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二章

落ち着く香り

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 ざわざわと人が忙しなく行き交う土曜日のショッピングセンター。
 老若男女様々な人の声がして賑わっている。

 いくつも並ぶアパレルショップの中で、藤ヶ谷は自社製品の置いてある店で真剣に服を選んでいた。
 しかし決して仕事の視察のために来ているわけではなく、完全に私用である。

「これとかどうだ?」

 隣で2人分のコートを右腕にかけて立っている杉野に向かって、デコルテが広く開いた白いセーターを見せる。
 杉野は体のラインが出やすい細身のそれをじっと眺めた後、隣のハンガーラックに掛かっている茶色のセーターを手に取った。

「うなじ丸出しは良くないんじゃないですか。こういうブカっとしてるのとか」

 藤ヶ谷が選んだものとは打って変わって、ハイネックでゆるりとしたデザインだ。
 意見を聞いた藤ヶ谷は素直に持っていたセーターを戻し、杉野が選んだものと同じデザインの色違いを両手に取った。

「お、そう?じゃあこれとこれだと、優一朗さんどっちが好きかな」
「グレーが似合いますね」

 紺、灰、茶の三色を順番に藤ヶ谷の身体に合わせた杉野は、真面目にハッキリと意見してくれる。

(やっぱ杉野に頼んで正解だったな)

 明日の日曜日、優一朗とデートをすることになった藤ヶ谷は、着ていく服を選ぶのに杉野を誘ったのだ。
 優一朗とは良い雰囲気になっていると感じた藤ヶ谷は、どうせなら優一朗に気に入ってもらえる服装で行こうと考えた。

 とはいうものの、本人に好みの服を尋ねるのはハードルが高い。
 そこで、優一朗の弟である杉野の出番というわけだ。
 頼み込んだ甲斐があって、藤ヶ谷は順調に服が決まっていきご機嫌だった。

 しかし実は杉野は優一朗の好みには一切言及せず、自分の意見しか言っていないのだが。
 藤ヶ谷は気が付いていない。

 試着室で手のひらを覆うほど袖の長い服を着た自分の姿を確認する。
 太ももまでの丈で体のラインが隠れる服を着ると、オメガにしては男らしい体形の藤ヶ谷がいつもより華奢に見えた。

 普段は着ない種類の服に落ち着かない気分になりながら首元を軽く引っ張る。

「こんだけ首元詰まってたらマフラー要らねぇかな」
「しても良いと思いますよ。ほら」

 手に持っていた杉野の黒いマフラーを、緩く藤ヶ谷の首に巻きつけてくれた。
 最近は出社時にも毎日つけてきているマフラーは、杉野の香りを纏っていて。
 藤ヶ谷の口元に笑みが浮かんだ。

「いい感じか?」

 自分なりに巻きなおして杉野を見ると、大きな手がまた伸びてきた。
 スル、と耳元の髪に優しい指が触れる。

「髪、跳ねてます」
「……っ」

 温もりと近づいた微笑みに鼓動が跳ねる。
 頬に熱が上る感覚がして、思わずマフラーに顔の下半分を埋めて隠した。
 そのまま落ち着こうと深呼吸すると、とてもいい香りが鼻から入り込んでくる。

「どうしました?暑いならマフラーを外した方が良いですよ」

 静電気で乱れた藤ヶ谷の髪を整えていた杉野が異変に気が付いた。
 心配してマフラーに手をかけてくるが、藤ヶ谷は勢いよく左右に首を振る。
 今は出来るだけ顔を隠していたかった。

 理由の分からない自分の感情に戸惑いつつ、マフラーの香りでふと気がつく。

「優一朗さん、なんか落ち着くなと思ったらお前とそっくりな香りなんだ」
「え……」

 ポロリと零れた台詞を聞いた杉野の目が見開かれ、何か期待するような光を宿した。

「おじさまアルファ以外でこんなに良い匂いの人なかなかいないなって実は思ってた。相性が良いのかな」

 藤ヶ谷はマフラーを握りしめ、思いつくままに言葉を紡ぐ。
 幸せそうに細められた目元を見つめる杉野は、静かに頷いた。

「俺も……藤ヶ谷さんのフェロモン良いと思います」
「本当に?」
「嘘ついてどうするんですか」

 マフラーから頬が紅潮した顔を出し、嬉しそうに声を弾ませる藤ヶ谷。
 杉野はもう一度、強く頷く。
 更に何か言おうと、お互いがほぼ同時に口を開いた。

「じゃあ、優一朗さんもそう思ってくれてるかもな!」

 一歩早く音を奏でた藤ヶ谷のご機嫌な声に、杉野の顔はスンっと真顔になってしまう。
 しかしそれは普段通りの表情なので、残念なことに藤ヶ谷は気にしなかった。

「……それは知りません」

 杉野のここ一番の気のない返事を聞いて、藤ヶ谷は唇を尖らせた。

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