新撰組のものがたり

琉莉派

文字の大きさ
上 下
48 / 73
第六章 第二次長州征伐

第三話  内通

しおりを挟む
 
 年が明けて慶応二年(一八六六)一月二十日。

 お琴が突然、土方を訪ねて屯所へ現れた。
 何度か待ち合わせて外で食事をしたことはあるが、彼女が屯所へやってくるのは初めてのことだ。
 それも非常に慌てた様子で、

「二人だけでお話がございます」

 と蒼白の顔でいう。

 人気のない八畳間に通し、ふたりきりになると、お琴は切迫した表情で切り出した。

「薩摩藩邸に、長州の桂小五郎さんが見えています」
「桂……?」
「十日ほど前から薩摩藩邸に滞在なさっています」
「どういうことだ」

 桂小五郎といえば、長州藩の実質的な政治主導者である。
 池田屋事件の際には、五つ時(午後九時)に訪問するもまだ同志が誰もおらず、出直すつもりで近くの対馬屋敷別邸に寄っていたため難を逃れている。

「なぜ、桂小五郎が薩摩藩邸に……」
「分かりません。ほとんどの時間をあてがわれた部屋の中で一人で過ごし、時折、西郷様と何やら密談をなさっているご様子」
せぬな」
家中かちゅうの者が申すには、同盟を結ぶお話ではないかと」
「同盟? ……馬鹿な」

 土方は一笑に付した。

「薩摩と長州は犬猿の仲だ。手を結ぶはずがない」
「そうでしょうか」
「ありえない」
「でも、かれこれ十日も滞在なさっているのですよ」
「おそらく、長州処分案の決定を聞いて、西郷に泣きついているのだろう」
「どういう意味です?」

 先日、永井尚志が新撰組の近藤・伊東らとともに広島へ赴き、長州への訊問をおこなった。その結果をもとに処分案が決定している。
 内容は、藩主と世子の隠居、十万石の削減など相当厳しいもので、これを受け入れなければ、長州征伐軍を差し向けるという最後通告だ。
 桂は、この条件を緩和するよう西郷に口利きを求めているのだろう。

「しかし」

 とお琴は反駁はんばくするように言う。

「今朝になって、坂本龍馬様もいらっしゃいました」
「なに」

 途端に土方の顔色が変わった。

「坂本さんが?」
「はい。坂本さんは先ほど私の顔を見て、慌てたように気まずい微笑を浮かべていらっしゃいました。明らかに私に来訪を知られたことに困惑しているご様子でした。それで心配になって急いでお報せに参ったのです。あの方なら、薩長を結びつけることくらいお出来になるのではありませぬか」

 坂本龍馬は、勝海舟が軍艦奉行を罷免され、海軍操練所も閉鎖に追い込まれたことから、幕府と決別し、現在は反幕府的な立場を鮮明にしている。

 その坂本と、薩長を代表する実力者ふたりが、一堂に介している。
 これをどう解釈すべきか。
 土方は腕組みして宙をにらんだ。

 お琴が言うように、薩長同盟の策謀がうごめいているのだろうか。
 しかし、八月十八日の政変で死闘を繰り広げ、犬猿の仲である薩摩と長州が、そう簡単に手を結ぶとはにわかに信じがたい。

「そんなことより……」

 土方はふと、目の前のお琴に視線を戻した。

「藩邸を抜け出したりして大丈夫なのか」

 もし仮に薩長同盟の話し合いが進んでいるとしたら、それを新撰組に内通したお琴はただでは済むまい。

「丁度買い物を言いつかっておりましたゆえ、それにかこつけて出てきました」
「すぐに戻れ。見つかったらまずいことになる」
「はい」

 お琴は小さくうなずいて立ち上がる。

「報せてくれて、ありがとう」

 土方は玄関先で、穏やかな声で礼をのべた。

「少しでもお役に立てたなら、嬉しゅうございます」
「だが二度とこのようなことはしてくれるな。お前の身が心配だ」

 お琴はにっこりとほほ笑み、小さく一礼すると、屯所をあとにした。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

浅葱色の桜

初音
歴史・時代
新選組の局長、近藤勇がその剣術の腕を磨いた道場・試衛館。 近藤勇は、子宝にめぐまれなかった道場主・周助によって養子に迎えられる…というのが史実ですが、もしその周助に娘がいたら?というIfから始まる物語。 「女のくせに」そんな呪いのような言葉と向き合いながら、剣術の鍛錬に励む主人公・さくらの成長記です。 時代小説の雰囲気を味わっていただくため、縦書読みを推奨しています。縦書きで読みやすいよう、行間を詰めています。 小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも載せてます。

黄金の檻の高貴な囚人

せりもも
歴史・時代
短編集。ナポレオンの息子、ライヒシュタット公フランツを囲む人々の、群像劇。 ナポレオンと、敗戦国オーストリアの皇女マリー・ルイーゼの間に生まれた、少年。彼は、父ナポレオンが没落すると、母の実家であるハプスブルク宮廷に引き取られた。やがて、母とも引き離され、一人、ウィーンに幽閉される。 仇敵ナポレオンの息子(だが彼は、オーストリア皇帝の孫だった)に戸惑う、周囲の人々。父への敵意から、懸命に自我を守ろうとする、幼いフランツ。しかしオーストリアには、敵ばかりではなかった……。 ナポレオンの絶頂期から、ウィーン3月革命までを描く。 ※カクヨムさんで完結している「ナポレオン2世 ライヒシュタット公」のスピンオフ短編集です https://kakuyomu.jp/works/1177354054885142129 ※星海社さんの座談会(2023.冬)で取り上げて頂いた作品は、こちらではありません。本編に含まれるミステリのひとつを抽出してまとめたもので、公開はしていません https://sai-zen-sen.jp/works/extras/sfa037/01/01.html ※断りのない画像は、全て、wikiからのパブリック・ドメイン作品です

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~

橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。 記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。 これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語 ※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

剣客逓信 ―明治剣戟郵便録―

三條すずしろ
歴史・時代
【第9回歴史・時代小説大賞:痛快! エンタメ剣客賞受賞】 明治6年、警察より早くピストルを装備したのは郵便配達員だった――。 維新の動乱で届くことのなかった手紙や小包。そんな残された思いを配達する「御留郵便御用」の若者と老剣士が、時に不穏な明治の初めをひた走る。 密書や金品を狙う賊を退け大切なものを届ける特命郵便配達人、通称「剣客逓信(けんかくていしん)」。 武装する必要があるほど危険にさらされた初期の郵便時代、二人はやがてさらに大きな動乱に巻き込まれ――。 ※エブリスタでも連載中

黒の敵娼~あいかた

オボロ・ツキーヨ
歴史・時代
己の色を求めてさまよう旅路。 土方歳三と行く武州多摩。

処理中です...