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前編

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 月の光が強い夜。
 侯爵家の次男であるルーイは、寮にある皇太子専用の部屋にいた。

 部屋のバルコニーから見える夜空が美しいから来い、と誘った部屋の主の言う通り。
 人工の灯りを消してカーテンを開けると、確かに窓越しでは物足りない。きちんと外に出て確認したくなる輝きが一望できる。

 バルコニーで秋の爽やかな夜風に流される銀色の長い髪を耳にかけ、ルーイは隣に立つ皇太子レオンハルトの顔を盗み見た。

 金色のウェーブがかった短い髪に深い海のような青い瞳。
 日に当たっても染まることのない白い肌は、生まれ持ってチョコレート色の肌のルーイとは正反対だ。
 月明かりに照らされる容貌は常よりも幻想的な美しさだった。

 見ていることに気がついたのか、レオンハルトが目線を寄越す。
 氷のようだと評されがちな切れ長の目が、なんだ、と問いかけてきた。



 侯爵家のルーイと皇太子のレオンハルトが出会ったのはまだ幼い頃。ルーイの住む屋敷でのことだった。

 レオンハルトの父がまだ皇帝ではない頃だ。
 悪政を敷く前皇帝を廃位に追い込むために、レオンハルトの父はルーイの父を含む貴族たちと計画を立てていた。
 もちろん幼かった当時はそんなことは知らず、同い年の男の子が遊びに来たことを純粋に感激し楽しく遊んだ。
 
 何度か会う内に、レオンハルトから「友情の証だ」と、緑の石のついた耳飾りを渡された。
 透き通るような光をたたえる緑色が、ルーイの瞳と似ているからと微笑んで。
 幼心にも気恥ずかしかったが、その場でつけた耳飾りは今もルーイの耳を彩っている。

 計画が成功し、レオンハルトの父が皇帝になってからは会うこともなかったが。
 15歳で貴族の子女のほとんどが通うことになるこの学園で再会した。

 皇太子としての重圧や周囲の人間関係に、まだ若い心は疲れ果てていたのだろう。
 久々に会った友人は、かつての明るさや可愛げなど全くなくなって別人のようで。
 精巧な人形のような顔つきになってしまっていたレオンハルトから、皆は畏れ多いと理由をつけて距離を取った。

 しかし、ルーイはそんな「近寄るな」というオーラなど気にせずに声を掛け続ける。
 授業では隣に座り、食堂にも当然のようについていき、朝も帰りも隣を歩いた。
 
 かつて「友」だと言ってくれたことを認めて欲しかったから。

 それがいつの間にか友情を越え、恋人の真似事までする関係になるなんて。
 最初は思ってもいなかった。



「本当に綺麗な顔だなと思ってな」

 ルーイは薄く唇に弧を描き、レオンハルトの柔らかく白い頬に褐色の右手を触れさせる。
 レオンハルトが呆れたような声を出した。

「貴様は私の顔しか見ていないな。」
「そんなことはないさ。髪も綺麗だし」

 さらりと金の髪にふれ、そのまま肩、腕、と手を伝わせる。

「手も綺麗だ」

 ルーイはレオンハルトの体温の低い手を持ち上げ、指先に自身の形の良い唇を触れさせる。
 結局、外見しか褒めていないのはワザとだ。
 それ以外の好きなところを褒めると、本気で恋していると気付かれてしまいそうだから。

 ゆったりと指を喰むと、レオンハルトは指先を柔らかい唇の合間に差し込んでくる。なんの抵抗もなく、温かい口内に指は侵入していった。

「……、ん……」

 入ってきた人差し指と中指に舌を這わせる。
 唾液が長い指をじっとりと濡らしていく。
 されるがままになっていた指が、口内で動き出した。

「っ、ふ……」

 熱い口内を犯すように動く指が心地よく、蕩けるような目で受け止める。
 飲みきれなかった唾液が、つ、と溢れてきた。

 指の動きを止めず、レオンハルトは目を細めた。

「美味そうだな」
「……は、ぁ……癖に、なるぞ? やってみるか?」

 熱い息を吐きながらルーイは艶かしく舌を覗かせる。
 それには返事はせず、レオンハルトは指を引き抜いた。

 そして、バルコニーからベッドの方へと大股で移動しながら、ばさり、と濃紺の上着を脱ぎ、濡れた指でネクタイを外す。
 熱の篭った瞳でルーイを見つめながら、ひとりで寝るには広すぎるベッドに腰を下ろした。

 その様子を眺めていたルーイが毛長の絨毯を踏みしめ近づいていく。
 他の生徒の部屋の二倍以上ある豪奢な部屋を横切ってベッドの正面で足を止めると、

「脱げ」

 見上げながら命令された。
 ルーイは笑みは絶やさず首を傾げた。

「脱がせてくれないのか?」
「そういう気分だ」

 気まぐれな皇太子だ。
 実際に、ただそういう気分なだけなのだろう。

 ルーイは上着に手を掛けてストン、と床に落とす。
 白いブラウスのボタンをひとつひとつ、下まで全部外して行く。その内側に着ていた下着も、ゆっくりと脱いだ。
 肌が空気に触れると、刺激を受けて胸の突起がふるりと反応した。
 一枚脱ぐたびにレオンハルトに視線を送る。

 まるでショーだ。
 ズボンもその下も全て床に落とすと、恥ずかしがるでもなく軽く腕を広げて見せた。

「どうだ?」
「まだ何もしていない筈だがな」

 全身を眺めたレオンハルトの唇が片端だけ上がる。
 ルーイは胸だけでなく、下半身も明らかな反応をみせていた。

 軽く笑って更に一歩ベッドへ近づくと、白いシャツだけになっている両肩に手を置く。

「そう言うな。お前に見られているんだから……」

 そのまま体重を掛けてベッドに押し倒そうとする。
 しかし、グイ、と強く腕を引かれて体が反転した。
 ルーイが押し倒されてレオンハルトを見上げる格好になる。
 白地に金の刺繍が施された、肌触りのいいシーツに皺が出来る。
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