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第七章 転石のごとく
第四話 土方vs近藤
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翌日。
夕食を終えた土方とお琴がとりとめのない会話を交わしていると、若い隊士が訪ねてきた。
「近藤先生がお呼びです。至急、休憩所のほうへ来てほしいと」
「何かあったのか?」
「坂本龍馬が近江屋で暗殺されたそうです。そのことで、土方さんに話があると」
「分かった」
土方はいそいで身支度を整える。
「行かれるのは危険です」
お琴が言った。
「高台寺党の方々は、近藤さんと二人きりのところを襲うと言っていました」
「心配するな」
「でも……」
「近藤さんと俺の関係を知っているだろう。多摩で培った友情が、そう簡単に壊れるものか」
「ここは京都ですよ」
「すぐに戻る。先に寝ていろ」
お琴に言い含め、土方は外へ出る。
ひんやりする冬の夜気が頬をなぶった。
近藤の別宅に着くと、門の前に近藤が一人で立っていた。
「そんなところで何してる?」
怪訝に思って訊いた。
「今まで伊東さんが来てたんだ。見送りに出て、そのまま酔いざましに夜風に当たってた」
「そうか」
近藤はなぜか、土方を邸内に招き入れようとはせず、いつまでもその場に立ち続ける。
「伊東は一人で来たのか」
「ああ」
と、うなずいてから、
「ちょっと歩かんか」
「歩く?」
「歩きながら話そう」
近藤は土方の返事も聞かずに、一人歩き始める。酔っているのか、千鳥足である。
どこか様子がおかしい。
そう思いつつ、土方は後を付いていった。
七条油小路の辻に差し掛かったところで、近藤がふいに立ち止まる。
「坂本龍馬が殺されたよ」
土方も立ち止まった。
「らしいな。さっき聞いた」
「まさか、歳さん。あんたがやったんじゃないだろうな」
「何をいってる」
土方は眉根を寄せた。
「俺が近藤さんに内緒で勝手にそんな真似をするはずないだろう」
「そうかな」
近藤は訝るように首を曲げる。
「ここ数日、夕方になると屯所を抜けるそうじゃないか」
「野暮用だ。今、お琴と一緒に暮らしてる」
「本当に坂本龍馬を殺ったのは歳さんじゃないのか」
「俺じゃない」
「おかしいな」
「何がおかしい?」
「暗殺現場である近江屋に、下駄と刀の鞘が落ちていたそうだ。下駄は俺たちがよく使う先斗町の瓢亭のもので、刀の鞘は原田左之助のものとそっくりだ。伊東さんが現物を確認して奉行所で証言している。だから奉行所は新撰組の仕業だと確信している」
「なんだと」
「原田に問い質したら、その刀は数日前に紛失したそうだ」
「はめられたんだよ」
土方は顔を紅潮させた。
「何者かによって、下手人に仕立て上げられたんだ!」
「どうやら、そのようだな」
低い声で言うと、近藤はぐいと腰を落とした。
「ここ京都では、人を疑わずに生きていくなんて無理な話さ、歳さん」
「どういう意味だ」
「京は裏切りの町だ。だれも信用できねえ。たとえ親兄弟でもな」
投げつけるように言うや、近藤は腰の刀を引き抜き、気合もろとも土方に襲い掛かった。
「やゃぁぁぁ!」
刀が、ぶん、と土方の顔のあたりを横殴りにした。
土方は身を縮めて太刀をかわすのが精一杯だった。
次の瞬間、肉を裂く鈍い音と、声帯を締め上げられたような呻き声が上がった。
土方が振り返ると、一人の浪士が胸を真一文字に裂かれ、口から鮮血を噴き出しながら倒れ込んでいく。
