20 / 83
一章
19話 石橋の影
しおりを挟む
廊下の石柱の影で、ピングはじっと息を顰めて待つ。
大きな扉の向こうで、教師と二人で居残りをしているはずの人物を。
きっと一人で出てくるに違いないと、居残りの情報を耳にしてからずっと待っているのだ。
ピングの足元では、飽きてしまったらしいペンギンが腹ばいになってクルクルと回っている。
「お前は少しはじっと……あ!」
自分よりも背の低い生き物に苦言を呈そうとしたところで、目的の人物が姿を現した。
この国では珍しい黒い目と黒い髪、強大な魔力を有する逞しい身体つき。
授業で疲れたのか、少し疲れているようにも見える。
ピングは後ろから回り込もうと柱の影からそっと足を動かしたのだが。
「あれ、ペンギン?」
リョウイチの驚いたような声が聞こえて、ピングは固まる。黒い双眸が見下ろしているのは、先ほどまでピングの側にいたはずのペンギンだった。
さらに、周りを見回したリョウイチと目がばっちり合ってしまう。
「やっぱりピングだ!」
「り、リョウイチ……偶然だな……」
柱から顔を出している状態で片手を上げる。
たまたま通りかかった風を装おうとしていたのに、リョウイチに頸や嘴をを 撫でられてご機嫌そうなペンギンのせいで台無しだ。
待ち伏せしていたことがバレバレな状態でぎこちなく笑うピングに、リョウイチは爽やかな笑顔を向けてくれた。
「ピング、今からお昼? 一緒に行こう」
「ああ!」
素直に二つ返事で柱から飛び出したピングは、スキップするのを耐えてリョウイチの隣に並ぶ。
(誘ってくれたぁ! 嬉しいぞ! これは幸先良いな!)
今日は午後からは授業がなく、昼食を食べたら自由時間だ。
奇跡的にピングは居残りが必要な科目もない。
それだけでも晴れやかな気持ちなのに、更におまけがついてきた。
リョウイチに好意を持ってもらうにはどうしたら良いかと考えた結果。
ピングはとにかくリョウイチに声をかけることにした。
仲良くなればなるほど、好きになってもらえる可能性が高いはずだ。
ティーグレに作戦を伝えた時、長い長いため息を吐かれた。でも、
「好感度アップのためのエンカウントは基本ですしね」
と言っていたので、よく分からないが発想は間違ってはないのだろう。
その後、頭を掻きむしって
「あーもうそんな時期……この後……」
とかなんとか何やらぶつぶつ言っていたが、いつものことなので気にしないことにした。
積極的に声をかけたり課題を一緒にしようと誘ったりすると、リョウイチはいつも朗らかに了承してくれる。
それに加えて今回は向こうから誘ってくれた。
以前よりも仲良くなっていると、ピングは確信する。
嬉しくて、二人の間に割って入ってきてペタペタ歩くペンギンのことが気にならない。
リョウイチは腰の辺りにあるペンギンの丸い頭を、ぽんぽんと撫でて口元を緩めた。
「かわいいなーなんかピングに似てるよな」
「そ、そうか?」
ペンギンに似ているというのが、褒め言葉なのかは判断し難いところだ。
だがピングはふにゃりと口元を緩め目尻を下げる。
(かわいいって言われた!)
都合の良いところだけ受け取って、心は羽が生えたようにふわふわと浮いていった。
リョウイチはそんなピングを慈愛に満ちた瞳で見る。
「いいなーペンギンは連れ歩けて」
最近、ピングはペンギンを常に召喚したままにしている。
本来はもう少し自分の都合良く動かせるはずだが、ピングは上手く操れずにペンギンが自分で勝手に動いてしまう。
その上、肩に乗るサイズでもなく人間に合わせて歩けるわけでもないペンギンが一緒にいるのは、使い魔とはいえ不便も多い。
それでも担任のシュエットに、
「他の呪文を唱えた時に召喚してしまったり、必要な時に召喚できないことがあるくらいなら出しっぱなしにしておいてください。魔力消費は変わりません」
と、眼鏡を光らせて言われてしまえば、その通りにするしかなかった。
リョウイチもドラゴンを召喚するたびにトラブルになることが多いため、同じように出来たらいいのにと眉を下げた。
「あのドラゴンは室内は難しいな」
「うん。せめてティーグレのホワイトタイガーくらいの大きさにならないかなぁ」
好きな時に好きなようにホワイトタイガーを使役しているティーグレの姿を思い出す。
