【完結】ペンギンに振り回されてばかりの出来損ない皇太子は、訳あり幼なじみの巨大な愛に包まれているらしい

きよひ

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一章

19話 石橋の影

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 廊下の石柱の影で、ピングはじっと息を顰めて待つ。
 大きな扉の向こうで、教師と二人で居残りをしているはずの人物を。
 きっと一人で出てくるに違いないと、居残りの情報を耳にしてからずっと待っているのだ。

 ピングの足元では、飽きてしまったらしいペンギンが腹ばいになってクルクルと回っている。

「お前は少しはじっと……あ!」

 自分よりも背の低い生き物に苦言を呈そうとしたところで、目的の人物が姿を現した。

 この国では珍しい黒い目と黒い髪、強大な魔力を有する逞しい身体つき。
 授業で疲れたのか、少し疲れているようにも見える。

 ピングは後ろから回り込もうと柱の影からそっと足を動かしたのだが。

「あれ、ペンギン?」

 リョウイチの驚いたような声が聞こえて、ピングは固まる。黒い双眸が見下ろしているのは、先ほどまでピングの側にいたはずのペンギンだった。
 さらに、周りを見回したリョウイチと目がばっちり合ってしまう。

「やっぱりピングだ!」
「り、リョウイチ……偶然だな……」

 柱から顔を出している状態で片手を上げる。
 たまたま通りかかった風を装おうとしていたのに、リョウイチに頸や嘴をを 撫でられてご機嫌そうなペンギンのせいで台無しだ。

 待ち伏せしていたことがバレバレな状態でぎこちなく笑うピングに、リョウイチは爽やかな笑顔を向けてくれた。

「ピング、今からお昼? 一緒に行こう」
「ああ!」

 素直に二つ返事で柱から飛び出したピングは、スキップするのを耐えてリョウイチの隣に並ぶ。

(誘ってくれたぁ! 嬉しいぞ! これは幸先良いな!)

 今日は午後からは授業がなく、昼食を食べたら自由時間だ。
 奇跡的にピングは居残りが必要な科目もない。
 それだけでも晴れやかな気持ちなのに、更におまけがついてきた。

 リョウイチに好意を持ってもらうにはどうしたら良いかと考えた結果。
 ピングはとにかくリョウイチに声をかけることにした。
 仲良くなればなるほど、好きになってもらえる可能性が高いはずだ。
 ティーグレに作戦を伝えた時、長い長いため息を吐かれた。でも、

「好感度アップのためのエンカウントは基本ですしね」

 と言っていたので、よく分からないが発想は間違ってはないのだろう。
 その後、頭を掻きむしって

「あーもうそんな時期……この後……」

 とかなんとか何やらぶつぶつ言っていたが、いつものことなので気にしないことにした。

 積極的に声をかけたり課題を一緒にしようと誘ったりすると、リョウイチはいつも朗らかに了承してくれる。
 それに加えて今回は向こうから誘ってくれた。
 以前よりも仲良くなっていると、ピングは確信する。

 嬉しくて、二人の間に割って入ってきてペタペタ歩くペンギンのことが気にならない。
 リョウイチは腰の辺りにあるペンギンの丸い頭を、ぽんぽんと撫でて口元を緩めた。

「かわいいなーなんかピングに似てるよな」
「そ、そうか?」

 ペンギンに似ているというのが、褒め言葉なのかは判断し難いところだ。
 だがピングはふにゃりと口元を緩め目尻を下げる。

(かわいいって言われた!)

 都合の良いところだけ受け取って、心は羽が生えたようにふわふわと浮いていった。
 リョウイチはそんなピングを慈愛に満ちた瞳で見る。

「いいなーペンギンは連れ歩けて」

 最近、ピングはペンギンを常に召喚したままにしている。

 本来はもう少し自分の都合良く動かせるはずだが、ピングは上手く操れずにペンギンが自分で勝手に動いてしまう。
 その上、肩に乗るサイズでもなく人間に合わせて歩けるわけでもないペンギンが一緒にいるのは、使い魔とはいえ不便も多い。

 それでも担任のシュエットに、

「他の呪文を唱えた時に召喚してしまったり、必要な時に召喚できないことがあるくらいなら出しっぱなしにしておいてください。魔力消費は変わりません」

 と、眼鏡を光らせて言われてしまえば、その通りにするしかなかった。
 リョウイチもドラゴンを召喚するたびにトラブルになることが多いため、同じように出来たらいいのにと眉を下げた。

「あのドラゴンは室内は難しいな」
「うん。せめてティーグレのホワイトタイガーくらいの大きさにならないかなぁ」

 好きな時に好きなようにホワイトタイガーを使役しているティーグレの姿を思い出す。

 迫力満点の猛獣だが、身体が柔らかく小回りも利くため本当にちょうど良さそうだ。
 黙っていれば男前のティーグレと共にいると更に絵になって羨ましいと、ピングは常々思っていた。

 そこでふと、ピングは以前見た光景を思い出す。

「使い魔はうまくやれば大きさを変えられるはずだぞ。ティーグレのホワイトタイガーが、魔獣との戦闘訓練の時に大きくなっているのを見たことがある」
「そうなのか!? じゃあ練習すればドラゴンを連れ歩けるかな」
「出来ると思うぞ」

 リョウイチの声のトーンが上がり、胸が躍っているのが見てとれる。ピングも一緒に心が華やぐが、

(教えてやるって、言えたらいいのに)

 と、残念な気持ちも拭えない。
 せめて、とティーグレに聞いてみるかと言おうとしたのだが。

「アトヴァルなら知ってるかな? 言われてみればシャチの大きさ、見るたびに少し違う気がする」
「そ、そうだな……いや、でもよく考えたら先生に聞いた方が……ん?」

 出来るだけアトヴァルに近づけたくない気持ちが出てしまったところで、ピングはふと気がついた。

 いつの間にか、アトヴァルへの敬称がなくなっている。ピングの方が、親しく呼んで貰っていたはずなのに。
 鮮やかだった景色が、急激に色を無くしていく気がした。
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