【完結】ペンギンに振り回されてばかりの出来損ない皇太子は、訳あり幼なじみの巨大な愛に包まれているらしい

きよひ

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一章

16話 腕の中

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「謝れて偉かったですね」
「すっきりしなかったぞ」

 頭を撫でてくれるのに甘えて、グリグリとティーグレの鎖骨に額を擦り付ける。
 ローブが濡れてしまっても、ティーグレは軽く笑うだけだった。

「まぁあんだけ無自覚マウントでカウンターくらったらね。でも、怒ってなかったでしょ」

 またピングにはよく分からない単語が出てきたが、共感してくれていることは伝わった。
 ティーグレが気持ちを分かってくれていると思うとホッとして、背に腕を回して抱きしめ返す。

 大きな温もりに顔を埋めたまま、ピングはくぐもった声を出した。

「なぁティーグレ」
「はい」
「どうしたらアトヴァルに勝てるんだ」
「どう勝ちたいんですか」
「全部だ」

 正直に答えると、頭の上で吹き出す気配がした。
 現実的ではないと分かっていても、本気でそう思っているというのに。

 ムッとして顔を上げると、ティーグレの右手が頬に触れてきた。赤くなった目元を、親指で優しく拭われる。

「欲張らないで一つにしましょう」

 何かひとつなら、アトヴァルに勝てるのだろうか。
 ピングは考えを巡らせる。

 アトヴァルに勝ちたいと思うことはなんだろう。
 今、一番欲しいと思うことは。

 ティーグレの腕の中だからだろうか。先日覗き見てしまった光景が頭をよぎった。

「……リョウイチ……」
「はい?」
「リョウイチを私に振り向かせることはできるか?」

 口から滑り出てきた欲望。
 それが「アトヴァルに勝つ」ということに繋がるのか疑問が残る。
 だが、ピングは確信していた。

(アトヴァルも好きなはずだ)

 そうでなければ、あの気高いアトヴァルが体に触れさせるものか。
 ピングの腹の中にぐるぐると黒いものが渦巻く。

 渡さない。

 恋心から来るものなのかも分からない熱が、ピングの胸を駆り立てた。
 ティーグレは以前、二人がまだ恋仲ではないと言っていた。ならば割り込む機会があるはずだ。

「…………なるほど」

 ピングを抱きしめるティーグレの表情が一瞬、一瞬だけ消えた。
 低い声と暗い紫の瞳に不安定な気持ちになる。
 思わず離れようとしたが、腰を抱く逞しい腕は逆に強くなった。

 どうすることも出来ないピングは、穏やかな空気に戻ったティーグレをおずおずと見上げる。

「ティー、グレ……?」
「良いと思いますよ。魔術や学問で勝つより可能性はあります。でも」

 ティーグレの目が細まり、頬に触れていた指先がピングの赤い唇を撫でてくる。親指が割れ目を開いて歯列をなぞった。

「俺は手伝いません」
「な、なん……、で……っ」

 口を開けば濡れた舌にまで触れてきて、ピングは戸惑った。
 背筋が震え、腰が自然と跳ねてしまう。

 ピングの反応を見ながら舌の裏側を擦ってくるティーグレは、楽しげに口角を上げた。

「はは、鈍感って尊いですよねー」
「……っ、ぁ……?」

 逃げようとしても舌の側面を摘まれて、自由に動かすこともできない。
 口内を荒らす指に翻弄されて頭がぼんやりしてきてしまう。唾液を飲み込もうとしても口を閉じさせてもらえず、唇の端から溢れて顎を伝った。

 膝の力が抜けてティーグレのローブに縋るしかないピングの体が、ふわりと浮く。
 ティーグレに横抱きにされ、ベッドの上に下ろされた。
 シーツに手をついて覆い被さられて心臓が大きく鳴る。

 どうしてこんなことになっているのか、訳が分からないまま熱に浮かされた瞳で見上げた。大きな手が金髪を梳くように撫でてくる。

「リョウイチ落とすんだったら自力で頑張ってくださいね」
「で、でも……どうしたら良いか分からな……っ」

 耳をくすぐられて言葉の途中で身を捩る。

 不思議だった。
 ティーグレが触るところ全てが、自分の弱点にでもなったかのように熱を持つ。
 ゆっくりと整った顔が近づいてきて、自然と目を閉じてしまう。

「んむっ」

 想像した場所に想像した触れ合いはなく。
 キュッと鼻を摘まれて、ピングはパチっと目を開く。

 目の前では悪戯が成功した子供のような顔をしたティーグレが歯を見せて笑っていた。
 ピングはホッとしたようなガッカリしたような、複雑な気持ちで唇を尖らせる。

 ティーグレは体を起こし、ピングの唇をトンっと指先で叩いた。

「そういうとこまで、自分で考えないと」

 余裕のある声色で言うティーグレは、きっと恋愛事に慣れているのだろう。

 貴族の令嬢の間ではアトヴァルに次ぐ人気だったし、学園内でも男女問わず声を掛けられているのを見かける。
 初心なピングに軽く手を出し、あっさりと掻き乱すのもその証拠だ。

 悔しかったが、ピングは気持ちを切り替える。
 何事にも不器用な自分は、誰かの助言がなければ恋を実らせる未来が想像できない。

 話は終わりだというように立ち上がってしまったティーグレを追いかけ、ピングは先ほどまで自分を弄んだ手をしっかりと両手で握りしめた。

「ティーグレお願いだ! とっかかりだけでも教えてくれ!」
「嫌ですー」
「ティーグレー!」

 舌を出してくる意地悪な幼なじみに縋っているうちに。
 心にヒビが入るようなアトヴァルの言葉が、頭の端に追いやられていった。
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