迫力満点の猛獣だが、身体が柔らかく小回りも利くため本当にちょうど良さそうだ。
黙っていれば男前のティーグレと共にいると更に絵になって羨ましいと、ピングは常々思っていた。
そこでふと、ピングは以前見た光景を思い出す。
「使い魔はうまくやれば大きさを変えられるはずだぞ。ティーグレのホワイトタイガーが、魔獣との戦闘訓練の時に大きくなっているのを見たことがある」
「そうなのか!? じゃあ練習すればドラゴンを連れ歩けるかな」
「出来ると思うぞ」
リョウイチの声のトーンが上がり、胸が躍っているのが見てとれる。ピングも一緒に心が華やぐが、
(教えてやるって、言えたらいいのに)
と、残念な気持ちも拭えない。
せめて、とティーグレに聞いてみるかと言おうとしたのだが。
「アトヴァルなら知ってるかな? 言われてみればシャチの大きさ、見るたびに少し違う気がする」
「そ、そうだな……いや、でもよく考えたら先生に聞いた方が……ん?」
出来るだけアトヴァルに近づけたくない気持ちが出てしまったところで、ピングはふと気がついた。
いつの間にか、アトヴァルへの敬称がなくなっている。ピングの方が、親しく呼んで貰っていたはずなのに。
鮮やかだった景色が、急激に色を無くしていく気がした。
大きな扉の向こうで、教師と二人で居残りをしているはずの人物を。
きっと一人で出てくるに違いないと、居残りの情報を耳にしてからずっと待っているのだ。
ピングの足元では、飽きてしまったらしいペンギンが腹ばいになってクルクルと回っている。
「お前は少しはじっと……あ!」
自分よりも背の低い生き物に苦言を呈そうとしたところで、目的の人物が姿を現した。
この国では珍しい黒い目と黒い髪、強大な魔力を有する逞しい身体つき。
授業で疲れたのか、少し疲れているようにも見える。
ピングは後ろから回り込もうと柱の影からそっと足を動かしたのだが。
「あれ、ペンギン?」
リョウイチの驚いたような声が聞こえて、ピングは固まる。黒い双眸が見下ろしているのは、先ほどまでピングの側にいたはずのペンギンだった。
さらに、周りを見回したリョウイチと目がばっちり合ってしまう。
「やっぱりピングだ!」
「り、リョウイチ……偶然だな……」
柱から顔を出している状態で片手を上げる。
たまたま通りかかった風を装おうとしていたのに、リョウイチに頸や嘴をを 撫でられてご機嫌そうなペンギンのせいで台無しだ。
待ち伏せしていたことがバレバレな状態でぎこちなく笑うピングに、リョウイチは爽やかな笑顔を向けてくれた。
「ピング、今からお昼? 一緒に行こう」
「ああ!」
素直に二つ返事で柱から飛び出したピングは、スキップするのを耐えてリョウイチの隣に並ぶ。
(誘ってくれたぁ! 嬉しいぞ! これは幸先良いな!)
今日は午後からは授業がなく、昼食を食べたら自由時間だ。
奇跡的にピングは居残りが必要な科目もない。
それだけでも晴れやかな気持ちなのに、更におまけがついてきた。
リョウイチに好意を持ってもらうにはどうしたら良いかと考えた結果。
ピングはとにかくリョウイチに声をかけることにした。
仲良くなればなるほど、好きになってもらえる可能性が高いはずだ。
ティーグレに作戦を伝えた時、長い長いため息を吐かれた。でも、
「好感度アップのためのエンカウントは基本ですしね」
と言っていたので、よく分からないが発想は間違ってはないのだろう。
その後、頭を掻きむしって
「あーもうそんな時期……この後……」
とかなんとか何やらぶつぶつ言っていたが、いつものことなので気にしないことにした。
積極的に声をかけたり課題を一緒にしようと誘ったりすると、リョウイチはいつも朗らかに了承してくれる。
それに加えて今回は向こうから誘ってくれた。
以前よりも仲良くなっていると、ピングは確信する。
嬉しくて、二人の間に割って入ってきてペタペタ歩くペンギンのことが気にならない。
リョウイチは腰の辺りにあるペンギンの丸い頭を、ぽんぽんと撫でて口元を緩めた。
「かわいいなーなんかピングに似てるよな」
「そ、そうか?」
ペンギンに似ているというのが、褒め言葉なのかは判断し難いところだ。
だがピングはふにゃりと口元を緩め目尻を下げる。
(かわいいって言われた!)
