じた胸の熱を、抱擁を、あっさりとあしらわれた。
コウに感情移入して聞いていたミナトは顔を歪める。
「つらい…。」
「辛かったな。あんなに胸が引き裂かれそうだと感じたのも生まれて初めてだった。」
それでもまだ若かったコウは食らいついた。最強の剣闘士として築いてきた名声をいとも容易く捨て、カズユキと共に「なんでも屋」の仕事をすることにする。
それに対しては「お前がいると仕事が捗る。」とカズユキは受け入れた。
そして、「10年早い」を「若すぎる」と言われたと解釈し、5年前に告白をし直す。
信頼関係が十分にできていたし、出会った頃のカズユキと同じくらいの年頃になっていた。
もう、「若いから」とは断られないと考えたのだ。
何よりも、カズユキから感じる視線や触れる手には明らかな艶があった。誰が見ても脈があったし、酒場の店主に自分への思いを吐露するのを聞いたことすらあった。
それでも、カズユキは一瞬だけ真っ赤な顔を見せたかと思うと目を逸らして全く同じことを言ったのだ。
「…え、でも、それって…」
ただの照れ隠しなのではないか、という言葉をミナトは飲み込む。コウの聞き間違いでも勘違いでもなく、カズユキの気持ちは列車の中で答えを得ていた。
しかし、他人が伝えて良いことではない気がしたのだ。
むしろ、コウは敢えてそうしているのではないかとすらミナトは感じていた。
「だから、今度は本当に10年経ってから言うことにした。」
「ま、まじめ…」
抑揚のない音で、しかしはっきりと言い切られた言葉に目が回る思いがする。
15歳のミナトにとって、10年は途方もなく長い時間だ。
この時ミナトは「大人はすごい」と感じているが、コウにとっても長いことには変わりはないことは忘れてはならないだろう。
自業自得ではあるが、カズユキも相当焦れていることがミナトですら分かる。
話を聞いているうちに空になったシンクに手を掛け、そこに体重を乗せた。
「俺さ。2人が両思いなら、ちゃんと伝え合えたら良いのにって思ったんだ…」
余計なお世話だとは分かりつつ、どう見ても思い合っているのに「恋人ではない」と明言している状況に納得がいかなかった。
悪意のない、正直な心からの声にコウは口元を綻ばせた。
「ミナトは、真っ直ぐで素直だな…。今は、隣に居られるだけで充分なんだ。」
手を白いタオルで拭いたコウが、カズユキの寝ている部屋の扉を見る。
「たまに、理性を試されることもあるけどな。」
クスリと笑って、まだ眉を下げているミナトの頬を撫でる。ひんやりとした感覚に驚いて、細い体が軽く跳ねた。
ドンドンドンドン!
突然、けたたましく戸を叩く音が部屋に響き渡った。
音源は玄関だ。
ミナトが顔を玄関に向けている間に、既にコウが戸を開けていた。
「なんだ?」
扉の向こうを見て、コウは瞬時に緊急事態を悟る。
その場に立っていたのは、大きな斧を右肩に担いだ酒場の店主だった。彼が冒険者だった頃、軽々とそれを振り回していたことをコウは覚えている。
いつも豪快に笑っている店主は、今は血相を変えて早口で捲し立てた。
「コウ!! すまん!! 街に魔獣が入ってきて暴れてる! 手伝ってくれ!!」
「分かった。」
コウは短く答えると、そのまま部屋を飛び出した。
「誰かさんと違って報酬がどうとか言わないから助かるぜ!」
後を追った店主の声はしっかりと部屋の中に聞こえてきていた。
街に魔獣が出ることは珍しい。
魔獣専門の狩人が捕らえて街に入り、それが逃げてしまうことはたまにある。しかし、店主は「魔獣が入ってきた」と言った。わざわざ魔獣の方から出向いてきたということだ。
「戸締まりだけちゃんとしとこ…」
昨夜の怪鳥を思い出して寒気がする。
それを誤魔化すように独りで声に出して呟いた。
ミナトは玄関の鍵を掛けると、裏口や窓の鍵も確認することにした。
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