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三章
57話 調理実習室
しおりを挟む「……難しいな」
「そうだな」
アトヴァルが敬語を忘れてこぼした言葉に、ピングは真顔で頷く。まさかアトヴァルと意見が一致する日が来るとは思わなかった。
一台の調理台に並ぶエプロン姿の2人は、油の煮えたぎる鍋と、中から引き上げた歪な個体を見てため息を吐く。
生まれて初めて料理をする2人は、唐揚げに苦戦中だった。
肉を切るまではまだ良かった。
刃物の扱いにアトヴァルは長けていたし、器用だからコツを掴んだらすぐに綺麗に切れた。
ピングはうまく出来ずに苦戦したが、
「こうやって引いて切るんですよ」
と、ティーグレが背中から体を覆うように立って、手に手を添えて教えてくれた。
背中と触れ合う手に感じる体温に心臓が大騒ぎしていたが、ピングが不器用な自分に感謝した瞬間だった。
結局、最後まで甘えて一緒に切ってもらったくらいだ。
味付けは魔術薬調合と同じく、余計なことをしなければ変なことにはならない。
問題は揚げる時だ。
「なんですぐ焦げるんだ?」
「丁度いいと思ったら生ですしね」
兄弟2人でため息を吐く様子を、いつでも補助できるようにそばで立っているティーグレが見守る。
「難しいでしょ? 唐揚げは諦めてウインナー焼きましょ? ね?」
唐揚げになるはずだった肉の残骸たちを見下ろしているアトヴァルとピングの肩を、ティーグレはポンポンと叩いた。
ティーグレは、ずっと真面目に助言してくれている。
調理の邪魔にならないように髪をまとめたアトヴァルに向かって、
『アトヴァル殿下の頸が眩しくて目が開けられない』
などと発言したために、氷点下の眼差しを皇子二人に投げつけられた男とは思えない。
まず、おにぎり、卵焼き、唐揚げ、トマトというシンプルなお弁当をティーグレは提案してくれた。
正確には唐揚げではなくウインナーを焼こうと言っていたのだが、アトヴァルが唐揚げを作ると言って聞かなかったのだ。
「リョウイチはこれが好きだって」
「確かにリョウイチが一番好きな食べ物です。ちなみに俺も大好ぶ」
「作る」
「かわいい」
真顔のアトヴァルに言葉を遮られたにも関わらず、ティーグレはへらりと鼻の下を伸ばして親指を立てた。
というわけで、初心者には難しいと分かっても唐揚げから変更なしだ。
アトヴァルは一度決めたら断固として引かなかった。
付き合いで作っているピングはなんでも良かったのだが、2人の会話を聞いて気が変わる。
(ティーグレもこれが好きなのか)
上手く出来れば喜んで貰えるかもしれないと、ピングは改めて鍋と向き合った。
その後はひたすら鶏肉を揚げて、まだ練習の余地は残しつつもマシにはなった。
だが敵は唐揚げだけではない。
卵焼きは全然上手く巻けなくてすぐグズグズになる。おにぎりも米が手にベタベタくっついてぼろぼろだ。ティーグレが作って見せてくれた三角形にならないのだ。
「今日中には無理だな」
流石のアトヴァルも疲れた表情を見せ、現実的な答えを導きだしていた。
「じゃあ、流星祭にプレゼントするのを目標にしないか? それまでに頑張って練習しよう!」
練習に付き合うことを口実に自分も弁当を作りたいピングの言葉に、アトヴァルは頷いた。
今日の練習はここまでだ。
「問題はこれらの処分ですね」
「うん……」
ピングとアトヴァルはぐちゃぐちゃになった食材でいっぱいになった調理台を見下ろす。
唐揚げを作る時の白い粉、跳ねた油、最初は卵を割るにも力加減が分からずこぼしてしまったし、米も落ちてるしで悲惨だ。
火を通した料理も、見るも無惨な造形のものが皿に並べられている。
こぼれてしまった残骸はどうしようもないと、アトヴァルが魔術で調理台の上を綺麗にしてくれた。
が、問題はどう見ても美味しそうとは言えない食べ物たちだ。
宮殿育ちの皇子たちは、自己責任だと思っても口に入れるのを躊躇って目線を合わせる。
「大丈夫ですよ。全部俺が食べますから」
料理中にもちょこちょこと失敗作をつまんでいたティーグレがにこやかに片手を上げた。笑顔が爽やかすぎて逆に怖い。
ピングもアトヴァルも、料理とティーグレの顔を何度も見比べる。
首を左右に振ったのはアトヴァルだった。
「でもこれは」
「俺が食べます。誰にも渡しません」
「……どうぞ」
なんと、アトヴァルが一歩引いた。
さらには些細なことでは動じない淡青色の瞳が助けを求めるようにピングを見た。
ピングは自分よりも幾分逞しい弟の腕をポンポンと叩いてやりながら、強い決意を秘めたアメジストの瞳を見やる。
天変地異でもないと揺るがない光が、柔和な表情の奥でギラついていた。
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