都合の良いところだけ受け取って、心は羽が生えたようにふわふわと浮いていった。
リョウイチはそんなピングを慈愛に満ちた瞳で見る。
「いいなーペンギンは連れ歩けて」
最近、ピングはペンギンを常に召喚したままにしている。
本来はもう少し自分の都合良く動かせるはずだが、ピングは上手く操れずにペンギンが自分で勝手に動いてしまう。
その上、肩に乗るサイズでもなく人間に合わせて歩けるわけでもないペンギンが一緒にいるのは、使い魔とはいえ不便も多い。
それでも担任のシュエットに、
「他の呪文を唱えた時に召喚してしまったり、必要な時に召喚できないことがあるくらいなら出しっぱなしにしておいてください。魔力消費は変わりません」
と、眼鏡を光らせて言われてしまえば、その通りにするしかなかった。
リョウイチもドラゴンを召喚するたびにトラブルになることが多いため、同じように出来たらいいのにと眉を下げた。
「あのドラゴンは室内は難しいな」
「うん。せめてティーグレのホワイトタイガーくらいの大きさにならないかなぁ」
好きな時に好きなようにホワイトタイガーを使役しているティーグレの姿を思い出す。
迫力満点の猛獣だが、身体が柔らかく小回りも利くため本当にちょうど良さそうだ。
黙っていれば男前のティーグレと共にいると更に絵になって羨ましいと、ピングは常々思っていた。
そこでふと、ピングは以前見た光景を思い出す。
「使い魔はうまくやれば大きさを変えられるはずだぞ。ティーグレのホワイトタイガーが、魔獣との戦闘訓練の時に大きくなっているのを見たことがある」
「そうなのか!? じゃあ練習すればドラゴンを連れ歩けるかな」
「出来ると思うぞ」
リョウイチの声のトーンが上がり、胸が躍っているのが見てとれる。ピングも一緒に心が華やぐが、
(教えてやるって、言えたらいいのに)
と、残念な気持ちも拭えない。
せめて、とティーグレに聞いてみるかと言おうとしたのだが。
「アトヴァルなら知ってるかな? 言われてみればシャチの大きさ、見るたびに少し違う気がする」
「そ、そうだな……いや、でもよく考えたら先生に聞いた方が……ん?」
出来るだけアトヴァルに近づけたくない気持ちが出てしまったところで、ピングはふと気がついた。
いつの間にか、アトヴァルへの敬称がなくなっている。ピングの方が、親しく呼んで貰っていたはずなのに。
鮮やかだった景色が、急激に色を無くしていく気がした。
161
お気に入りに追加
532
あなたにおすすめの小説
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
【BL】こんな恋、したくなかった
のらねことすていぬ
BL
【貴族×貴族。明るい人気者×暗め引っ込み思案。】
人付き合いの苦手なルース(受け)は、貴族学校に居た頃からずっと人気者のギルバート(攻め)に恋をしていた。だけど彼はきらきらと輝く人気者で、この恋心はそっと己の中で葬り去るつもりだった。
ある日、彼が成り上がりの令嬢に恋をしていると聞く。苦しい気持ちを抑えつつ、二人の恋を応援しようとするルースだが……。
※ご都合主義、ハッピーエンド
ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?
音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。
役に立たないから出ていけ?
わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます!
さようなら!
5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
今世はメシウマ召喚獣
片里 狛
BL
オーバーワークが原因でうっかり命を落としたはずの最上春伊25歳。召喚獣として呼び出された世界で、娼館の料理人として働くことになって!?的なBL小説です。
最終的に溺愛系娼館主人様×全般的にふつーの日本人青年。
※女の子もゴリゴリ出てきます。
※設定ふんわりとしか考えてないので穴があってもスルーしてください。お約束等には疎いので優しい気持ちで読んでくださると幸い。
※誤字脱字の報告は不要です。いつか直したい。
※なるべくさくさく更新したい。
国を救った英雄と一つ屋根の下とか聞いてない!
古森きり
BL
第8回BL小説大賞、奨励賞ありがとうございます!
7/15よりレンタル切り替えとなります。
紙書籍版もよろしくお願いします!
妾の子であり、『Ω型』として生まれてきて風当たりが強く、居心地の悪い思いをして生きてきた第五王子のシオン。
成人年齢である十八歳の誕生日に王位継承権を破棄して、王都で念願の冒険者酒場宿を開店させた!
これからはお城に呼び出されていびられる事もない、幸せな生活が待っている……はずだった。
「なんで国の英雄と一緒に酒場宿をやらなきゃいけないの!」
「それはもちろん『Ω型』のシオン様お一人で生活出来るはずもない、と国王陛下よりお世話を仰せつかったからです」
「んもおおおっ!」
どうなる、俺の一人暮らし!
いや、従業員もいるから元々一人暮らしじゃないけど!
※読み直しナッシング書き溜め。
※飛び飛びで書いてるから矛盾点とか出ても見逃して欲しい。
廃妃の再婚
束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの
父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。
ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。
それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。
身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。
あの時助けた青年は、国王になっていたのである。
「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは
結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。
帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。
カトルはイルサナを寵愛しはじめる。
王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。
ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。
引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。
ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。
だがユリシアスは何かを隠しているようだ。
それはカトルの抱える、真実だった──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる