新撰組のものがたり

琉莉派

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第五章 近藤の傲慢と土方の非情

第三話  山南敬助の死

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 松平容保の仲裁によって、守護職屋敷の一室で近藤と永倉一派は無事和解をみることとなった。
 近藤は低姿勢で自らの不明を詫び、永倉らも気持ちよく了承した。

 土方は一切口を差し挟まず、この時は鬼の一面を封印した。「鬼」は最も効果的な場面で出現させなければ意味がない。

 そんな時、幕府から池田屋事件の功績を讃えて六百両の恩賞が下されることになった。事件直後に会津藩から五百両出ているが、今回は幕府が直接、それも個々人に対し何両と金額まで指定しての支給である。幕府がいかに池田屋事件を重視し、新撰組の働きを賞賛しているか分かろうというものだ。

 近藤は宴席を設け、池田屋事件にかかわった隊士らに自ら報奨金を手渡すことを決めた。場所は近藤の休憩所。妾の深雪太夫が手料理でもてなし、終始和やかな雰囲気に包まれた。

 だが部屋の一角に、そこだけ喧噪から取り残された空間がある。
 あの日池田屋への出動を拒否した十四名が居並んでいる。

 副長・山南の姿もある。

 山南は先程からじっと一点を凝視したまま静止しているが、他の十三名はいたたまれぬ様子で黒目を左右に泳がせ、顔を赤く染め、あるいは小刻みに震えている。
 まさに針のむしろの心境であろう。なぜ自分たちがわざわざこの場に呼ばれ、晒し者のように座らされているのか――。

 報奨金の内訳は、近藤が三十両、土方が二十三両、沖田・永倉ら討ち入り組が二十両。以下働きに応じて十七両組と十五両組があり、死者三名には二十両が宛てられている。
 当然、山南らに褒賞は一切ない。

「みんな、今日は俺のおごりだ。存分に飲んで食ってくれ」

 報奨金を配り終えると、近藤は上機嫌で言った。すでに本人はすっかり出来上がっている。

「それにしても感慨無量だ。江戸で芋道場、百姓剣法と揶揄された我々が――、浪士組の中でも鬼っ子のように扱われていた我々が――、剣の力で世間をあっと言わせたのだ。これほどの痛快があろうか。今や幕府も諸藩も一目置く存在となった。金もこれからどんどんぶんどってきてやる。俺は自分だけ贅沢しようなんてケチな了見は持ち合わせていない。みんなが命と引き換えに得た褒賞は等しく配分するつもりだ」

 隣に侍る深雪太夫が空になった近藤の盃に酒を注ぎ、

「京の街は二ヶ月以上経った今でも新撰組の話題でもちきりどすえ」

 としなを作って言った。

「どぅははははははは」

 赤ら顔の近藤は大笑いする。

「壬生浪人、一番見事にござそうろう」

 節をつけて太夫が唄うと、隊士たちからどっと歓声が上がる。
 近藤は、ふと気づいたように周囲を見回す。

「歳さんはどうした?」

 土方が先程からいないのである。すると若い隊士が、

「入隊希望者が殺到しておりまして、屯所にてその対応に追われております」

 近藤は相好を崩し、そうかそうか、と満足そうに頷く。池田屋事件以降、入隊希望者が引きも切らず、嬉しい悲鳴を発していた。
 ただ、人選に当たっては今まで以上に神経質にならざるを得なかった。長州の間者が紛れ込む恐れがあるからだ。実際、三名の間者が入り込み、これを成敗するという事件が池田屋直前に発生している。以来、西国訛りの希望者には用心するようになった。

 ――隊士は関東の者に限る。

 土方と近藤の間で合意を見た結論である。藤堂を江戸へ派遣したのもそのためだ。近藤も近々別の任務を兼ねて東帰する予定である。

 宴会は深夜にまで及び、そろそろ散会という段になって、土方が現れた。

「すみません、近藤局長、遅くなりました」
「おう、待っていたぞ、土方」

 皆が、あれ、という顔で二人を見る。呼称がいつもと違うことに気付いたのだろう。
 土方と近藤は目配せして頷き合うと、揃って改まったように正座の姿勢をとり、隊士らと相対する。

