歌姫の罪と罰

琉莉派

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第二章 殺人

第十五話 娼婦のごとく

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 翌日、私は再び貝原に抱かれた。
 新横浜の場末のラブホテルの一室だった。

「疲れているから今日は勘弁して」

 と言ったが、貝原は許してくれなかった。

「せめて普通のホテルにしてほしい」

 と頼んでも、

「変に清潔なところは、欲情しないんだ」

 と却下された。

 彼の愛撫は相変わらずねちねちと執拗で、容赦がなかった。
 早く果ててほしいと色々試みるのだが、彼はしぶとかった。一旦、果てても、すぐに回復してのしかかってくる。

「舞台のためだったら、どんなことでも耐えられる」

 琴美にそうは言ったものの、この地獄のような日々に果たしていつまで我慢できるだろうか。

 ――百合亜さんのような人は、間違いなく壊れてしまいますよ。

 琴美の言う通り、このままでは早晩精神が崩壊してしまいかねない。
 いや、もうすでに壊れ始めているのかも知れない。こんな屈辱を黙って受け入れている時点で、私はすでに本来の私ではない。

 しかし、他にどうしろというのだ。拒絶すれば、声楽家としての生命が断たれてしまう。歌う場を失った私は、走れない競走馬と同じだ。生きている価値はない。

 貝原のにやけた顔が目の前に迫ってきた。荒々しく唇が塞がれる。
 長い長い、キスの始まりだ。ねっとりと、舌をからめてくる。
 私は、このキスが一番嫌だった。他のどんな行為にも増して、つらく苦しい。

 ――もう、やめて!

 口元まで出かかった言葉を呑み込み、身体を強張らせて必死に耐える。吐き気が込み上げ、瞳からは涙が溢れ出した。

 ――やはり無理だ。

 耳元で声が聞こえた。 

 ――私には、耐えられない。

 だが、どうすればいい。この地獄から逃れようと思えば、刑務所行きを覚悟しなくてはならない。ミミ役は他人の手に渡り、少なくとも数年間は歌う機会を奪われてしまうだろう。下手をすれば一生、日の当たる場所に戻ってくることは叶わない。

 それだけは絶対にお断りだ。ようやく手にしたミミ役を手放してなるものか。
 では、貝原からの陵辱を、このまま甘んじて受け続けるのか。

 それも嫌だ。

 だったら、貝原を殺す以外に方法はないじゃない。

 ――貝原を殺す?

 突然脳裏にひらめいた自分の考えにどきりとして、思わずかぶりを振った。

「おい、何やってんだ」

 キスを外された格好の貝原は不機嫌そうに言うと、私の顔を右手でぐいと掴み、再び口と口を合わせた。

 ――女の私に、この貝原が殺せると思う?

 寝ているところをひと思いにやるのよ。 

 ――犯行が発覚したら一生塀の中よ。

 完全犯罪なら大丈夫。

 ――無理よ、そんなこと。

 一生レイプされ続けてもいいの?

 ――私はあずさを殺していないのよ。正直に話せば、それほどの罪にはならないかもしれない。

 かもね。でも復帰できたとしても、その時は四十を過ぎている。母親と同じように人々から忘れ去られ、残りの人生を過去の栄光にすがって生きていくしかないのよ。

 ――黙って。

 これはあなた自身の声よ。

 ――黙りなさい。
 
 気がつくと、私は四つん這いにされ、背後から激しく突かれていた。

「愛してるよ、百合亜」

 息遣いとともに、激しいピストン運動が繰り返される。
 全身に虫唾が走り、膣内は痛みしか感じない。
 それでも、キスよりは遥かにましだった。

 彼の顔を見なくても済むのだから――。
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