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二章

34話 専門

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 乱入者の声だけで誰だか判断したピングは、咄嗟にローボの胸を押して腕の中から抜け出した。不思議と、見られたくないと頭を過ったのだ。

「ティーグレ……っ!」

 口に馴染んだ名前を呼べば急激に体が軽くなり、思っていたよりも自分が体に力を入れていたことに気がつく。

 へなへなと地面にへたり込みそうなピングのところに、白い虎がやってきて支えてくれた。ふわりとした毛皮に、ペンギンと共にギュッと抱きついて心を落ち着ける。

「止めるん早いやん」

 開いた両手をプラプラと振るローボは、歩み寄って来るティーグレに口端を上げる。腰に手を当てたティーグレも笑っていたが、紫の瞳は暗い光を宿していた。

「いたいけな皇太子を揶揄うな」
「狼はいつでも可愛え子を狙って喰うもんやろ?」
「抱かれる専門だろローボ」
「えっ!」

 柔和なようで張り詰めた会話を聞いていたピングは思わず声が出てしまった。
 ローボは怪しい色気を醸し出しているが、一見は健康的で男らしい。ティーグレほどではないが上背もあり、「抱かれる専門」というのが意外すぎたのだ。

 正直な反応をしたピングを見て、ローボはクックッと喉を鳴らす。

「喰う方が抱く方とは限らんやん…………そんな有名になっとる?」
「お前は上手く隠してるよ。俺の独自ルートの情報」
「じゃあ最近は童貞食いなんもバレとんかな?」

 聞いて良いのか分からないくらい、とんでもない個人情報だ。ピングは目眩がしてホワイトタイガーに顔を埋めた。
 何かに使えるとも思えない情報だが、ティーグレのことだから意味があって収集しているのだろう。

 ローボは自分の性的嗜好を暴露されたことなど気にしていないらしい。大したことでもないように軽い調子でティーグレに手を伸ばした。

「今度ティーグレ様が相手してくれへん?」
「俺は女の子専門」
「え!」

 あっさりとローボの手を躱したティーグレの言葉に、ピングは再び声を上げる。

(大嘘つきだ!)

 いつもアトヴァルに鼻の下を伸ばしているし、一度とはいえピングにも触れている。
 ローボから逃げるための言い訳なのだろう、とピングは納得しかけたのだが。

『アトヴァル殿下を直接抱きたいとは思わないというか』

 ティーグレの言葉を思い出した。
 あれは、『アトヴァルで興奮はするが、女性ではないので恋愛対象ではない』ということだったのだろうか。

 ピングには理解ができないが、性癖は人それぞれだ。娯楽としての性欲と実際の恋愛が同じとは限らない。

(なんだ……)

 一人で納得したピングの胸がざわつく。
 掻きむしりたい衝動を抑えるために、片手でホワイトタイガーの毛を握りしめ、もう片方の腕でペンギンを強く抱きしめた。

 複雑なピングの心情など知らないローボとティーグレは、表面上はにこやかに攻防を繰り広げている。

「女の子より良くしたるのに」
「俺の手から溢れるくらいの巨乳になって出直せ」

 ピングは思わず胸に手を当てた。筋肉の厚みもなく、脂肪もない、真っ平らな胸だ。ティーグレの手から溢れるどころか、指先で摘むくらいしか出来ない。

(あ、あんなに触ってたのに……本当にただの夢だったんだ)

 燃えるような瞳で見つめてきていた夢を思い出して虚しくなる。

 以前、現実のティーグレに魔術準備室で触れられた時のことを頭に浮かべた。
 よくよく考えると、あの時気持ちが良かったのはピングだけだ。一方的に快感を与えられて、解放して。

 ティーグレ自身も興奮していたようではあったが、アトヴァルとリョウイチの触れ合いを見た直後だった。
 ピングに興奮していたわけではない。

(本気で好きになるのは、女性だけなのか)

 なんでも知っていると思っていた幼なじみの口から聞いた新事実が衝撃的で、なかなか受け入れることが出来なかった。

 悶々としていると、ローボと言葉を投げ合っていたティーグレが話を切り上げてピングの方を見た。いつも通りの何を考えているのか分からない、けれども柔らかい笑顔でホワイトタイガーに「来い」と指示を出す。

「ピング殿下、そろそろ戻らないと授業始まりますし行きましょう」
「そうだな」

 ティーグレがホワイトタイガーに跨ると、ふわりと景色が動き出す。となりではローボも狼の背を撫でているところだった。

 背中にティーグレの体温を感じながら、ピングは心が沈む。ズキズキと、どこだか分からないところが痛い。喉がつっかえて息が苦しい。

 何故そうなってしまったのか。
 ピングは答えが見つからないまま、思考の海でもがき続けた。
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