「みんな、聞いてくれ」

 土方が全員を見渡して言う。

「これより、近藤局長から重大な発表がある」

 皆何事かと近藤を注視した。
 近藤はわざとらしく一つ咳払いをしてから、もったいぶった調子で切り出した。

「みんな、池田屋では本当にご苦労であった。お陰で我々もようやく陽の当たる場所に出、世間から認知されるに至った。京の人々は今や我々の一挙手一投足に目を凝らしている」

 そこまで一息に言ってから、

「そこでだ」

 と息継ぎして続けた。

「これからは二度と壬生狼みぶろうなどと揶揄されることのないよう、襟を正していきたい。新しい集団として生まれ変わるのだ。そのために隊の規約を作りたいと思う」
「規約?」

 近藤の正面に座っている永倉が、小首を傾げるようにして言った。

「そうだ」

 土方が発言を引き取り、

「局中法度だ」

 とやおら立ち上がった。
 懐から奉書紙を取り出すと、それを広げて紙面に目を落とし、朗々とした声で読み上げていく。

 一つ、士道に背くまじきこと。
 一つ、局を脱するを許さず。
 一つ、勝手に金策をいたすべからず。
 一つ、勝手に訴訟を取り扱うべからず。
 一つ、私の闘争を許さず。

「以上五条である」

 土方は広げた紙を丸めながら、

「簡単に言えば、武士道にのっとり、誠の道を歩もうということだ。またこれらの条々に背き候者そうろうものには切腹を申し渡す」

 まるで朝の挨拶でも交わすかのように、何気ない口調でさらりと言った。

「えっ……?」

 隊士たちの顔に動揺があらわれる。

「切腹?」「切腹!?」

 囁き声があちこちで起こり、やがてどよめきとなって室内を満たした。
 それを鎮めるように、近藤が両手を前に出して口を開く。

「厳しすぎると思うかもしれないが、これはみんなを武士として扱えばこその措置だ。新撰組には様々な階層の出身者がいるが、俺は全員を武士として平等に扱いたい。そのための規約だ」

 だが、ざわめきは止まない。
 局中法度が、隊士らから自由を奪い、執行部への服従を強制することは明白だった。なにしろ、逆らえば切腹なのだから――。

「最初の条文の、『士道に背くまじきこと』とは、具体的にいかなることを指すのですか」

 永倉が突っかかるように質問した。


「ん?」

 と近藤は隣の土方を見る。

「文字通り、武士として正しい行ないか否かということだ」と土方。
「それは誰が判断するのだ」
「無論、局長である近藤先生だ」

 永倉は憮然とした顔で口先を尖らせる。

「皆、承知してくれるな」

 近藤の威圧するような問いかけに、

「……はい」

 隊士らは口々に答えるが、その声は小さくバラバラで、中には形だけの返事をしている者もいる。明らかに不満を湛えた顔も散見されるが、表立って異議を唱える者は一人もいなかった。

「では、そろそろ散会にしよう。みんなご苦労だった」

 近藤の言葉にそれぞれ立ち上がり、三々五々帰っていく。

「これでみんな、しゃきっとする。隊に規律が生まれるよ」

 近藤が嬉しそうに土方に言った。
 土方は、獲物を物色する猛禽もうきんのような鋭い目つきで、帰っていく隊士たちの様子をつぶさに観察している。幾人かがぶつぶつと不平を述べている声が小さく聞こえてくる。

 ――まったく、冗談じゃねえぜ。
 ――やってられねえよ。

 永倉のわざとらしい溜息も、はっきりと耳朶に届いた。

「いいや、彼らは分かっていない」

 土方は憤然とした顔で立ち上がった。

「ちょっと待て!」

 皆、びくりとして立ち止まり、何事かと振り返る。すでに部屋を出た者もおり、慌てて戻ってくる。

 土方は、局中法度が伊達や酔狂ではないことを全員に示す必要性を感じていた。でなければ、絵に描いた餅になってしまう。今、この瞬間の立ち居振る舞いで、新撰組の今後が決定するのだ。
 へその下の丹田《たんでん》にぐっと力を込めると、身震いするような気持ちで言葉を発する。

