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一章
3話 中庭
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使い魔たちが完全に攻撃の気配を無くしたことを確認すると、ピングは即座にティーグレの腕から飛び降りる。そして、
「お前たち! 何事だ!」
眉を吊り上げ腕を組み、まるで自分が止めたかのように堂々と中庭へと歩き出した。
「ピング!」
「皇太子殿下!」
中庭で向かい合っていた二人の男子生徒が目を見開いてこちらを見る。
間違いなく、リョウイチとアトヴァルだ。
どちらもピングの姿を確認し、すぐに使い魔たちの姿を消した。
周囲の生徒たちが見守る中、ピングはゆっくりもったいぶった大股で中庭の芝生を踏みしめる。
背筋を伸ばした二人の目の前に立ったピングは、長い金髪をサラリと背中に流した美形へと視線を向ける。
精一杯の低い声を出し、長身の弟を睨み上げた。
「アトヴァル。お前ともあろうものが、まさか私闘か?」
「いえ、皇太子殿下。私は……」
名を呼ばれたアトヴァルの整った眉がグッと寄る。
ピングは不愉快そうなアイスブルーの瞳に怯みそうになりながらも、なんとか真面目な表情を保って言葉を待った。
だが先に口を開いたのはアトヴァルではなくリョウイチだった。
「ごめん、ピング! 実は」
「『皇太子殿下』だ」
説明してくれようとした様子のリョウイチを、アトヴァルが低い声で諌める。
リョウイチもパッと口を押さえたが、ペンギンが住む場所のような冷たい声に、ピングの方がビクッとしてしまった。
完全にビビっているのが顔に出てしまっていたが、ピングはなかったことにして咳払いする。
「い、良いんだ許してある。リョウイチ、続けろ」
「アトヴァル殿下は僕に手本を見せてくれたんだ。真似しようとしたら失敗して」
黒い瞳がしょんぼりと下を向いた。
使い魔のドラゴンを上手く使いこなせないでいるらしいリョウイチは、学年首席であるアトヴァルに制御方法を質問したのだと言う。
口頭だけでは伝えるのが難しいため、アトヴァルは実際に自分の使い魔を使って説明していたのだ。
だが結果は見ての通り。
リョウイチが召喚してすぐにドラゴンは暴走してしまい、アトヴァルはそれを鎮めるために使い魔を駆使していた。
ホワイトタイガーの咆哮ですぐにドラゴンが止まったのは、アトヴァルとティーグレ両方の鎮静の魔術が効いたからのようだ。
優秀な二人の魔術でようやく止まるとは、恐ろしい使い魔である。
(……私ならとっくに喰われているな……)
もしかしたら自分はペンギンで良かったのかもしれないと頭をよぎりつつ、ピングはこの中で一番背の高いリョウイチを見上げた。
この国では珍しい黒い髪がふわりとそよ風に揺れる。
大きな男なのに、落ち込んだ表情が不思議と可愛らしく見えて胸が高鳴った。
ずっと「出来ない子」で通って来たピングが、こんなにも誰かにいい格好したいと思うことも珍しい。
ピングはポン、と、まだ新しいローブを纏った肩を叩いた。
「立派な向上心だ。でも、そういった質問は教師にしろ」
「ああ、そうだよな。次からちゃんとそうするよ」
「アトヴァル、お前もだ。少し魔術が得意だからと出しゃばるな」
リョウイチに寛大な皇太子を演じたのとは打って変わって、アトヴァルには凄んだ声を向ける。
何もかも自分より優れている弟には、どうしても優しくすることができない。
器の小ささに嫌になるが、こればかりはなかなか直せなかった。
だからだろう。アトヴァルもいつもピングには複雑な表情を見せる。
今も何か言いた気に唇が開きかけたのを噛み締め、頭を下げた。
「はい、申し訳ございませんでした」
息を潜めて様子を見ていた生徒たちが再びざわつきだすのを感じる。
きっと「皇太子は第二皇子に厳しすぎる」だの、「やっかんでるんだ」だのと言っているんだろう。
アトヴァルやティーグレの時とは大違いだ。
(なんとでも言え。どーせその通りだ)
モヤモヤする腹の前で手を握りしめ、ずっと黙って隣に立っていたティーグレに視線をやる。
「よし、ではいくぞティーグレ。……ティーグレ?」
