13 / 55
第一章 ミュージカル界へ
第十二話 琴美の推理
しおりを挟む昼食の後、私は琴美に案内してもらって近くの靴屋へ向かった。歩いて五分ほどのところに量販店がある。
午後の稽古開始時間が迫っているので、急いでナイキの白のスニーカーを購入して外へ出た。
「百合亜さんのシューズを切り裂いた犯人ですけど……」
考え込むようにうつむいて隣を歩いていた琴美が、ふと思いついたように口を開いた。
「え?」
「ひょっとしたら、西條敦子さんかもしれませんね」
ぽかんとして琴美を見た。
「どういうこと?」意味が分からない。
「西條さんは、あずさのことを嫌っています。だから、あずさに罪をなすりつけるために、百合亜さんのシューズを切り裂いたんじゃないでしょうか」
「いくらなんでもそれは……」
考え過ぎじゃないだろうか。敦子は陰に回ってこそこそ陰湿なことをするタイプには見えない。正面からずけずけ言うのが彼女のやり方だ。
「いくらあずさを嫌っているからって、そんなことまでするかしら」
「しますよ」
琴美はきっぱりと言った。
「西條さんのあずさへの憎悪は、普通じゃないんです」
「ミミ役を獲られたから?」
昨夜の更衣室での二人の諍いが蘇ってくる。
「それもあります。本来なら、ミミは西條さんが演じるべき役柄です。この十年間、ずっと劇団のトップを担ってきたのはあの方ですから」
私はミュージカルに疎いため知らなかったが、西條敦子は長年劇団の看板女優であったらしい。
「その地位をあずさに奪われそうだという焦りは当然あるはずです。でも、それだけじゃないんです……」
琴美は周囲を見回してから、声をひそめて言葉を継いだ。
「西條さんはずっと、滝沢先生とお付き合いしていたんです」
「そうなの?」
思わず声が高くなった。
「結婚まで誓い合った仲でした。それが急にお別れすることになって、その直後にラ・ボエームの座内オーディションがあったんです。結果はご存知の通り。西條さんは選に漏れ、あずさが最終に残った」
「つまり……」
「西條さんは役だけでなく、滝沢先生もあずさに奪われたと思っているんです。どちらかというと、そのショックの方が大きいでしょう。あの方は女優としてよりも女としての人生をより大切にされる方でした。結婚したら引退して家庭に入ると公言されていたくらいですから。それだけに、あずさを憎む気持ちは人一倍強いはずです。少し前までの西條さんは、とてもお優しい方だったんです。あんな暴言を吐いたりするような方じゃなかった。すっかり変わってしまわれました」
その物言いには、西條敦子に対する同情が強く感じられた。
「でも、滝沢さんがあずさに乗り換えたというのは本当の話なの?」
「分かりません」
琴美は言った。「劇団内でそういう噂があるのは事実ですけど、誰も確かめたわけじゃないし」
「西條敦子のたんなる思い込みということもあるわけね」
「はい」
「私は部外者だから率直に言わせてもらうと、西條敦子はミミをやるには年を取り過ぎていると思うわ」
「ええ……まあ」
琴美は少し不服そうな表情をした。その意味をはかりかねたが、かまわず続けた。
「その点、イメージだけでいえば、片桐あずさはミミにぴったりよ」
「でも歌が下手じゃないですか。百合亜さんもそう思ったでしょう」
「下手だとは思わないけど、声量は圧倒的に不足しているわね」
「だから、彼女が最終に残ったことが不思議なんです。みんなそう思ってますよ」
おや、と思った。琴美もあずさのことを嫌っているのだろうか。
同期入団にもかかわらず、あずさだけが成功への階段を登り始めたことに嫉妬を抱いているのかもしれない。まあ、抱かない方がおかしいだろう。
私にこれほど肩入れし、付き人を自ら志願した裏には、あずさにミミ役をやらせたくないという思惑も少なからずあるのかもしれない。
「急ぎましょう。遅れちゃう」
琴美が腕時計を見て、慌てたように言った。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
[恥辱]りみの強制おむつ生活
rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。
保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
妻がエロくて死にそうです
菅野鵜野
大衆娯楽
うだつの上がらないサラリーマンの士郎。だが、一つだけ自慢がある。
美しい妻、美佐子だ。同じ会社の上司にして、できる女で、日本人離れしたプロポーションを持つ。
こんな素敵な人が自分のようなフツーの男を選んだのには訳がある。
それは……
限度を知らない性欲モンスターを妻に持つ男の日常
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる