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一章

運命の番とは

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 藤ヶ谷は浮かれていた。
 今夜、蓮池とデートの約束があるからだ。

(早く仕事終われ!)

 日にちが決まってから、いつも以上に金曜日の夜が待ち遠しかった。
 バーで出会った日から、蓮池と毎日のように連絡を取り合っている。
 蓮池は輸入品を扱う会社の取締役をしており、忙しく全国を飛び回っているらしくなかなか予定合わない。
 さすがはアルファ、と言ったところだろう。

 早くもう一度会いたいと気が逸る中、藤ヶ谷は大人しく機械を通しての交流を続けていた。
 そして、3週間ほどしてようやく夕食の約束に漕ぎ着けたのだ。

 藤ヶ谷はこの日のためにクリーニングに出したグレーのスーツに身を包み、大事な商談の時につけるお気に入りの深緑のネクタイをして朝から気合を入れた。

 そして後一息頑張れば、定時になるおやつ時。休憩室にコーヒーを買いに行った藤ヶ谷は、自動販売機の前で2人のベータ女性の同僚と鉢合わせた。
 そこで、

「藤ヶ谷さんって本当におじさま好きですよねー!」
「でも分かる。かっこいいよね! 部長もフェロモン出てるって感じするもん」
「本当に出てんだよ。すっごい良い匂いなんだよ部長は」

 などと、恋愛話に花が咲く。

 藤ヶ谷がオメガだからだろう。
 彼女たちはまるで同性にするように、気軽に夕食に誘ってくれた。
 そのため藤ヶ谷は今日の予定をウキウキと話したのだ。
 立ち話から始まったはずが、他に人がいないのをいいことにテーブル席に移動する。どんどん話が膨らんでしまい今に至る。

 八重樫の香りを思い出して蕩けた表情を見せる藤ヶ谷の言葉を聞いた2人は、楽しげに声を弾ませた。

「いいなー! 私もフェロモン感じてみたいー!」
「それで、そのおじさまアルファとはいい感じなんですよね! もしかして運命の番だったりして!」

 興奮気味に言われたものの、藤ヶ谷は首を捻りながら缶コーヒーに口をつける。

「んー、運命の番ではないかなー」

 世界にたったひとりしかいない、運命の番。
 通常の番よりも強い絆で結ばれており、運命の番と出会ってしまえば、決して抗えない衝動にかられると言われている。
 しかし、一生涯掛けても出会える可能性は限りなく低いため、都市伝説のような扱いになっているものである。

 藤ヶ谷は蓮池の香りが好きだし、また包まれたいと思うくらい忘れられない。
 だが、例えば同じく好ましい八重樫の香りと感じ方に大きな差があるかと言われれば、否定せざるを得ない。

「運命の番なら、出会った瞬間に感じるものがあるからさ」
「まるで会ったことがあるみたいに言うじゃん」

 正面に座る同僚は、茶色いロングヘアを指に巻き付けて目を丸くした。
 グッと握り拳を作って、藤ヶ谷は力強い声を出す。

「会ったことないけどそうに決まってる! ほら、ドラマみたいに出会った瞬間にヒートがきたりとか!」
「なるほどー」
「確かに今流行ってるドラマの1話もそんな感じでした!」

 通常の番の絆というものの感覚もベータには分からない。そのため、迷いなく言い切った藤ヶ谷に2人は納得したのだが。

「そんなことあってたまるかですよ」

 水を差す冷静な声が、盛り上がる3人の頭上に降り掛かる。
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