「これより切腹を申し渡す者がいる」
 
 鬼になる時が来たのだ。

 ――え。

 微かなどよめきが上がる。場は一瞬にして凍り付いた。

 土方はゆっくりと、一人の若い隊士の前まで歩を進めた。帰り際にぶつぶつと不平をもらしていた一人だ。

「高橋源治郎君」

 隊士の顔を見据えて続ける。

「局中法度第一条違反、士道不覚悟により、この場で切腹を申し渡す」

 まだ少年の面影を宿す二十二歳の高橋が驚き、うろたえたのは言うまでもない。

「な、なんで私が切腹なんですか」

 他の者たちも動揺した様子で息を呑む。

「池田屋事件に際し、臆病風に吹かれて脱落。士道不覚悟により切腹」
「私は臆病風に吹かれた訳ではありません」

 高橋は身を震わせながら反駁した。

「それに、池田屋に参加しなかった者なら、私だけじゃない。山南さんだって、岡崎さんだって、みんな参加してないじゃないですか」
「問答無用」

 土方は非情に言い放つ。「沖田、斉藤、押さえつけて切腹させろ」

 命じられた二人は戸惑った表情で顔を見合わせる。

「いいから、やれ!」

 土方の気魄に押され、二人は高橋を両側から掴み、無理やり座らせる。

 これは単なる脅しであろうか。それとも本当に切腹させる気だろうか。その真意を測りかねた様子で、一同は固唾を呑んで土方の次の出方をうかがっている。

「ひどすぎます。助けてください」

 今にも泣きそうな顔で、高橋は周囲に訴えた。だが、誰一人口を開く者はいない。

「池田屋の時は、局中法度はなかったじゃありませんか。こんなの、いんちきです。近藤さん、何とか言ってください」

 近藤は無言で腕を組み、目を閉じる。

「山南先生」

 今度は山南に助けを求める。

「あなただって、池田屋に行かなかったじゃありませんか」

 山南は苦渋の表情で顔を伏せた。

「往生際が悪いぞ。そんなに切腹が嫌なら、俺がこの場で貴様の首をはねる」

 そう言って刀を引き抜くと、土方は高橋の喉元に刃先を突きつけた。

「助けてくれぇ」

 ついに高橋は泣き叫んだ。

「太夫は見ない方がいい」

 近藤が、横で身を乗り出すようにしている深雪太夫に忠告した。
 だが太夫は逆にわくわくした様子で、

「いやあ、切腹なんて見るの初めてやわぁ。楽しみ」と瞳を輝かせている。

 沖田と斉藤が、高橋の着物の前を開いて腹を露出させ、無理やり脇差わきざしを手に持たせる。

「待て!」

 その時、声が起こった。 
 全員が声の主を見る。

 山南敬助である。顔が紅潮している。

「高橋君、腹を切る必要はない」
「山南さん、あなたは黙っていていただこう」
「私が代わりに切る」

 ――え。

 場の空気が揺れ、ざわめきが生じる。
 土方もさすがに驚いた表情で、顔を白くした。

「私は新撰組副長でありながら、局長命令に背いて池田屋へ向かわなかった。この責任は、私が負うのが道理でござる」

 そう言うや正座の姿勢をとった。

「山南さん……」近藤が驚いて腰を上げる。
「山南さん、何もあなたが腹を切る必要はない」永倉も慌てて言う。
「いや、切る」

 山南はムキになった様子で脇差を手にとった。

「ちょっと待って下さい」斉藤が訴える。
「近藤さん、何とか言ってくださいよ」最年長の井上が局長裁定を求めた。
「近藤さん、お願いします」原田も続く。

 近藤が口を開く。

「山南さん、何もあんたに腹を切れと言ってるわけじゃないんだ。これからは規律を重んじようと、そういう意味だから。なあ、歳さん」

 土方は無言で宙を睨んでいる。

「土方さん、何とか言ってください」斉藤が言った。
「試衛館時代からの仲間を見殺しにするんですか!」永倉も吼える。

 土方は無表情のまま、刀を鞘に戻した。

「池田屋の件については不問に付す。しかし、以後局中法度を犯した者は誰だろうと容赦はしない。それを忘れるな」

 土方としては、自分の本気度を示せただけで充分だった。これで明日から隊に規律が生まれるだろう。新撰組は新たな組織として生まれ変わるのだ。

 室内にほっとした空気が満ち、末端の隊士たちは皆、無言のまま去っていく。

 室内には試衛館一門だけが残された。
 誰もが、これまでの同志的連帯がこの瞬間に断ち切られたことを痛感していた。貧乏道場時代からつづいてきた仲間意識が、過去のものとなったのだ。

