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二章

42話 変化

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「嘘だろ!? えっ! どうして!? なんでー!!」

 日光が葉と葉の間からしか差し込まない、影の多い森の中。
 ペンギンの口の中を覗き込んでいたピングは、背後から聞こえた絶叫に近い声に飛び上がる。

 振り返るとティーグレが真っ青な顔で立ち尽くしていた。

「ど、どうしたティーグレ?」
「待て、そんなの……嘘だろ、シナリオが違う!!」

 人生のほとんどを共に過ごしているが、こんなに取り乱したティーグレは初めて見た。

「し、シナリオ……?」

 久しぶりに聞いた前後関係のよく分からないティーグレの単語。質問しているつもりで投げかけたが、ティーグレは返事をする余裕なくペンギンを抱き上げた。

「吐き出してくれ!!」

 ペンギンを逆さまにして乱暴に揺らし始めたティーグレは、発狂していると言っても過言ではない。
 ピングは止めることもできず、ただ豹変した幼馴染を唖然と見上げるしかなかった。

 時は少し遡る。

 喧嘩の日以降は穏やかな日が続いた。嵐の前の静けさ、だったのかもしれない。

 アトヴァルとの大喧嘩についてはティーグレが、

「魔術の練習中に力加減を間違った」

 と先生たちに報告してくれていたので、妙な噂になることもなく終わることができた。
 ティーグレはあらかじめ周囲に結界まで張ってくれていたらしい。用意周到すぎて、

「まるで未来が見えてるみたいだ」

 と、リョウイチが驚くほどだ。

 今日ものどかな日だった。天気は良好、ピングは寝起きもスッキリしていて、ティーグレとのんびり登校した。
 寮から校舎までの並木道で、アトヴァルとリョウイチが手を繋いで歩いているのを見かけ、歩くペースを落としたりしつつ滞りなく学園に着く。

 授業も大きなミスなく、ピングは居残りをすることもなく下校時間まで過ごしたのだ。
 なんと平和で良い日なんだろう。

 ところで、最近ピングは気になっていることがあった。
 ティーグレが変なのだ。
 元々変なのだが、どうも変の方向性が変わってきている。
 例えば、だ。

(よし、図書館行くか)

 その日、出た課題をするためにはいくつかの資料を調べる必要があった。他の生徒はもう少しゆっくり始めるかもしれないが、ピングは自分が課題を完成させるのに時間が掛かるのを知っている。
 課題が出た日の内に準備を始めると決めていた。

 授業が終わってすぐに回廊に出たピングの隣を当然のように歩くティーグレが、足元にまとわりつくペンギンを抱き上げる。

「ピング殿下、図書館ですか?」
「ああ、資料を借りに行こうかと」
「ご一緒します」

 ティーグレは優秀だから1日あれば終わるだろうに、その日は図書館で二人で並びながらずっと課題をこなした。

 ところどころピングが唸っているところがあると、ティーグレが気づいて助言してくれたので課題の進みがとても良かった。

 また別の日。
 ティーグレが女子生徒に囲まれているのを、どうしようもなく面白くない気持ちで眺めながら、

(召喚の練習でもしよう)

 と思い立ったときのこと。

 近頃、ようやくペンギンが制御できるようになってきた。
 本当にアトヴァルへのわだかまりが原因で言うことを聞かなかったのではないかと思うほど、話し合った後から暴走しない。
 魔術は技術や修練の他に精神状態も大きく関わるから、影響はあったのかもしれない。

 それをピングよりも先に感じ取った担任のシュエットが、そろそろペンギンを召喚しっぱなしにしなくてもいいのではないかと提案してくれたのだ。

(魔術塔なら誰にも迷惑かけないかな……)
「ピング殿下、どこ行くんですか」

 学舎から少し離れたところに見える塔を教室の窓から眺めながら立ち上がると、ティーグレがすぐに反応した。
 女子生徒たちにデレデレしていたくせに、まるでピングが動くのを待っていたかのような素早さだった。

「ペンギンの召喚と解除の練習をしようかと」
「付き合いますよ」

 女子生徒に笑顔を振りまくティーグレと並んで歩くのが嫌で早足になったピングだったが、脚の長さの差のせいかすぐに追いつかれてしまう。

「ショートカットしましょうか」

 と、召喚したホワイトタイガーに乗せられ、ティーグレに後ろから抱きしめられて。
 練習に付き合って貰えるのはありがたいが、どうも落ち着かない気持ちになった。

 更には。

(トイレ……)
「ピング殿下」
「トイレ……だぞ?」
「一緒にいきます」
「ああ……え……うん……? うん」

 というやりとりをする日まで出てくる始末。

 そう。最近のティーグレはピングがどこへ行くにもついてくるのだ。
 もちろんこれまでも、一緒にいる時間は長かった。クラスも同じだし、ピングもティーグレが一緒にいると安心した。
 それでも、常に一緒にいた訳じゃない。

「諸用が」
「アトヴァル殿下を眺めてきます」
「あ……そろそろあれだ。お先に失礼します」

 と、ティーグレは何かと忙しそうにしていたのだ。理由は分からないが、とにかく色んなところへ赴いていた。
 ピングがついていくと言っても、のらりくらりと躱されてしまうから諦めたほど。

 だというのに、そういったことがなくなった。
 これも、アトヴァルと長い睨めっこからの話し合いをしてからだ。

 ティーグレが「アトヴァルアトヴァル」という回数も圧倒的に減った。
 出会うと気持ち悪い発言をするのは健在だが、以前ほど能動的に会いに行くことはなくなったようだ。

 一体ティーグレに何があったのか。

 本人に聞くことも出来ないし、ティーグレに聞けなければピングは相談する相手も居なかった。
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