「…………」
ティーグレは真っ直ぐに前を見つめたまま反応はない。無表情で棒立ちしている様子が怖いくらいだ。
だが、ピングは知っていた。
この状態のティーグレは、いつもアトヴァルに見惚れている。幼少期から変わらないから間違いない。
普段はピングの親友面をしているティーグレもアトヴァルに夢中なのだ。腹立たしくて、黒いローブのフードを思いっきり引っ張ってやる。
「ぐぇっ」
「おい、ティーグレ」
「ああ、はい。あー……黒いローブとそこに流れる金髪のコントラストだけで飯三杯はいける……」
「なんだって?」
ピングの理解を超えたティーグレ発言を、脳が上手く受け付けなかった。聞き返しても大した成果は得られないことは分かりつつ、一応聞き返す。
しかし、我に返ったらしいティーグレはにっこりと首を振った。
「なんでもないです。ああ、そうだリョウイチ」
「なに、ティーグレ」
「明日は頼んだぞ。頑張れよ」
「ほ、ホントになに? 何の話だ?」
突拍子もなく何かを頼まれてしまったリョウイチは戸惑った首を傾げてしまう。疑問符が頭の上に見えるようだ。
しかしティーグレはなんの説明もなく、片目を瞑っただけで返事をしたことにしてしまう。
ピングはやれやれと肩をすくめた。
「すまないリョウイチ。ティーグレはたまに変なんだ、慣れてくれ」
「そ、そうなのか……?」
困り果てて眉を下げているリョウイチが不憫だが、ピングはこれ以上のフォローが思いつかなかった。
微妙な空気をものともせず、ティーグレは改めてアトヴァルへと体を向け直す。
「あと、アトヴァル殿下にお伝えしたいことが」
「なんだ」
「今日も最高に最高です」
真顔だ。
真剣そのものの表情と声だ。
おそらく賞賛であろう言葉を受けたアトヴァルは、無の表情になってしまう。
更には何も言わずにスッと背中を向けて離れて行った。
「はー……とうとい……」
完全に無視されたにも関わらず満足そうなティーグレから、ピングとリョウイチはじりじりと距離をとっていく。
「ティーグレはいつも変なんだ」
「そ、そうみたいだな」
野次馬となっていた生徒たちが散り散りになっていく中。
実はずっとついてきていたペンギンが、キョトンとコトの成り行きを見つめていたのだった。
「お前たち! 何事だ!」
眉を吊り上げ腕を組み、まるで自分が止めたかのように堂々と中庭へと歩き出した。
「ピング!」
「皇太子殿下!」
中庭で向かい合っていた二人の男子生徒が目を見開いてこちらを見る。
間違いなく、リョウイチとアトヴァルだ。
どちらもピングの姿を確認し、すぐに使い魔たちの姿を消した。
周囲の生徒たちが見守る中、ピングはゆっくりもったいぶった大股で中庭の芝生を踏みしめる。
背筋を伸ばした二人の目の前に立ったピングは、長い金髪をサラリと背中に流した美形へと視線を向ける。
精一杯の低い声を出し、長身の弟を睨み上げた。
「アトヴァル。お前ともあろうものが、まさか私闘か?」
「いえ、皇太子殿下。私は……」
名を呼ばれたアトヴァルの整った眉がグッと寄る。
ピングは不愉快そうなアイスブルーの瞳に怯みそうになりながらも、なんとか真面目な表情を保って言葉を待った。
だが先に口を開いたのはアトヴァルではなくリョウイチだった。
「ごめん、ピング! 実は」
「『皇太子殿下』だ」
説明してくれようとした様子のリョウイチを、アトヴァルが低い声で諌める。
リョウイチもパッと口を押さえたが、ペンギンが住む場所のような冷たい声に、ピングの方がビクッとしてしまった。
完全にビビっているのが顔に出てしまっていたが、ピングはなかったことにして咳払いする。
「い、良いんだ許してある。リョウイチ、続けろ」
「アトヴァル殿下は僕に手本を見せてくれたんだ。真似しようとしたら失敗して」
黒い瞳がしょんぼりと下を向いた。
使い魔のドラゴンを上手く使いこなせないでいるらしいリョウイチは、学年首席であるアトヴァルに制御方法を質問したのだと言う。
口頭だけでは伝えるのが難しいため、アトヴァルは実際に自分の使い魔を使って説明していたのだ。
だが結果は見ての通り。
リョウイチが召喚してすぐにドラゴンは暴走してしまい、アトヴァルはそれを鎮めるために使い魔を駆使していた。
