花嫁はお前だろ?〜揉めた末、虎王子に食われるライオン皇子の物語〜

きよひ

文字の大きさ
上 下
22 / 35

お通い?

しおりを挟む
 祝勝会の日から、影千代は本当にディランの前に姿を見せなくなった。
 剣の修練場へ行っても入れ違い、蔵書塔へ行ったと聞いて足を運んでも、庭を歩き回っても街へ出てもどこにも居ない。

(謝らねぇと、なのに)

 真摯な告白を踏みつけたのはディランだ。
 もう一度愛してくれと言うのはムシが良すぎる。
 だがせめて、影千代への嫉妬で傷つけたことだけは謝らねばならないと探し回る。

 部屋は隣なのだ。
 朝か夜に声を掛ければいいのだが、完全に二人きりの空間ではまた暴走してしまう気がして足踏みする。

「お前たち、何かあったのか?」
「お察しの通りやらかした」
「あの流れでどうやって何をやらかしたんだ」
「黙れ。次その話をしたら殺す」

 剣の修練場で一人剣を振るディランを心配して話しかけてくれたファルケに、八つ当たりする始末だった。
 ファルケは呆れ顔をするだけで何も言わなかったが、ディランは居づらくなって修練を中断した。

(俺の気持ちはともかく同盟相手なんだぞ。当たり障りないどころか不仲になってどうすんだよ)

 自身の失態に頭を掻きむしりながら、短く刈り取られた芝が広がる庭を歩く。
 季節に合わせた色とりどりの花々が、整えられた花壇に咲き乱れて緑色の世界を賑やかに飾り立てている。
 雲ひとつなく晴れやかな空の下、癒しの空間にディランは存在していた。
 しかし、心は荒んだままだ。

「ん?」

 その庭の隅に木が数本生えている場所がある。そこにディランは目を止めた。

 木の影が濃く出来ている根元に、狸族と狐族らしき尻尾が見える。
 冷静に考えれば、一番初めに声を掛けるべき少年たちだ。
 ディランは木陰に大股で近づいていく。

「気持ちいいなー」
「このまま寝てしまいたいですねー」
「寝る前にちょっと良いか?」

 心地良さげに芝生にうつ伏せになり、ふわふわと話している海里かいり稲里いなり
 罪のない少年たちを驚かすつもりは無かったが、声を掛ければ文字通り二人とも跳び上がった。

「ひゃい!」
「ディ、ディランさま!」

 海里と稲里は揃ってその場に正座をし、ピシリと背筋を伸ばす。薄い桃色の袴が花のようにその場に映えていた。

「そんなに驚かなくてもいいだろ」

 耳をピンと立てる姿があまりにも愛らしく、思わずディランの口元が綻んだ。
 見上げている二人の頬が薄紅色に染まる。

「な、何かご用でしょうか!」
「なんでもお答えします!」
「ああ、実は……」

 二人の前に腰を下ろして立膝座りしながら口を開くディランだったが、なんと質問したものかと迷いが生じる。
 この少年たちはどこまで知っているのだろうか。
 見たところ、大切な主人を傷つけた嫌な奴だという空気は読み取れない。

 見栄っ張りのディランは、影千代とのいざこざは出来るだけ伏せておきたかった。

「影千代、最近見かけねぇけどどうした?」

 何も知らない風を装い、白々しく首を傾げる。

 海里はピクリと口元を緊張させて膝の上の手を握りしめる。
 稲里は事情を理解したかのように頷いた。

「申し訳ありませんディラン様。なんでもお答えすると言ったんですがそのぉ……俺たちもよく知らなくて……」
「知らない?」

 目線を泳がせ、膝の上の手を落ち着かな気に動かす海里に聞き返す。
 すると、稲里が釣り目に一点の曇りもない真っ直ぐな光を乗せてディランを見た。

「影千代様、お通いするときは僕たちに行き先を教えてくれないんです」
「お通い?」
「稲里!」
「え! なに!? むぐぐ」

 耳慣れない言葉をディランが聞き返すと、慌てた様子の海里が稲里の口を抑えた。
 大きな垂れ目をディランに向けた海里は、へらりと力なく笑う。

「えへへ。今のは聞かなかったことには」
「ならないな。説明してくれ」

 笑顔を保っているが、金茶の瞳は獰猛にギラついている。
 相手が少年でなければ頭を掴んで締め上げていただろう。

 海里の反応を見れば「お通い」とやらがどのような意味を持つのかおおよその検討はつく。
 だが、勘違いという可能性も万が一だがある。きちんと説明を受けなければならないと、今日のディランは冷静だった。