 いや、すでに池田屋事件の時から、変容は始まっていたのかもしれない。

 沈黙が、場を支配する。

「俺は先に失礼する」

 土方が言い、いたたまれない気持ちで足早に立ち去ろうとした時だった。

「待たれよ!」

 荒々しい声が彼の背に放たれた。

「局中法度の真意をお聞かせ願いたい」

 立ち止まった土方は、ゆっくりと振り返った。

「なに」と、言葉を発した山南を睨みつける。
「金策をいたしたり、隊を脱するだけで切腹とは、あまりにひどすぎる」
「隊には規律が必要だ。規律がなければ、隊はまとまらない」
「そうではありますまい」

 見透かしたように言った。

「隊がまとまらないのは、規律がないからではなく、思想がないからでしょう」
「なに」
「新撰組はもともと尊皇攘夷の集団として結成された。その思想を手放したがために、隊がまとまらなくなったのだ。だから恐怖で隊士を縛り付けるしかなくなった」
「黙れ!」

 血管を浮かび上がらせて吼える。

「いいや、黙らぬ」

 山南はすっくと立ち上がった。

「私は理想を失った新撰組に用はない。隊を抜けさせていただく」
「隊を脱する者は切腹」

 第二条を持ちだして言った。
 すると山南はにこりと、不敵な微笑を浮かべた。

「では切腹を申し渡されよ。――幕府の犬よ」
「なに!」
「山南さん」

 沖田が自制を求める。両者の意地と意地とがぶつかり合い、行くところまで行ってしまう事態を恐れたのだろう。

 実際土方は、山南の挑発に我を失っていた。
 感情的に言葉を発する。

「山南敬助。局中法度違反により切腹を申し渡す!」
「歳さん」

 たまらず近藤が叫んだ。

「お二人とも感情的になるのはお止めなさい」

 最年長の井上が諭すように言う。
 だが山南は、

「私は感情的になどなっていない」

 と再び座り、冷静な声で続ける。

「喜んで腹を切りましょう。ただし局中法度違反で切腹するのではない。新撰組を幕府に売り渡した、近藤・土方両氏への抗議で死んでいくのだ」

 山南は着物の前を開き、脇差を引き抜いた。

「近藤さん」「近藤さん」

 一門は口々に助命を嘆願する。
 近藤は視線を泳がせながら、ううむ、と唸り声を発した。

 山南は懐紙を脇差の根元に巻きつけながら、

「皆、目を覚ますんだ」

 と一門に語りかけた。

「今からでも遅くない。もう一度初心に返って、新撰組を尊皇攘夷集団として蘇らせるんだ。それが俺の遺言だ」

 もしもこの場に藤堂がいれば、あるいは最悪の事態は避けられたかもしれない。彼なら身体を張ってでも山南を思い止まらせただろうから。だがこの時、藤堂は江戸である。

 ぶすっ――。

 という鈍い音とともに、山南が自らの腹部に脇差を突き立てた。

 皆、茫然と立ち尽くしている。

 山南は歯を食い縛るようにして、真一文字に腹を切り裂いた。

「山南さん」「山南さん!」

 沖田が、永倉が、原田が、斉藤が、井上が――、山南にすがり寄った。
 近藤は白い顔で立ち尽くし、土方はあらぬ方を見据えたまま必死に無表情を貫いている。

 山南の腹部からどくどくと大量の血が流れ出る。顔は歪み、唇は色を失って震えている。微かな、息だけの声を使って、

「近藤さん……」

 と局長に呼びかけた。

「……あんたは……分かってるはずだ。……新撰組が……間違った……方向に……転がり始めていることを……近藤さん」

 近藤は取り乱すことなく超然とした態度を保とうとしている様子だが、こらえきれなくなったのか、

「山南さん」

 とついに声を発した瞬間、口から嗚咽が漏れ、双眸から涙が湧き出した。

「山南さん!」「山南さん!」

 一門が泣き叫んでその名を連呼する。
 その時、土方が山南に背を向けたまま言葉を発した。

「誰か……介錯かいしゃくをしてやれ」

 一門は互いに目を見合わせるが、誰もいかない。

「沖田!」
「はい」

 と涙を拭って立ち上がる。刀を抜き、上段に構えるが、振り下ろすことができない。

