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一章

ダーツバー

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 カツンッと小さな赤い円の中心に黒い矢が刺さる。
 ボードの一番上にある数字が動いた。
 1人分の興奮した拍手の音が、静かな部屋に響く。

「すごい!」

 藤ヶ谷はソファから立ち上がってボードに近づいていく。
 近くで見ると、短い矢は的の中心の中でも本当のど真ん中に立っていた。

 投げた本人を振り返ると、はしゃいでいる藤ヶ谷を穏やかに微笑んで眺めている。
 ブラウンのスーツを着こなすスマートな立ち姿を見て、藤ヶ谷は改めて感嘆した。

(かっこいい……っ)

 蓮池に連れてこられたのは、仕事でしか来たことがないような高級店が並ぶ道にあるダーツバーだ。
 緊張しながら蓮池について入店すると、品の良い黒いベストを着た店員が奥の個室に案内してくれた。

 アンティークランプに照らされた部屋に足を踏み入れると、黒いコの字型のソファが壁に沿って置いてあるのと、ガラスのテーブルが置いてあるのが見える。
 この部屋の最大の特徴は、奥の壁にあるダーツボード。
 2人きりの落ち着いた空間で、食事もダーツも楽しめるというわけだ。

 蓮池は自分もダーツボードに近づくと、矢の先端部分に人差し指の第一関節を添えて慣れた手つきで引き抜く。
 その一連の動きすらも洗練されて見えて、藤ヶ谷はうっとりと見惚れた。

「陸くんもやってみようか」
「やったことないんで当たらなくても笑わないでくださいよ?」
「教えてあげるから大丈夫だよ」

 言われるがまま、手を引かれて指定位置へ移動する。
 少し乾いた手の温もりが伝わって、それだけで藤ヶ谷の鼓動は早くなっていた。

(個室に2人っきりってだけでなんかソワソワすんのに……っ)

 立ち位置や足の向きはこう、肘は動かさないように、と説明しながら体に触れられる。
 その感触が気になって、言葉の内容はほとんど右から左だった。
 初めて会った時から変わらぬ好みのフェロモンに、ヒート中でもないのにふわふわとした心地だ。

 そんな藤ヶ谷に、蓮池は赤いダーツ矢を握らせる。

「こうやって3本指で持って」
「こ、これでいいですか?」
「バッチリだよ。で、力を抜いて投げるんだ」

 蓮池の手と体が離れると、自然と体の力が抜けるのを感じる。
 見た目通りさほど重みのない矢を、言われた通りに腕を振って投げた。
 矢は放物線を描きながら的へと飛んでいく。

「あっ」

 カカンッ!
 無機質な音を立てて、矢は台に当たって跳ね返る。
 床にコロンと着地した。

「あー」

 藤ヶ谷は大袈裟に肩を落とした。
 文字通り手取り足取り教えて貰っておいて、的にすら当たらないとは。

「難しい……」
「初めてにしては上出来だ。ちゃんと台に届いてるだろう?もう1回やってみようか」
「はい!」

 深みのある柔らかい声に励まされ、すぐにやる気が漲った藤ヶ谷は歯切れよく返事をした。

 再び姿勢の指導を受ける。
 こうやって触れ合いながら教えてもらえるならば、当たらなくても良いと思っていたが。
 次からはとりあえず的には当たるようになった。

(ちょっと残念)

 ボディータッチが減って素直にそう感じつつ、藤ヶ谷はどんどんダーツに熱中していく。
 矢が刺さる位置によって一喜一憂する姿を、蓮池は目を細めて眺めていた。

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