「あ、あの……意中の方のところに通うこと……です……」

 ディランの威圧的なオーラから自分のしでかしたことを察した稲里が、しゅんと肩を狭めて控えめに口を動かした。

「つまり、雌を口説きに行ってるんだな?」
「め、雌か雄かは知らないんですけど」
「バカ稲里! お前もう喋るな!」
「だ、だってどうせ白い結婚だから愛人はお互い好きにしようって約束したって影千代様が」
「わ―!!」

 絶叫した海里が稲里の後頭部を掴んで芝生の上に押しつけた。鈍い音と共に稲里の高い呻き声が上がる。

 稲里としては、影千代がディランと約束したと言っていたから大丈夫だと思っての発言だったらしい。
 それについては、責める気にはならなかった。
 二人の騒がしいやり取りを見て逆に冷静になったディランは、物分かり良く頷く。

「……なるほど。そりゃ確かに、俺が言い出したことだ」
「あの、この間の祝勝会の後から……影千代様、急にそんなことをおっしゃって……」

 見掛けよりも力が強いらしい海里は、稲里の頭をぐりぐりと片手で地面に押さえ込んだまま言葉を慎重に選んでいる。

 ディランにはその影千代の言動に心当たりしかない。
 立てた片膝の上で手を握りしめ、黙って続きを待った。

「お部屋にもあまり戻ってこないし、心配してるんです」
「前ならご機嫌で帰ってきて、また違う人のところ行ってたみたいなんですけど」
「いーなーりー!」

 海里の努力虚しく、稲里はどうしても口を閉じることが出来ないらしい。頭を強制的に下げさせられた状態でも、会話に入ってきてしまう。
 結果、海里に胸ぐらを掴まれガクガクと揺さぶられている。

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 なんでも、向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。悪くない顔立ちをしているが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…?

職業寵妃の薬膳茶

なか
BL
大国のむちゃぶりは小国には断れない。 俺は帝国に求められ、人質として輿入れすることになる。

義兄の愛が重すぎて、悪役令息できないのですが…!

ずー子
BL
戦争に負けた異国の貴族の子供であるレイナードは、人質としてアドラー家に送り込まれる。彼の目的は、内情を探ること。アドラー家が更なる力を付けないように監視を託されたレイナード。まずは好かれようと努力した結果は実を結び、新しい家族から絶大な信頼を得て、特に気難しいと言われている長男ヴィルヘルムからは「右腕」と言われるように。だけど、内心罪悪感が募る日々。「もう楽になりたい」と思っているのに。 「安心しろ。結婚なんかしない。僕が一番大切なのはお前だよ」 なんだか義兄の様子がおかしいのですが…? このままじゃ、スパイどころか悪役令息続けられないよ!そんなファンタジーラブコメBLです。 平日毎日更新目標に頑張ってます。応援や感想頂けると励みになります♡ 【登場人物】 攻→ヴィルヘルム 真面目で熱血漢。良き跡継ぎ、良き兄、良き息子であろうとし続ける、実直な男だが、興味関心がない相手にはどこまでも無関心で辛辣。 受→レイナード 斜陽の家から和平の関係でアドラー家に人質として出された。主人公。立ち位置をよく理解しており、計算せずとも人から好かれる。常に兄を立てて陰で支える立場にいる。課せられた使命と現状に悩みつつある上に、義兄の様子もおかしくて、いろんな意味で気苦労の絶えない。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?

名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。 そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________ ※ ・非王道気味 ・固定カプ予定は無い ・悲しい過去🐜のたまにシリアス ・話の流れが遅い

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生貧乏貴族は王子様のお気に入り!実はフリだったってわかったのでもう放してください!

音無野ウサギ
BL
ある日僕は前世を思い出した。下級貴族とはいえ王子様のお気に入りとして毎日楽しく過ごしてたのに。前世の記憶が僕のことを駄目だしする。わがまま駄目貴族だなんて気づきたくなかった。王子様が優しくしてくれてたのも実は裏があったなんて気づきたくなかった。品行方正になるぞって思ったのに! え?王子様なんでそんなに優しくしてくるんですか?ちょっとパーソナルスペース!! 調子に乗ってた貧乏貴族の主人公が慎ましくても確実な幸せを手に入れようとジタバタするお話です。

処理中です...