花嫁はお前だろ?〜揉めた末、虎王子に食われるライオン皇子の物語〜

きよひ

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何言ってんだ俺

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 ひりつく喉から、ようやく一言だけ絞り出す。
 苛立ちを孕んだような低い声は、台詞とはあまりにも不釣り合いで。
 一度、影千代の気持ちを踏みにじっている負い目で、振り返って表情を見るのも怖かった。

 それでも、自分の気持ちが伝わったかだけは確認したいというのに。
 影千代からは沈黙しか返ってこない。

「なんか言えよ」

 耐えきれずにディランが口を開くと、ソファを軋ませて立ち上がる音がする。
 背後の動きを察知したディランの耳が立ち、先だけボリュームのある尾は不安のせいで足の間に入り込んでいた。

 落ち着いた足取りで絨毯を踏む影千代は、半ば呆れ交じりの声を投げかけてきた。

「お前こそ、大切なことはこっちを向いて言ったらどうだ」
「だから、好きだっつってんだよ!」

 返事とは言えない言葉に対して怒鳴って返す。

 ディランは振り返るや否や、既にすぐ近くまで来ていた影千代の肩を掴んで床に押し倒した。
 急なことで上手く受身が取れなかった影千代は、背中を打って息を詰める。
 薄紫のカーペットがクッションになったのは幸いだった。

 ディランは影千代に覆いかぶさり、牙を向いた。

「くそ! 一生認めてやるかって思ってたのに! お前がこんなところに入り浸るから!」

 大きく見開いた青い瞳に映るディランは、表情を歪ませて泣きそうな顔をしていた。
 情けないとは思うがどうしようもない。
 せめて見られないようにと背中を丸め、影千代の鎖骨に額を擦りつけた。

「誰でもいいなら、もう俺を抱いとけばいいって思っ……!」

 言いかけて、口をふさぐ。

(いや、何言ってんだ俺……っ)

 なんとか誤魔化せないかと頭を巡らせる。影千代の肩に置いていた手が力を無くし、衣服の布を引っ掻くだけになった。
 当然、影千代は聞き逃しているわけもなく、聞き流してくれるわけもなかった。

「ディラン、それは」
「待て、今のは言葉のあやだ忘れろ」
「忘れないが」

 慌てて言葉を遮ったにも関わらず、無情にもハッキリと宣言される。
 血が上っていたディランの頭はすっかり冷め、影千代と腰が重なっていることが急に居心地悪くなってしまう。

 体勢を変えようと体を起こし立ち上がろうとした。
 が、大きな白い手がしっかりと腰を掴んで引き寄せてくる。
 以前、酒に酔って迫った時と似た馬乗りの体勢になって、落ち着かない。

「もう一度、落ち着いて言ってくれないか。愛しい私の花嫁殿」

 子どもをあやすような柔らかい瞳と声を居心地悪く感じながら、ディランは唇をキュッと噛む。「花嫁」という呼称に対して言い返す余裕もなく、端正で雄らしい顔を見下ろす。

 勢いで思いを告げた先ほどとは違い、鼓動が早くなっていくのを感じる。
 顔も、どんどん熱くなっていく。

「好きだ」

 ようやく目を見て伝えることができた。

「私もだ、ディラン」

 影千代が、破顔した。
 生まれて初めて紡いだ本気の言葉が影千代に響いたことを、甘い声色が教えてくれる。
 ディランは強張っていた顔から力が抜けていくのを感じる。

「顔を見たくないなんて、嘘だ」
「それを聞いて安心した」
「傷つけて、ごめん」

 体を倒して影千代の胸に額を当てた。
 会えなかった数日、床に座り込んだ影千代を思い出しては、罪悪感に苛まれた。
 怒っていないことを示すように髪を鋤かれると、肩の荷が降りる。

「こんな気持ち、初めてで。どうしたらいいか分からなかった」

 安堵した口からは、今まで言えなかった本音が流れ出ていく。

「奇遇だな、私もだ」
「嘘つけ。お前はいつも余裕で俺ばっかりごちゃごちゃして……今だって、疑ってる。俺の気持ちを確認したら満足して他に行くんじゃねぇかって」
「そんなことになったら去勢してくれて構わないぞ」
「きょせ……なんでそこまで言えるんだ。俺は本当にするぞ」

 ディランが唖然として顔を上げると、至極真面目な顔をした影千代がじっと見つめてきた。

 恋愛は駆け引きの遊びだと思ってきたディランは、あまりにも本気の恋に対して疎かった。
 駆け引きに幕を下ろせば、もうその後は体の関係が待っているだけ。
 独り占めなんてしようともしないし、させようともしない。
 そういうものだと身に染み付いている。

 しかし、同じく色男として名を馳せていたらしい影千代もそうなのだと思うと、はらわたが煮え繰り返りそうだった。
 そんな不安を消し飛ばすように、影千代はディラン意外とはもう関係を持たないと宣言したのだ。

 影千代はディランの頬を両手で包み込み、熱く美しい瞳を細めた。

「私はお前をこの腕に抱けるなら、他にはもう何も要らない」

 ディランは体中の温度が上がるのを感じながら、戸惑いを隠せずに金茶の瞳をうろうろと動かす。

「本気っぽくて怖い」
「本気だ」
「なんでだ」
「お前を愛しているからな。ここに来ても、お前のことばかり聞き漁ってしまうくらいに」

 柔らかく頬を撫でてくる親指の先を心地よく感じる。
 芯の通った淀みない言葉を嬉しく思う反面、疑いたくないのにまだどこか信じられない自分をディランは感じていた。

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