新撰組のものがたり

琉莉派

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第五章 近藤の傲慢と土方の非情

第二話 造反

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 だが土方歳三はこの時、近藤とはまるで異なる認識を抱いていた。

 確かに一見、新撰組を取り巻く状況は劇的に改善したかに見える。傍から見た場合はそうだろう。
 しかし逆に、内部が腐り始めている。――そう感じるのだ。

 尽忠報国のみを標榜していれば良い時代は簡単だった。敵は常に外にあり、いずれ攘夷戦争で生死を共にするという連帯感が隊士の心を繋いでいた。死を前にした陶酔と恍惚も、集団を一つにする原動力となっていた。

 だが攘夷よりも内戦が重要課題となった現在では、隊士一人ひとりの考え方の微妙な差異が、組織の屋台骨を揺るがしかねない。

 池田屋事件への出動を拒否した山南とそれを支持する十数名のグループを隊内に抱えていることが心配の種だった。他にも様々な不平不満が隊士たちの間に渦巻いていることを土方は察知している。

 それらは、池田屋事件や禁門の戦争など、いくさがある時には表面化しない。やっかいなのは平和な時である。長州という巨大な敵が去った今こそ最も危険な時といえる。

 実際、その兆候を匂わす報告が沖田からいくつも上がっている。沖田は誰にでも愛される性格ですぐに人と打ち解けられる。それを利用して密偵といっては語弊があるが、内部の動向を探らせているのだ。彼は池田屋での吐血以来体調が思わしくなく、満足に剣術の稽古もできない状態で、せめて違う形でお役に立ちたいと土方の依頼を二つ返事で引き受けた。

「ちょっと、まずいですね」

 沖田が暗い表情でそう言ってきたのは、禁門の戦争が終わって一ヶ月ほど経過した時だ。

「山南か?」土方は訊いた。
「いえ、山南さんは静かです。山南さんを炊きつけようとする連中はいますが、決してそれに乗ろうとはしません。あの人は大人ですよ」

 確かに山南は陰でこそこそ画策するような人間ではない。

「では、何がまずいんだ」
「名前を挙げるとすると……」
「誰だ」
「永倉さんと原田さん。それに斉藤が巻き込まれようとしています」
「なに」

 試衛館一門の名前が飛び出したので、少なからず驚いた。

 この時藤堂は京にいない。怪我の治療を兼ね、江戸で新しい隊士を募集するため帰郷しているのだ。

「どういうことだ」
「ええ、それが……」

 と沖田が説明を始める。

 どうやら、事の発端は幕府から近藤に両番頭次席の打診があったことにあるらしい。それを近藤が受けそうな気配なので憤慨しているとのこと。もし近藤がこの重職に就けば、新撰組が幕臣となるばかりでなく、近藤と隊士らの関係は主君と家臣のそれへと変質する。
 永倉たちは武士階級の出身であり、近藤の家臣になることに強い抵抗がある。武士は二君に仕えず、との不文律にも抵触する。

「永倉さんたちは、最近の近藤先生の振る舞いに対しても強い不満を抱いています。以前は何事につけ試衛館一門に諮っていたのに、最近は近藤先生が一切を独断で決めて命令だけが降りてくる。これではとても同志とは言えない、自分たちを家臣扱いしているというんです」

 土方は顔をしかめた。
 彼らが不満に思っている体制の変化は、土方が意図して仕組んだことだ。今までのような同志的連合体では、巨大化した新撰組を支えきれない。近藤を頂点として、明確な主従関係を構築しなければ、隊がガタガタになってしまう。 

 背景には、池田屋討ち入り時の混乱があった。あのような事態を二度と引き起こしてはならない。しかしそれが試衛館の食客たちには気に食わないことらしい。

「それと、最近の近藤先生の浮かれぶりにも永倉さんたちは眉を顰めています。池田屋事件をまるで自分一人の手柄のように吹聴し、朝から酒の臭いをさせ、若い隊士に対しては気に食わないことがあるとすぐに暴力を振るう。ちなみに私もその点に関しては少なからず同感でして、近藤先生にも非があるのではないかと考えます」
「ううむ」
「永倉さんは、容保様に近藤先生の横暴を訴える建白書を提出すると息巻いています」
「何だと」

 土方は慌てた。そんな次元まで不満の鬱積は高まっているのか――。
  
 建白書が出されれば、おおごとになってしまう。
 なんとか内々で解決をはかろうと、土方は永倉らとの話し合いを申し入れた。

 しかし、永倉は、

「もはや手遅れにござる」

 とけんもほろろに突っぱね、建白書を松平容保のもとに提出してしまう。

 隊士六人の連名によるものだ。 
 永倉新八、原田左之助、斉藤一、尾関雅次郎おぜきまさじろう島田魁しまだかい葛山武八郎かづらやまたけはちろう

 彼らは近藤の非行を数々あげつらった上で、

「右について近藤が一つでも潔白を証明できるなら、我々六名は切腹してあい果てる。もし近藤が申し開きできないならば、速やかに彼に切腹を仰せつけください」

 という激烈な内容だった。

 土方は激憤に打ち震えた。
 またしても反乱が起きたのだ。山南敬助につづいて、永倉、原田、斎藤という気ごころの知れた初期メンバーが加わっていることが、事の深刻さを物語っている。

 よりによって、近藤に切腹を迫るとはいかなることだろう。
 好事魔多し、とはよくいったもので、新撰組が世間的評判をあげるほどに、内部では不協和音が激しくなっていた。

 建白書の内容を知った近藤は驚き、うろたえた。池田屋後の恍惚に酔い痴れているところへ、いきなり冷水を浴びせかけられた格好だ。近藤は、まさか足元でそんな策動が起きているなど夢にも思っていなかったようで、池田屋で生死をともにした永倉が、自分に切腹を迫る建白書を提出したことに衝撃を受けていた。

「あの永倉が俺のことをそんな風に思っていたなんて……」

 と、しょげ返っている。

「両番頭次席の話は断ろう」

 近藤は出世に色気を見せたことを反省していた。
 松平容保からは、自分が仲裁に入るから近藤さんも姿勢を低くして非を改めてくれ、と忠告が届いている。

「そうだな。幕臣になる話は、考え直したほうがよさそうだ」

 土方が答えた。

「それから……昼間から酒を飲んで、隊士らに横暴に接する最近の近藤さんの振る舞い。これもまずいよ」
「改める」神妙にいった。
「だが――隊内の統治体制に関しては、現状を維持しようと思う」
「え」
「近藤さんが全てを決めて、隊士らを従わせる。この上意下達じょういかたつのやり方は譲るわけにいかない」
「しかし……」

 と不安げな表情になる。

「京に出てきた頃の新撰組とは、規模も影響力もまるで違うんだ。いつまでも仲良しこよしじゃ、やっていけない。明確な規律と絶対的な命令系統が必要だ」
「しかし……永倉たちが納得するかな?」 
「奴らは甘えてやがるのさ。ごねれば近藤さんが折れると考えている。だから気に入らないことがあると、公然と駄々をこねるんだ。こんなことを許してたら、他の隊士たちに示しがつかない」
「それはそうだが……」
「合議制など論外だよ。新撰組は近藤さんの決裁によってあらゆることが動く。そういう組織に作り変えるんだ。今回のような造反劇は決して許しちゃいけない」
「……」
「俺に任せてくれ。鉄の規律で隊をまとめあげてみせる」

 鋭い口調で言うと、その眼を暗く底光りさせた。

「俺は明日から鬼になるぜ、近藤さん」



 
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