「沖田!」
「はい!」

 再び振りかぶるが、涙がどっと溢れて、再びそり返ったまま凝固した。
 すると永倉が悲愴な形相で立ち上がり、剣を引き抜くや、気合とともに山南の首を刎ね落とした。

 わっ、という慟哭が一門の口を衝き、彼らは畳にひれ伏した。
 深雪太夫だけは、恍惚の表情で落ちた首の行方を見つめている。
 近藤はこらえきれぬ様子で、背を震わせて嗚咽を発した。
 土方はその様を非難の眼差しで睨んでいる。
 一門の慟哭は、しばらくの間、止むことはなかった。

 沖田と斉藤が、布団を持ち出してきて山南の胴と首をくるみ、中庭へと運び横たえる。一門は遺骸に手を合わせ、それぞれ重苦しい沈黙のまま去っていった。

 残されたのは土方と近藤、深雪太夫の三名である。
 土方は、激昂に駆られた顔で盟友を睨みつけると、

「何なんだ、今の態度は」

 となじるように叫んだ。

「何をめそめそしてるんだ。俺が誰のために鬼になったと思ってるんだ。あんたのためじゃないか! 非情に徹しなきゃ、今後、隊をまとめていくことなど叶わない」
「済まなかった」

 近藤は慌てて涙を拭き、小さく頭を下げる。

「二度と隊士の前で今のような態度は見せないでくれ」
「分かった。悪かった、歳さん」

 土方はくるりと背を向けると、憤然とした様子でそのまま休憩所を後にする。
 その後ろ姿を見送った深雪太夫は、近藤の顔を覗き込むと、小馬鹿にしたように言葉を発した。

「あんさん、ほんまに局長どすか?」
「なに」

 と近藤が顔を上げる。

「なんや、土方はんの方が局長みたいやわぁ。みんなに命令して」

 近藤はばつの悪さを誤魔化すように、

「局長というのは無駄口を叩かず、どっしりと構えているものなんだ」
「どっしりって……」

 口元に手を添えて笑う。

「あそこまで言われて、何で言い返しはらへんのどす?」
「歳さんだって本当は辛いんだ。罪の意識を感じてるんだ。だから、ああやって突っ張っている。その気持ちを分かってやらなくちゃ」

 太夫は声を立てて笑った。

「あんさん、どこまで人がよろしいんどす」

 呆れたように言葉を継ぐ。

「あれが罪の意識を感じている顔どすか?」
「歳さんは、俺のために汚れ役に徹してくれているんだ」
「あんさん、あもおすなあ。二番手で満足する男がおると本気で思わはりますか?」

 近藤は無言で太夫を見る。

「うちは見たことおへん。芹沢はんが殺されて、山南はんが殺されて……今度は誰の番や思います?」

 近藤の顔が蒼白を帯びていく。

「あんさんや」 
「ば、馬鹿なことを言うな! 俺と歳さんは十八の時から先代のもとで剣術修行に明け暮れた仲だ。実の兄弟よりも強い絆で結ばれている」

 太夫は、ふふふ、と鼻先で笑う。

「そういう義兄弟の契りを結んだ方々が、騙し合い、殺し合うのを、たんと目にしてきました――。ここ京都は、裏切りの街や。だあれも信用でけへん」
「俺たちは違う!」

 近藤は大声で反駁した。
 自分と土方に限って、裏切りなどという魔物が忍び込む隙があろうはずがない。
 近藤はそう確信していた。
 

          ☆


 山南の死は、しばらくの間、秘匿された。

 近藤の江戸行きが決まっていたからである。
 松平容保から命じられた、ある任務を帯びての東帰だが、一年半ぶりとなる里帰りは近藤にとって故郷に錦を飾る絶好の晴れ舞台である。その場で仲間割れから山南が死んだなどと、とても口にすることはできない。山南は多摩の門人たちから最も慕われていた。何より重病の周斎を悲しませることになる。
 また同門の藤堂がこの時江戸におり、彼の耳に変な形でいきさつが伝わることを恐れたのだ。
 
 この時期の行軍録に山南の名前が一切現れないのは、既にこの世の人ではなかったためだ。今に伝わる彼の逸話は、同志らが美しい装飾を施して後の世に伝えたフィクションである。
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