新撰組のものがたり

琉莉派

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第三章 新撰組誕生

第五話 暗殺

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 八木邸の外には、ずぶ濡れになった四つの人影があった。

 土方歳三、沖田総司、井上源三郎、山南敬助。

 いずれも顔の下半分を黒い布で覆い、目だけを異様にぎらつかせた姿で立ち尽くす。
 暗殺者の人選は土方と近藤で行なった。
 絶対に信用のおける人物でなければならず、芹沢とつるんでいた永倉と原田がまず外され、二十歳の藤堂と斎藤も除かれた。
 残ったのは、近藤をのぞく試衛館育ち三名と、山南である。
 近藤は現場不在証明アリバイ作りのため、角屋で隊士たちと飲んでいる。

「行くぞ」

 土方の号令で、四名は雨戸を外し、戸を蹴破って中へ侵入した。

 事前に担当が決められていた。山南が平山を、井上が平間を、沖田が野口を、そして土方が芹沢を仕留めるのである。

 この時、芹沢らは酔いつぶれ、それぞれ女とともに布団の中で寝入っていたが、戸が破られる物音に反応して即座に飛び起き、「何奴なにやつ」と土方らを睨む。

 土方は芹沢めがけて、ぶん、と刀を振り下ろした。
 芹沢はかろうじて左へ身体を捻ってかわし、床を転がりながら自分の刀を手にとる。だが寝起きの脳は彼の身体をふらつかせる。

 土方が、芹沢の刀を鞘ごと払い落とす。

「くそっ」

 素手でかかってくる芹沢を、真っ向から斬りつけた。
 肉と骨を裂く鈍い音とともに、長刀は芹沢の左肩にめりこんだ。
 眉間を狙ったのだが、芹沢の迫力に手元が狂ってしまったのだ。
 深く食い込み過ぎて引き抜くことができない。
 やむなく二の腕に力を入れ、ぐいと押し込んでいく。
 芹沢はたまらず膝をつく。
 土方は全体重を乗せて刀をさらにめりこませる。そのまま身体を二つに割いてしまおうというのである。だが強固な肩甲骨に阻まれてそれ以上は入らない。 

 芹沢はニヤリと不敵に笑った。
 全身に力を込め、そのまま立ち上がろうとする。
 力勝負なら芹沢が上だった。

「誰だ、お前は」

 長い腕を伸ばし、土方の顔を覆う黒布を剥ぎ取った。
 ぴかっ、と稲妻が走り、土方の相貌を照らし出す。

「土方、貴様!」

 芹沢が立ち上がる。土方は完全に力負けして、刀ごと引っ張り上げられる。

 その時、

「やあっ!」

 沖田が背後から芹沢を一刀のもとに斬り捨てた。野口の担当だったが、彼が不在のため、土方の援護に回ることができたのだ。

 背後では山南が血塗れの死闘を平山と繰り広げており、井上は廊下で平間と刃を交わしている。

 芹沢はがくっと腰を落として膝を突き、口から鮮血を吐き出した。

「会津に頼まれたか」うめくように言った。
「問答無用」
「幕府の犬に成り下がる気か」
「あんたの命と引き換えに、攘夷専念を約束してくれたんだ」
「ふ……おめでたいな」 

 芹沢は最後の力を振り絞るように、自分の左肩にめりこんだ刀を両手で引っ掴むと、そのまま強引に引き抜いた。凄まじい腕力である。両手から血をだらだら流しながらも、白刃を握ったまま離さない。土方が引き抜こうとするも、びくともしない。芹沢は握った刃先を、強引に自分の腹部へと持っていく。

 土方は完全に圧倒されていた。
 沖田は上段に振りかぶったまま、芹沢の断末魔の神気に見惚れていた。彼が何をしたいのかが理解できた時、自然、刀はゆっくりと下へ降ろされる。

 芹沢はにやりとほくそ笑むと、刃先をそのまま自らの腹部に突き立てた。
 それはまるで、貴様に殺されるのではない、自ら死を選ぶのだ、と宣言するような所作だった。
 再び上空に閃光が走り抜けた。

「嫌ぁぁぁあああああ!」

 突然、部屋の隅から絶叫が上がった。
 お梅が泣き叫びながら芹沢に縋りつく。
 芹沢は、顔から突っ込むように前のめりに倒れ、そのまま動かなくなった。

「芹沢様! 芹沢様!」

 狂ったように泣き喚くお梅を沖田が引き剥がし、部屋の隅へと連れていく。
 平山を仕留めた山南が刀を鞘に収め、土方のもとへ近付いてくる。全身に返り血を浴びている。

 その時、井上が廊下から狼狽した様子で駆け込んでくる。

「平間を取り逃がしました」
「なに」

 土方の顔が強張った。

「申し訳ない」

 井上は深々と頭を下げる。この失態のもたらす結果の重大さを、最年長の彼は充分認識しているのだろう。顔は蒼白に歪み、額には冷たい汗の粒が無数に浮きあがっている。
 土方は怒鳴りつけたい衝動をかろうじて押しとどめ、唇を固く結んだ。これで自分たちの犯行は公に知れ渡ってしまうだろう。

「この女、どうします?」

 山南が訊いた。
 土方は振り返ってお梅を見る。芹沢の死に衝撃を受け、身も世もなく泣き崩れている。
 本来ならば顔を見られたのだから殺害して口を塞がなければならない。しかし、平間が逃走した今、その必要性が薄らいでいるのも事実だ。涙に暮れる女を見ているうち、土方の中に憐憫の情が芽生えていく。

 ――助けてやろうか。

 その時だった。
 すでに死んだと思われた芹沢が、全身を痙攣させながら、首だけを微かに持ち上げた。
 虫の息で、懇願するように言葉を発する。

「どうか……ころして……やってくれ」

 土方の目を見て続けた。「たの……む」

 そのままがくんと事切れる。

「せりざわさま」

 お梅の顔に微笑が浮かんだ。濁りのない、こぼれるような笑顔だった。
 それを見て、土方は刀を手に、ゆっくり彼女の傍へと進んでいく。
 お梅はずっと笑っている。芹沢の遺骸を見つめながら、笑っている。 
 土方が刀を振り上げた。思わず吐息が漏れる。

「哀れな女だ」

 言うやいなや、気合とともに抜き身を振り抜いた。
 首が床に落ち、ころころと転がる。それを井上が布団に包(くる)んで抱きしめる。

 沖田は放心したように血の海と化した室内を見渡し、口角を上げて笑った。笑いながら、涙が自然と零れ落ちる。

「みんな……哀れですよ」

 そう言って、また笑った。


 二日後、壬生寺において、芹沢と平山の葬儀が盛大に執り行われた。
 誰もが近藤らによる粛清だと気付きながら、表向きはあくまで賊による犯行として処理された。
 近藤、土方を始めとする試衛館一門は、神妙な面持ちで葬儀に列席した。というより、彼ら自身がこの葬儀を取り仕切っているのだ。

 組葬なのである。
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