近藤が血糊のついた刀を振り上げて叫んだ。
「歳さん。伊東が薩長側に寝返った!」
「なんだと」
土方が呆気にとられていると、暗闇の中から伊東、藤堂、斉藤ら十数名の高台寺党員が現れ、二人を取り囲んだ。
「近藤さん、話が違いますよ」
伊東が恨みがましい目つきで言った。
「みくびってもらっちゃ困るぜ、伊東さん。歳さんとは義兄弟の契りを結んだ間柄だ。俺が竹馬の友を裏切ると思うかい」
言って、隣の土方を見る。
「黙ってて悪かったな、歳さん。敵を欺くには、まず味方からってな」
近藤は不敵に笑った。
「近藤さん。残念ですよ」
伊東が顔をねじ曲げて言う。
「あなたも同じ志だと思っていたのに」
「志はおんなじだ、伊東さん。――だが、生き方が違う」
「斬れ!」
伊東が大声で命じた。
斎藤を先頭に高台寺党員らが二人ににじり寄る。
だが斉藤は何を思ったか、突然身を反転させると同志の一人を一刀のもとに斬り捨てる。
党員らは意味が分からず、身を強張らせて後ずさった。
斎藤はすっと近藤の横に並ぶと、刃先を伊東と藤堂に向かって突き出す。
「斉藤さん」
「斉藤、貴様!」
藤堂と伊東が驚いたように声を張り上げる。
斉藤は涼しい顔で平晴眼に構えた。
「歳さん」
近藤は土方に悪戯っぽく微笑みかける。
「強硬策だけじゃうまくいかないって言ったろ」
暗闇から沖田、永倉、原田、井上の四名が現れ、近藤と土方を守るように配置についた。
それを見て土方が、
「伊東」
と呼び掛ける。
「お前の負けだ」
「それはどうかな」
伊東は口元をゆがめると、
「逆賊どもを皆殺しにしろ!」
と号令を発した。
高台寺党員が一斉に斬りかかる。
両者の白刃が激しくぶつかり合い、暗闇に火花が散った。
新撰組七名。対する高台寺党十一名。
互いに手の内は知り尽くしている。
「散れ!」
近藤の合図で、新撰組の面々は辻を四方に走った。
夕食を終えた土方とお琴がとりとめのない会話を交わしていると、若い隊士が訪ねてきた。
「近藤先生がお呼びです。至急、休憩所のほうへ来てほしいと」
「何かあったのか?」
「坂本龍馬が近江屋で暗殺されたそうです。そのことで、土方さんに話があると」
「分かった」
土方はいそいで身支度を整える。
「行かれるのは危険です」
お琴が言った。
「高台寺党の方々は、近藤さんと二人きりのところを襲うと言っていました」
「心配するな」
「でも……」
「近藤さんと俺の関係を知っているだろう。多摩で培った友情が、そう簡単に壊れるものか」
「ここは京都ですよ」
「すぐに戻る。先に寝ていろ」
お琴に言い含め、土方は外へ出る。
ひんやりする冬の夜気が頬をなぶった。
近藤の別宅に着くと、門の前に近藤が一人で立っていた。
「そんなところで何してる?」
怪訝に思って訊いた。
「今まで伊東さんが来てたんだ。見送りに出て、そのまま酔いざましに夜風に当たってた」
「そうか」
近藤はなぜか、土方を邸内に招き入れようとはせず、いつまでもその場に立ち続ける。
「伊東は一人で来たのか」
「ああ」
と、うなずいてから、
「ちょっと歩かんか」
「歩く?」
「歩きながら話そう」
近藤は土方の返事も聞かずに、一人歩き始める。酔っているのか、千鳥足である。
どこか様子がおかしい。
そう思いつつ、土方は後を付いていった。
七条油小路の辻に差し掛かったところで、近藤がふいに立ち止まる。
「坂本龍馬が殺されたよ」
土方も立ち止まった。
「らしいな。さっき聞いた」
「まさか、歳さん。あんたがやったんじゃないだろうな」
「何をいってる」
土方は眉根を寄せた。
