新撰組のものがたり

琉莉派

文字の大きさ
上 下
68 / 73
第七章 転石のごとく

第六話 鳥羽伏見の戦い

しおりを挟む
 
 十二月九日、王政復古おうせいふっこの大号令が発せられた。

 これは江戸幕府および摂関政治を廃止し、京都守護職と京都所司代も解体して、天皇中心の新政府樹立を宣言するものである。

 これ自体は大政奉還と大筋で変わらない。

 問題は、十五代将軍・徳川慶喜の処遇である。
 彼は、新政府の一員から完全に除外された。のみならず全国に所有する領地をすべて没収される憂き目にあう。

 これによって、徳川家が一定の権限を今後も保持し続ける道は完全に断たれた。
 薩長によるクーデターである。
 
 幕府としては、ここまでコケにされたのでは、戦争に訴える以外にとるべき手段はなかった。
 慶喜の決断により、戦闘の火蓋が切っておとされる。
 
 新撰組は伏見奉行所に配備された。
 薩長軍を迎え撃つ最前戦基地である。


 年が明けて一月三日、鳥羽伏見の戦いが勃発した。

 新撰組にとって、事実上初めての戦争参加となる。上京以来、攘夷戦争や長州征伐への参加を再三願いながらも叶わずにきたが、ついに戦闘の機会を得たのだ。

 だが、そこに近藤と沖田の姿はなかった。
 沖田は労咳が悪化し、近藤は高台寺党の生き残りから狙撃され右肩を負傷したため、ともに大坂へ送られたのだ。

「情けないですね」

 大坂城内の一室に横たわりながら、沖田は歯噛みするように言った。

「まったくだ」

 近藤も天井を見上げながら、悔しそうに呟く。肝心な時に役に立てないおのれの不甲斐なさに、いたたまれぬ気持ちだった。

 今はただ、土方が指揮する新撰組の奮闘を陰で祈るほかなかった。


             ☆


 その土方ら新撰組の面々は、戦闘勃発日である一月三日、伏見区御香宮ごこうのみやにおいて敵の砲列に白刃攻撃を仕掛けていた。

 会津藩とともに決死の覚悟で戦いを挑んだが、白刃と旧式銃のみの布陣では、欧米列強から調達した新式のミニエー銃や大砲を備える薩長軍の前に手も足も出なかった。

 惨めな敗戦を喫し、淀に撤退する。
 五日は淀堤の千両松に場所を移して戦うが、ここでも劣勢を強いられ、試衛館以来の仲間である井上源三郎を失うこととなる。

 最年長で温厚な人柄。仲間割れが起こった時は常に冷静な対応で宥め役に回り、皆から「源さん、源さん」と親しまれてきた男の死。
 土方はその首を隊士に携帯させて退却をはかるも、重くて運びきれず、途中で田んぼの中に埋めた。

「ごめんよ、源さん」

 土方は手を合わせて謝った。


 その日の午後、淀小橋にて、敵陣ににしき御旗みはたが高々とひるがえった。
 それは、薩長軍が晴れて官軍となったあかしであった。

 これに逆らう者は賊軍、すなわち朝敵となる。

 錦の御旗を前にして、幕府軍は総崩れとなった。
 徳川慶喜は翌日、松平容保や桑名定敬、板倉勝静ら近臣を率いて大坂城を脱出し、開陽丸にて江戸へ逃げ帰ってしまう。

 取り残された新撰組は、ほうほうのていで大坂城に辿り着き、近藤・沖田と再会を果たす。

「大樹公が逃げ帰ったってのは本当か」

 土方はいきり立った顔で訊いた。

「ああ」

 と近藤は頷いた。

「容保様も老中連中もみな江戸へ発った」
「なんてこった」

 土方は天を仰いだ。

「総大将が真っ先に逃げ出してどうするんだ」
「まったくだ」

 近藤も憤慨したように顔を赤く染めた。


 新撰組の面々は一月十二日、順動丸と富士山丸に分乗し、徳川慶喜の後を追うように江戸へと向かう。

 鳥羽伏見での惨めな敗戦で、もはや刀や槍の時代ではないと痛感した土方は、江戸に着くとばっさりとまげを落とし、軍服に革長靴という西洋人のようないでたちに変身を遂げた。

 古い考え方のままでは、とてもこの戦争に勝利することはおぼつかないと思ったのだ。

 まずは自身の姿を時代に沿うように改革した。
 しかし、魂までも売り渡したわけではない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

よあけまえのキミへ

三咲ゆま
歴史・時代
時は幕末。二月前に父を亡くした少女、天野美湖(あまのみこ)は、ある日川辺で一枚の写真を拾った。 落とし主を探すべく奔走するうちに、拾い物が次々と縁をつなぎ、彼女の前にはやがて導かれるように六人の志士が集う。 広がる人脈に胸を弾ませていた美湖だったが、そんな日常は、やがてゆるやかに崩れ始めるのだった。 京の町を揺るがす不穏な連続放火事件を軸に、幕末に生きる人々の日常と非日常を描いた物語。

朱元璋

片山洋一
歴史・時代
明を建国した太祖洪武帝・朱元璋と、その妻・馬皇后の物語。 紅巾の乱から始まる動乱の中、朱元璋と馬皇后・鈴陶の波乱に満ちた物語。全二十話。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

沖田氏縁者異聞

春羅
歴史・時代
    わたしは、狡い。 土方さまと居るときは総司さんを想い、総司さんと居るときは土方さまに会いたくなる。 この優しい手に触れる今でさえ、潤む瞳の奥では・・・・・・。 僕の想いなんか蓋をして、錠を掛けて捨ててしまおう。 この胸に蔓延る、嫉妬と焦燥と、独占を夢みる欲望を。 どうして俺は必死なんだ。 弟のように大切な総司が、惹かれているであろう最初で最後の女を取り上げようと。 置屋で育てられた少女・月野が初めて芸妓としてお座敷に出る日の二つの出逢い。 不思議な縁を感じる青年・総司と、客として訪れた新選組副長・土方歳三。 それぞれに惹かれ、揺れる心。 新選組史に三様の想いが絡むオリジナル小説です。

籠中の比翼 吉原顔番所同心始末記

紅侘助(くれない わびすけ)
歴史・時代
 湯飲みの中に茶柱が立つとき,男は肩を落として深く溜息をつく ――  吉原大門を左右から見張る顔番所と四郎兵衛会所。番所詰めの町方同心・富澤一之進と会所の青年・鬼黒。二人の男の運命が妓楼萬屋の花魁・綾松を中心に交差する。  男たちは女の肌に秘められた秘密を守ることができるのか。

処理中です...