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お通い?
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祝勝会の日から、影千代は本当にディランの前に姿を見せなくなった。
剣の修練場へ行っても入れ違い、蔵書塔へ行ったと聞いて足を運んでも、庭を歩き回っても街へ出てもどこにも居ない。
(謝らねぇと、なのに)
真摯な告白を踏みつけたのはディランだ。
もう一度愛してくれと言うのはムシが良すぎる。
だがせめて、影千代への嫉妬で傷つけたことだけは謝らねばならないと探し回る。
部屋は隣なのだ。
朝か夜に声を掛ければいいのだが、完全に二人きりの空間ではまた暴走してしまう気がして足踏みする。
「お前たち、何かあったのか?」
「お察しの通りやらかした」
「あの流れでどうやって何をやらかしたんだ」
「黙れ。次その話をしたら殺す」
剣の修練場で一人剣を振るディランを心配して話しかけてくれたファルケに、八つ当たりする始末だった。
ファルケは呆れ顔をするだけで何も言わなかったが、ディランは居づらくなって修練を中断した。
(俺の気持ちはともかく同盟相手なんだぞ。当たり障りないどころか不仲になってどうすんだよ)
自身の失態に頭を掻きむしりながら、短く刈り取られた芝が広がる庭を歩く。
季節に合わせた色とりどりの花々が、整えられた花壇に咲き乱れて緑色の世界を賑やかに飾り立てている。
雲ひとつなく晴れやかな空の下、癒しの空間にディランは存在していた。
しかし、心は荒んだままだ。
「ん?」
その庭の隅に木が数本生えている場所がある。そこにディランは目を止めた。
木の影が濃く出来ている根元に、狸族と狐族らしき尻尾が見える。
冷静に考えれば、一番初めに声を掛けるべき少年たちだ。
ディランは木陰に大股で近づいていく。
「気持ちいいなー」
「このまま寝てしまいたいですねー」
「寝る前にちょっと良いか?」
心地良さげに芝生にうつ伏せになり、ふわふわと話している海里と稲里。
罪のない少年たちを驚かすつもりは無かったが、声を掛ければ文字通り二人とも跳び上がった。
「ひゃい!」
「ディ、ディランさま!」
海里と稲里は揃ってその場に正座をし、ピシリと背筋を伸ばす。薄い桃色の袴が花のようにその場に映えていた。
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
耳をピンと立てる姿があまりにも愛らしく、思わずディランの口元が綻んだ。
見上げている二人の頬が薄紅色に染まる。
「な、何かご用でしょうか!」
「なんでもお答えします!」
「ああ、実は……」
二人の前に腰を下ろして立膝座りしながら口を開くディランだったが、なんと質問したものかと迷いが生じる。
この少年たちはどこまで知っているのだろうか。
見たところ、大切な主人を傷つけた嫌な奴だという空気は読み取れない。
見栄っ張りのディランは、影千代とのいざこざは出来るだけ伏せておきたかった。
「影千代、最近見かけねぇけどどうした?」
何も知らない風を装い、白々しく首を傾げる。
海里はピクリと口元を緊張させて膝の上の手を握りしめる。
稲里は事情を理解したかのように頷いた。
「申し訳ありませんディラン様。なんでもお答えすると言ったんですがそのぉ……俺たちもよく知らなくて……」
「知らない?」
目線を泳がせ、膝の上の手を落ち着かな気に動かす海里に聞き返す。
すると、稲里が釣り目に一点の曇りもない真っ直ぐな光を乗せてディランを見た。
「影千代様、お通いするときは僕たちに行き先を教えてくれないんです」
「お通い?」
「稲里!」
「え! なに!? むぐぐ」
耳慣れない言葉をディランが聞き返すと、慌てた様子の海里が稲里の口を抑えた。