ホワイトタイガーの咆哮ですぐにドラゴンが止まったのは、アトヴァルとティーグレ両方の鎮静の魔術が効いたからのようだ。
優秀な二人の魔術でようやく止まるとは、恐ろしい使い魔である。
(……私ならとっくに喰われているな……)
もしかしたら自分はペンギンで良かったのかもしれないと頭をよぎりつつ、ピングはこの中で一番背の高いリョウイチを見上げた。
この国では珍しい黒い髪がふわりとそよ風に揺れる。
大きな男なのに、落ち込んだ表情が不思議と可愛らしく見えて胸が高鳴った。
ずっと「出来ない子」で通って来たピングが、こんなにも誰かにいい格好したいと思うことも珍しい。
ピングはポン、と、まだ新しいローブを纏った肩を叩いた。
「立派な向上心だ。でも、そういった質問は教師にしろ」
「ああ、そうだよな。次からちゃんとそうするよ」
「アトヴァル、お前もだ。少し魔術が得意だからと出しゃばるな」
リョウイチに寛大な皇太子を演じたのとは打って変わって、アトヴァルには凄んだ声を向ける。
何もかも自分より優れている弟には、どうしても優しくすることができない。
器の小ささに嫌になるが、こればかりはなかなか直せなかった。
だからだろう。アトヴァルもいつもピングには複雑な表情を見せる。
今も何か言いた気に唇が開きかけたのを噛み締め、頭を下げた。
「はい、申し訳ございませんでした」
息を潜めて様子を見ていた生徒たちが再びざわつきだすのを感じる。
きっと「皇太子は第二皇子に厳しすぎる」だの、「やっかんでるんだ」だのと言っているんだろう。
アトヴァルやティーグレの時とは大違いだ。
(なんとでも言え。どーせその通りだ)
モヤモヤする腹の前で手を握りしめ、ずっと黙って隣に立っていたティーグレに視線をやる。
「よし、ではいくぞティーグレ。……ティーグレ?」
「…………」
ティーグレは真っ直ぐに前を見つめたまま反応はない。無表情で棒立ちしている様子が怖いくらいだ。
だが、ピングは知っていた。
この状態のティーグレは、いつもアトヴァルに見惚れている。幼少期から変わらないから間違いない。
普段はピングの親友面をしているティーグレもアトヴァルに夢中なのだ。腹立たしくて、黒いローブのフードを思いっきり引っ張ってやる。
「ぐぇっ」
「おい、ティーグレ」
「ああ、はい。あー……黒いローブとそこに流れる金髪のコントラストだけで飯三杯はいける……」
「なんだって?」
ピングの理解を超えたティーグレ発言を、脳が上手く受け付けなかった。聞き返しても大した成果は得られないことは分かりつつ、一応聞き返す。
しかし、我に返ったらしいティーグレはにっこりと首を振った。
「なんでもないです。ああ、そうだリョウイチ」
「なに、ティーグレ」
「明日は頼んだぞ。頑張れよ」
「ほ、ホントになに? 何の話だ?」
突拍子もなく何かを頼まれてしまったリョウイチは戸惑った首を傾げてしまう。疑問符が頭の上に見えるようだ。
しかしティーグレはなんの説明もなく、片目を瞑っただけで返事をしたことにしてしまう。
ピングはやれやれと肩をすくめた。
「すまないリョウイチ。ティーグレはたまに変なんだ、慣れてくれ」
「そ、そうなのか……?」
困り果てて眉を下げているリョウイチが不憫だが、ピングはこれ以上のフォローが思いつかなかった。
微妙な空気をものともせず、ティーグレは改めてアトヴァルへと体を向け直す。
「あと、アトヴァル殿下にお伝えしたいことが」
「なんだ」
「今日も最高に最高です」
真顔だ。
真剣そのものの表情と声だ。
おそらく賞賛であろう言葉を受けたアトヴァルは、無の表情になってしまう。
更には何も言わずにスッと背中を向けて離れて行った。
「はー……とうとい……」
完全に無視されたにも関わらず満足そうなティーグレから、ピングとリョウイチはじりじりと距離をとっていく。
「ティーグレはいつも変なんだ」
「そ、そうみたいだな」
野次馬となっていた生徒たちが散り散りになっていく中。
実はずっとついてきていたペンギンが、キョトンとコトの成り行きを見つめていたのだった。
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