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第三章 新撰組誕生
第二話 辺見新十郎
しおりを挟む盆を下げるため台所へ通じる廊下を進んでいたお琴の前に、一人の侍がすっと立ち塞がった。紫に金をあしらった派手な陣羽織を着ている。
「辺見様」
辺見新十郎、二十八歳。
浪人・辺見重兵衛の次男で、幼少期を江戸で過ごし、二十一歳の時に剣の腕を見込まれ薩摩藩に召し抱えられた。剣術指南役を務めている。
お琴は腰を折って小さくお辞儀する。
「斬らなくてよかった」
「え?」
「あの二人、お知り合いだったのですね。大久保様から腕を試すよう命ぜられたのです。場合によっては斬り捨てても構わぬと」
「まあ」
驚いたように小さく口を開けた。
「斬らなくてよかったです。お琴さんの悲しむ顔は見たくありませんから」
するとお琴は悪戯っぽい表情をこしらえて、
「あの方々は天然理心流の達人です。そう簡単には斬られませんわ」と微笑した。
「確かに相当な腕前でした。特に近藤とおっしゃるご仁のほうは、おそろしいほど見事な太刀筋で、こちらが一瞬ひやりとしたほどです」
「どちらもお怪我がなくてなによりです」
「そうですね」
辺見は柔和な顔で笑うと、じっとお琴を見つめる。
話題を変えるように言葉を発した。
「お琴さんが来てから、邸内が明るくなりました」
お琴は照れたようにかぶりを振り、
「でも気が利かないでしょう――。江戸の藩邸でも叱られてばかりだったんですよ」
「ここでは皆、歓迎しています」
「本当かしら」
「もちろんです。もしあなたを苛めるような女中がいたら、拙者に言ってください。とっちめてやりますから」
「まあ」
と笑って一礼し、そのまま行き過ぎようとする。
「してくれないんですね」
辺見の声に、えっ、と振り返る。
「拙者が贈ったかんざし」
「……」
お琴は途端に困ったような顔になった。
「ごめんなさい」
こうべを垂れると、
「お返ししなければと思っていたんです。私には受け取れませんわ。あのような高価な品」
「高価ではありません。四条の市で買った、たんなる……」
「ごめんなさい」
そう言うと、足早に台所へと立ち去っていった。
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