大きな垂れ目をディランに向けた海里は、へらりと力なく笑う。
「えへへ。今のは聞かなかったことには」
「ならないな。説明してくれ」
笑顔を保っているが、金茶の瞳は獰猛にギラついている。
相手が少年でなければ頭を掴んで締め上げていただろう。
海里の反応を見れば「お通い」とやらがどのような意味を持つのかおおよその検討はつく。
だが、勘違いという可能性も万が一だがある。きちんと説明を受けなければならないと、今日のディランは冷静だった。
「あ、あの……意中の方のところに通うこと……です……」
ディランの威圧的なオーラから自分のしでかしたことを察した稲里が、しゅんと肩を狭めて控えめに口を動かした。
「つまり、雌を口説きに行ってるんだな?」
「め、雌か雄かは知らないんですけど」
「バカ稲里! お前もう喋るな!」
「だ、だってどうせ白い結婚だから愛人はお互い好きにしようって約束したって影千代様が」
「わ―!!」
絶叫した海里が稲里の後頭部を掴んで芝生の上に押しつけた。鈍い音と共に稲里の高い呻き声が上がる。
稲里としては、影千代がディランと約束したと言っていたから大丈夫だと思っての発言だったらしい。
それについては、責める気にはならなかった。
二人の騒がしいやり取りを見て逆に冷静になったディランは、物分かり良く頷く。
「……なるほど。そりゃ確かに、俺が言い出したことだ」
「あの、この間の祝勝会の後から……影千代様、急にそんなことをおっしゃって……」
見掛けよりも力が強いらしい海里は、稲里の頭をぐりぐりと片手で地面に押さえ込んだまま言葉を慎重に選んでいる。
ディランにはその影千代の言動に心当たりしかない。
立てた片膝の上で手を握りしめ、黙って続きを待った。
「お部屋にもあまり戻ってこないし、心配してるんです」
「前ならご機嫌で帰ってきて、また違う人のところ行ってたみたいなんですけど」
「いーなーりー!」
海里の努力虚しく、稲里はどうしても口を閉じることが出来ないらしい。頭を強制的に下げさせられた状態でも、会話に入ってきてしまう。
結果、海里に胸ぐらを掴まれガクガクと揺さぶられている。
剣の修練場へ行っても入れ違い、蔵書塔へ行ったと聞いて足を運んでも、庭を歩き回っても街へ出てもどこにも居ない。
(謝らねぇと、なのに)
真摯な告白を踏みつけたのはディランだ。
もう一度愛してくれと言うのはムシが良すぎる。
だがせめて、影千代への嫉妬で傷つけたことだけは謝らねばならないと探し回る。
部屋は隣なのだ。
朝か夜に声を掛ければいいのだが、完全に二人きりの空間ではまた暴走してしまう気がして足踏みする。
「お前たち、何かあったのか?」
「お察しの通りやらかした」
「あの流れでどうやって何をやらかしたんだ」
「黙れ。次その話をしたら殺す」
剣の修練場で一人剣を振るディランを心配して話しかけてくれたファルケに、八つ当たりする始末だった。
ファルケは呆れ顔をするだけで何も言わなかったが、ディランは居づらくなって修練を中断した。
(俺の気持ちはともかく同盟相手なんだぞ。当たり障りないどころか不仲になってどうすんだよ)
自身の失態に頭を掻きむしりながら、短く刈り取られた芝が広がる庭を歩く。
季節に合わせた色とりどりの花々が、整えられた花壇に咲き乱れて緑色の世界を賑やかに飾り立てている。
雲ひとつなく晴れやかな空の下、癒しの空間にディランは存在していた。
しかし、心は荒んだままだ。
「ん?」
その庭の隅に木が数本生えている場所がある。そこにディランは目を止めた。
木の影が濃く出来ている根元に、狸族と狐族らしき尻尾が見える。
冷静に考えれば、一番初めに声を掛けるべき少年たちだ。
ディランは木陰に大股で近づいていく。
「気持ちいいなー」
「このまま寝てしまいたいですねー」
「寝る前にちょっと良いか?」
心地良さげに芝生にうつ伏せになり、ふわふわと話している海里と稲里。
