花嫁はお前だろ?〜揉めた末、虎王子に食われるライオン皇子の物語〜

きよひ

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嫁に来たのはお前だろ

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「ディラン様ー! ご結婚おめでとうございます!」
「おー、ありがとなー」
「今日も素敵!」
「お前も可愛いぜ」
「旦那さま、男前だねぇ」
「おう。美男同士で目の保養だろ?」

 石で舗装された道を歩いていると、街の人々が次々と声をかけてくる。
 ディランは一人一人に軽快に応えながら、手を振って歩いていた。
 ゆったりとした白いブラウスの袖がさらりと揺れる。
 隣で眺める影千代かげちよは、その和やかな光景に目を瞬いた。

「随分、城下の者たちと親しいんだな」
「城下町は俺の庭だからな」

 ディランは得意気に笑いながらしゃがむと、黒いズボンを突っついてきた犬獣人の子どもの頭を撫でる。
 人懐っこそうなその子どもの小さな両手には、道の端でよく咲いている黄色い花が一本ずつ握られていた。
 結婚祝いのつもりらしいそれをディランが一本だけ受け取ると、嬉し気に尻尾を振る。そして、もう一本を影千代に差し出した。

 濃い茶色の袴が地面に触れることなど構わずに、影千代は片膝をついて子どもと目線を合わせる。
 柔らかく微笑むその端正な横顔を見ながら、ディランは内心で溜息をついた。

(関わらねぇつもりだったのに……)

 結婚式の翌日。
 いつも通りに街をふらつこうと部屋を出たディランは、影千代と鉢合わせた。
 昨夜芽生えた、今まで他人に対して感じたことのない苦手意識のせいで気まずく、そっけない挨拶だけして立ち去ろうとしたのだが。

「これから暮らすこの国のことを色々と知りたいんだ。城下町を案内してくれないか」

 と、声を掛けられてしまった。
 気乗りしないディランは、

「どうして俺が」

 と突っぱねようとしたのだが、間の悪いことに一つ上の兄と一つ下の弟がやってきた。
 彼らはディランがいつも街に出ていることを影千代に話し、

「丁度いいじゃないか」

 などと言って一緒に出かけることを促してきたのだ。

(くっそあいつら面白がりやがって……一歩間違えればこいつはお前らの嫁だったんだぞ)

 ディランが今回の結婚相手に選ばれたのは、単純に順番である。上の兄たちは全員結婚しているから、丁度順番が回ってきただけだ。
 同盟の時期が少しずれていれば、揶揄い半分で楽し気に笑っていた兄や弟の番だった可能性は十分にあり得たのだ。

 内心で悪態をつきながらも、城下の人々の祝いの言葉に対しては機嫌よく見えるように応える。
 国民に罪は無い。

 兄弟の中でも随一の美貌を持つディランの役目は、その姿と愛嬌で国民の心を掴むことだ。幼いころから皇帝にそう伝えられ、それゆえに自由に動けていた。
 色好きで奔放な性格も、幼いころから城下で見守ってきた人々にとっては愛着の沸くものだった。

 あまりの人気に、結婚した日には国中の若い雌たちが嘆き悲しむだろうとまで言われたが、今のところ全くその気配はない。

 結婚相手が美形の倭虎わこ大王国の王子だったことも関係しているのだろう。
 自分に恋焦がれていた娘たちが影千代に向ける熱い視線を見ながら、ディランは釈然としない気持ちになる。

 笑顔を貼り付けながら赤いレンガでできた建物が並ぶ街を歩いていく。
 窓枠に釣られた植木鉢の花々が街を彩っていて華やかだ。
 一階が店、二階が住居になっている店が多く、音楽を奏でて人を集めている者もいる。
 城下町らしく、とても賑やかな街である。

「僕たちの国とは、本当に雰囲気が違うな!」
「母上への手紙に、書くことが増えますね!」

 街を興味深く見まわして目を輝かせているのは狸獣人の海里かいりと狐獣人の稲里いなり
 どちらも影千代が倭虎大王国から連れてきた15歳くらいの少年で、揃いの白い着物に青の袴を履いている。
 結婚式に来ていた倭虎大王国の重臣たちは近々帰るが、この二人だけは世話係として影千代と共にリーオ帝国に滞在するのだという。

「二人とも、ここに書いてある品を頼む。その後は自由にしてこい」

 丁寧に折りたたまれた紙を影千代が差し出すと、海里が拳を握りしめて口角を上げた。

「いいんですか!?」
「ああ。ただし、必ず二人で行動しろよ」
「ありがとうございます影千代様!」

 深く頭を下げた稲里が紙を受け取って懐にしまった。
 二人は互いに気になる方向に指を差しあってから、バタバタと走っていく。

 振動で揺れる二人の大きな尾を微笑ましく眺める影千代の隣で、ディランは腰に手を当てた。

「お優しいな、花嫁殿」
「そろそろその辺りをはっきりしておくか」

 凛々しい眉を寄せた透明感のある青い瞳が、少し低いところにある明るい金茶色を見下ろす。
 花嫁という呼称が気に入らないらしいが、ディランは顎を上げて笑った。

「嫁に来たのはお前だろ」
「婿入りだと言われてきたんだよ」

 耳触りの良い深い声が心外だと訴えている。
 花嫁は結婚する雌を、花婿は結婚する雄を表しているため、この言い争いは不毛でありどちらでも同じことである。
 だがそのことを指摘し、口を挟む第三者はここにはいなかった。

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