新撰組のものがたり

琉莉派

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第四章 絶望と栄光

第一話 さよ

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「どうなさったのですか。先程からずっと暗いお顔」

 さよは心配そうに相手の顔を覗き込んだ。
 十日ぶりの逢瀬おうせだというのに、目の前の男は一向に楽しそうにない。彼が金閣寺を見たいと言うから父に休みをもらって連れてきてあげたのに、金色の舎利殿を目にしても感嘆の声一つ上げるでなく、ただ凝然と眺めた後、

「へえ、これが……」

 と言ったきり、黙り込んでしまった。これでは会話が弾みようがない。

 池田屋の一人娘として、両親の愛情を一身に受け、蝶よ花よと育てられたさよにとって、目の前の男は生まれて初めて恋に落ちた異性であり、ふたりきりで逢引きするのはこれで三度目となる。
 昨晩はほとんど一睡もできないほど胸の高まりを覚え、もう彼なしでは生きていけないほど、この恋に夢中になっているさよだが、相手の男は先ほどから笑顔ひとつ見せることなく、ずっと仏頂面のままなのだ。

 いったい、どうしたというのだろう。 

「今日の沖田様、少しおかしいですよ」

 非難するようにいった。
「全然、楽しくなさそうです」
「そんなことはないです」

 沖田総司は反駁するように顔を上げる。

「だって……先ほどからずっと暗いお顔をなさって……笑顔ひとつお見せになりません。私との逢瀬が、そんなにつまりませぬか?」すねたように高い声を発する。 
「違います。誤解です」

 慌てたように胸の前で手のひらを激しく振る。

「さよさんと会うのが、楽しくないわけないじゃありませんか。とっても楽しいです。本当です」

 言って、口角を思いきり引き上げ、ニカッと笑う。白く美しい歯がこぼれる。しかし瞳は笑っていない。

「嘘ばっかり」

 さよは見透かしたようにいった。

「……まいったなあ」

 沖田は困ったように頭の後ろを掻く。

「さよさんの目は誤魔化せませんね」観念したようにいった。
「当り前です。いつもの沖田様と全然違いますもの。すぐに分かりますわ」
「……そうかもしれません」
「いつものとぼけた明るさは、どこへいったのですか?」

 彼はいつも、さよの前では笑顔を絶やさず、こちらを楽しませようと江戸や多摩地方のよもやま話をしてくれる。京との文化の違いに、驚いたり笑ったり、会話が途切れることがない。
 さよは、そんな沖田のとぼけた明るさが大好きなのだ。

「今日は、とても明るく笑えるような気分ではないんです」どんよりした顔でいった。
「そのようですね」
「すいません。せっかくの逢瀬なのに……」
「なにかあったのですか?」

 沖田の顔をのぞきこむように訊ねた。

「ええ……まあ……。まだ心の整理がついていないのです」
「どんなことです?」

 沖田は口元をきゅっと結び、痛みをこらえるような表情を作ると、

「実は……おととい……人を斬りました」
「まあ」

 と、さよは口に手をやった。

「生まれて初めて、人を殺しました――。それも、よく知っている人をです」
「そう……だったんですか」
「……ええ」 
「お辛かったのね」心中を察するように言った。

 沖田は小さく首肯する。

「その人を斬り殺した時……何とも言えない心の痛みが胸の内を走りました。それが今もつづいているんです」
「……」
「一人殺すと、あとは何人でも殺せるようになるという人がいるでしょう。でも僕は……いつまで経っても慣れそうにない」

 その時の感触を思い出したように両手を握りしめ、寂寥を帯びた目で虚空をみつめる。

「殺しに慣れた人なんて嫌ですわ」

 さよが眉をひそめて言った。

「池田屋に来る志士の方々の中には、天誅を下した時のお話を嬉々としてされる方がいらっしゃいますけど、聞いていて嫌な気分になることがあります」
「でも、そうならなきゃいけないんですよね。日本を異国の手から守るためには、異人を斬って斬って斬りまくらなきゃいけない。でも同じ日本人を斬るのはもうたくさんです」

 さよは小さく頷く。

「喜んでください」

 沖田は気持ちを切り替えるように、高く弾んだ声を出した。

「我々新撰組は、市中見回りの仕事から解放されて、攘夷が実行できることになりました」
「まあ」
「大樹公がまた上洛されるのです。今度こそ攘夷が決行されます。これで胸を張って尽忠報国の士と名乗れます」
「それはおめでとうございます」
「今まで、さよさんの前でずっと肩身が狭かったんですよ」
「そんな……」
「長州は異国船に砲撃を行なったし、薩摩も今やエゲレス相手に堂々と一戦を挑んでいる。遅ればせながら、我々も参戦します」
「私に何かできることがあれば、仰ってくださいね」
「もう充分してもらっています」
「私はもっと沖田様のお役に立ちたいのです」
「ありがとう」

 言って、熱い眼差しでさよを見つめたのち、

「僕は何もしてあげられないのに」

 と視線を足元に落とした。

「充分していただいております」
「さよさんと夫婦めおとになることはできません」
「分かっております」さよは笑う。
「僕らはいつでもこの国のために死ねるよう、攘夷が成就するまで係累けいるいは持たないと決めているのです。土方さんはそのため許婚と別れたし、近藤先生は妻子の待つ江戸に帰りたい気持ちを押さえて、京に留まり続けておられる」

 さよは全てを呑みこんだ顔で頷く。

「私は沖田様とこうしているだけで幸せです。それに攘夷戦争が勝利を収めたあかつきには、晴れて夫婦になれるわけですもの。その日を心待ちに致しております」」

 上気した頬で、彼のつぶらな瞳を見つめながら言った。それから明るい口調で、

「せっかくここまで来たのですから、龍安寺りょうあんじにも寄って行きましょう。是非、方丈庭園ほうじょうていえんを見ていただきたいわ」
「いいですね。行きましょう」

 沖田は大きく頷いた。

 
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