「俺が近藤さんに内緒で勝手にそんな真似をするはずないだろう」
「そうかな」
近藤は訝るように首を曲げる。
「ここ数日、夕方になると屯所を抜けるそうじゃないか」
「野暮用だ。今、お琴と一緒に暮らしてる」
「本当に坂本龍馬を殺ったのは歳さんじゃないのか」
「俺じゃない」
「おかしいな」
「何がおかしい?」
「暗殺現場である近江屋に、下駄と刀の鞘が落ちていたそうだ。下駄は俺たちがよく使う先斗町の瓢亭のもので、刀の鞘は原田左之助のものとそっくりだ。伊東さんが現物を確認して奉行所で証言している。だから奉行所は新撰組の仕業だと確信している」
「なんだと」
「原田に問い質したら、その刀は数日前に紛失したそうだ」
「はめられたんだよ」
土方は顔を紅潮させた。
「何者かによって、下手人に仕立て上げられたんだ!」
「どうやら、そのようだな」
低い声で言うと、近藤はぐいと腰を落とした。
「ここ京都では、人を疑わずに生きていくなんて無理な話さ、歳さん」
「どういう意味だ」
「京は裏切りの町だ。だれも信用できねえ。たとえ親兄弟でもな」
投げつけるように言うや、近藤は腰の刀を引き抜き、気合もろとも土方に襲い掛かった。
「やゃぁぁぁ!」
刀が、ぶん、と土方の顔のあたりを横殴りにした。
土方は身を縮めて太刀をかわすのが精一杯だった。
次の瞬間、肉を裂く鈍い音と、声帯を締め上げられたような呻き声が上がった。
土方が振り返ると、一人の浪士が胸を真一文字に裂かれ、口から鮮血を噴き出しながら倒れ込んでいく。
近藤が血糊のついた刀を振り上げて叫んだ。
「歳さん。伊東が薩長側に寝返った!」
「なんだと」
土方が呆気にとられていると、暗闇の中から伊東、藤堂、斉藤ら十数名の高台寺党員が現れ、二人を取り囲んだ。
「近藤さん、話が違いますよ」
伊東が恨みがましい目つきで言った。
「みくびってもらっちゃ困るぜ、伊東さん。歳さんとは義兄弟の契りを結んだ間柄だ。俺が竹馬の友を裏切ると思うかい」
言って、隣の土方を見る。
「黙ってて悪かったな、歳さん。敵を欺くには、まず味方からってな」
近藤は不敵に笑った。
「近藤さん。残念ですよ」
伊東が顔をねじ曲げて言う。
「あなたも同じ志だと思っていたのに」
「志はおんなじだ、伊東さん。――だが、生き方が違う」
「斬れ!」
伊東が大声で命じた。
斎藤を先頭に高台寺党員らが二人ににじり寄る。
だが斉藤は何を思ったか、突然身を反転させると同志の一人を一刀のもとに斬り捨てる。
党員らは意味が分からず、身を強張らせて後ずさった。
斎藤はすっと近藤の横に並ぶと、刃先を伊東と藤堂に向かって突き出す。
「斉藤さん」
「斉藤、貴様!」
藤堂と伊東が驚いたように声を張り上げる。
斉藤は涼しい顔で平晴眼に構えた。
「歳さん」
近藤は土方に悪戯っぽく微笑みかける。
「強硬策だけじゃうまくいかないって言ったろ」
暗闇から沖田、永倉、原田、井上の四名が現れ、近藤と土方を守るように配置についた。
それを見て土方が、
「伊東」
と呼び掛ける。
「お前の負けだ」
「それはどうかな」
伊東は口元をゆがめると、
「逆賊どもを皆殺しにしろ!」
と号令を発した。
高台寺党員が一斉に斬りかかる。
両者の白刃が激しくぶつかり合い、暗闇に火花が散った。
新撰組七名。対する高台寺党十一名。
互いに手の内は知り尽くしている。
「散れ!」
近藤の合図で、新撰組の面々は辻を四方に走った。
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