罪のない少年たちを驚かすつもりは無かったが、声を掛ければ文字通り二人とも跳び上がった。
「ひゃい!」
「ディ、ディランさま!」
海里と稲里は揃ってその場に正座をし、ピシリと背筋を伸ばす。薄い桃色の袴が花のようにその場に映えていた。
「そんなに驚かなくてもいいだろ」
耳をピンと立てる姿があまりにも愛らしく、思わずディランの口元が綻んだ。
見上げている二人の頬が薄紅色に染まる。
「な、何かご用でしょうか!」
「なんでもお答えします!」
「ああ、実は……」
二人の前に腰を下ろして立膝座りしながら口を開くディランだったが、なんと質問したものかと迷いが生じる。
この少年たちはどこまで知っているのだろうか。
見たところ、大切な主人を傷つけた嫌な奴だという空気は読み取れない。
見栄っ張りのディランは、影千代とのいざこざは出来るだけ伏せておきたかった。
「影千代、最近見かけねぇけどどうした?」
何も知らない風を装い、白々しく首を傾げる。
海里はピクリと口元を緊張させて膝の上の手を握りしめる。
稲里は事情を理解したかのように頷いた。
「申し訳ありませんディラン様。なんでもお答えすると言ったんですがそのぉ……俺たちもよく知らなくて……」
「知らない?」
目線を泳がせ、膝の上の手を落ち着かな気に動かす海里に聞き返す。
すると、稲里が釣り目に一点の曇りもない真っ直ぐな光を乗せてディランを見た。
「影千代様、お通いするときは僕たちに行き先を教えてくれないんです」
「お通い?」
「稲里!」
「え! なに!? むぐぐ」
耳慣れない言葉をディランが聞き返すと、慌てた様子の海里が稲里の口を抑えた。
大きな垂れ目をディランに向けた海里は、へらりと力なく笑う。
「えへへ。今のは聞かなかったことには」
「ならないな。説明してくれ」
笑顔を保っているが、金茶の瞳は獰猛にギラついている。
相手が少年でなければ頭を掴んで締め上げていただろう。
海里の反応を見れば「お通い」とやらがどのような意味を持つのかおおよその検討はつく。
だが、勘違いという可能性も万が一だがある。きちんと説明を受けなければならないと、今日のディランは冷静だった。
「あ、あの……意中の方のところに通うこと……です……」
ディランの威圧的なオーラから自分のしでかしたことを察した稲里が、しゅんと肩を狭めて控えめに口を動かした。
「つまり、雌を口説きに行ってるんだな?」
「め、雌か雄かは知らないんですけど」
「バカ稲里! お前もう喋るな!」
「だ、だってどうせ白い結婚だから愛人はお互い好きにしようって約束したって影千代様が」
「わ―!!」
絶叫した海里が稲里の後頭部を掴んで芝生の上に押しつけた。鈍い音と共に稲里の高い呻き声が上がる。
稲里としては、影千代がディランと約束したと言っていたから大丈夫だと思っての発言だったらしい。
それについては、責める気にはならなかった。
二人の騒がしいやり取りを見て逆に冷静になったディランは、物分かり良く頷く。
「……なるほど。そりゃ確かに、俺が言い出したことだ」
「あの、この間の祝勝会の後から……影千代様、急にそんなことをおっしゃって……」
見掛けよりも力が強いらしい海里は、稲里の頭をぐりぐりと片手で地面に押さえ込んだまま言葉を慎重に選んでいる。
ディランにはその影千代の言動に心当たりしかない。
立てた片膝の上で手を握りしめ、黙って続きを待った。
「お部屋にもあまり戻ってこないし、心配してるんです」
「前ならご機嫌で帰ってきて、また違う人のところ行ってたみたいなんですけど」
「いーなーりー!」
海里の努力虚しく、稲里はどうしても口を閉じることが出来ないらしい。頭を強制的に下げさせられた状態でも、会話に入ってきてしまう。
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