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第二章 攘夷奉答
第十話 海軍操練所
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試衛館部屋へ招き入れられた龍馬は、そこに山南敬助の姿を見つけると、駆け寄って熱い抱擁を交わした。
「いやぁ、会いたかったぜよ。こないだは済まんかったのお。わざわざ藩邸まで会いに来てくれたちゅうのに。あん時は謹慎させられちょったがぜよ」
「聞きました。もう大丈夫なんですか?」
山南が心配そうに訊ねる。
「ああ、容堂さまからお許しを得た。これで晴れて、土佐藩に復帰じゃ」
「でも……」
分からない、という顔で口を開く。
「坂本さんは、勝麟太郎の門下生になったんでしょう?」
「ああ、そうじゃ」
「これからも、勝さんの下で働くわけですよね」
「もちろん」
「なぜ、今さら土佐藩に戻る必要があるんです?」
脱藩して、土佐藩の束縛から逃れ、「日本人たる志士」となった龍馬が、なにゆえまた不自由な身の上に舞い戻ったのか、山南は不思議に思っている様子だ。
「もう志士の時代がやないぜよ、山南さん。時代は急速に動いちょる。わしはそのことに気付いたがじゃ。これからは藩の時代ぜよ。藩が歴史を動かす時代が来る」
「そうでしょうか」
近藤が疑義を挟んだ。
「今この国を動かしているのは、間違いなく尊攘の志士たちではありませんか」
「だがもう限界じゃ。わしは一度脱藩して、そのことがよおく分かった」
近藤は隣の土方と顔を見合わせる。
「考えてもみい。なぜ長州の浪士が京都を牛耳ることになったがかを。なぜ薩摩と土佐は没落したがかを。それはのぉ、藩の後ろ盾があるかないかの違いじゃ」
長州藩だけが、藩論を尊皇攘夷で統一し、藩主から末端の藩士に至るまですべてを尊攘に染め上げた。
「では坂本さんは、土佐に戻って藩政に関わるのですか」
山南が訊いた。
「そうやないき」
と龍馬は言った。「わしは土佐に籍を置きつつ、他藩の者と協力しおうて、日本の海軍を作る手伝いをするがやき」
皆、ぽかんと口を開ける。
「実はのぉ、勝先生が大樹公から直々に許可を得て、神戸に海軍操練所を作ることになったがじゃ」
「神戸に、ですか?」
「そうじゃ。異国に対抗するため、日本の海軍を作るんじゃ。勝先生は開国主義者のように言われゆうけんど、そうやないき。異国と貿易することによって、海軍の知識を取り入れ、いずれ異国よりすごい海軍を作って異国を打ち破る。それがまっことの攘夷じゃちゅうがが先生の考えなんじゃ。そいやき先生は、私塾も併設して、そこに薩摩じゃろうが長州じゃろうが土佐じゃろうが関係なく誰でも参加してええと言うちょる。今は国の中で争っちょる場合がやないぜよ。幕府と諸藩が心を一つにして、日本国として事に当たらねばいかんがじゃ」
「その点は、我々もまったく同感です」
近藤が賛意を示すようにいった。我が意を得たりという思いだった。
試衛館一門が京に残っているのは、天皇と将軍が力を合わせ、一致団結して外国勢力と対峙することを期待しているからだ。今は日本国の中で争い事を繰り返している場合ではない。
「いやぁ、会いたかったぜよ。こないだは済まんかったのお。わざわざ藩邸まで会いに来てくれたちゅうのに。あん時は謹慎させられちょったがぜよ」
「聞きました。もう大丈夫なんですか?」
山南が心配そうに訊ねる。
「ああ、容堂さまからお許しを得た。これで晴れて、土佐藩に復帰じゃ」
「でも……」
分からない、という顔で口を開く。
「坂本さんは、勝麟太郎の門下生になったんでしょう?」
「ああ、そうじゃ」
「これからも、勝さんの下で働くわけですよね」
「もちろん」
「なぜ、今さら土佐藩に戻る必要があるんです?」
脱藩して、土佐藩の束縛から逃れ、「日本人たる志士」となった龍馬が、なにゆえまた不自由な身の上に舞い戻ったのか、山南は不思議に思っている様子だ。
「もう志士の時代がやないぜよ、山南さん。時代は急速に動いちょる。わしはそのことに気付いたがじゃ。これからは藩の時代ぜよ。藩が歴史を動かす時代が来る」
「そうでしょうか」
近藤が疑義を挟んだ。
「今この国を動かしているのは、間違いなく尊攘の志士たちではありませんか」
「だがもう限界じゃ。わしは一度脱藩して、そのことがよおく分かった」
近藤は隣の土方と顔を見合わせる。
「考えてもみい。なぜ長州の浪士が京都を牛耳ることになったがかを。なぜ薩摩と土佐は没落したがかを。それはのぉ、藩の後ろ盾があるかないかの違いじゃ」
長州藩だけが、藩論を尊皇攘夷で統一し、藩主から末端の藩士に至るまですべてを尊攘に染め上げた。
「では坂本さんは、土佐に戻って藩政に関わるのですか」
山南が訊いた。
「そうやないき」
と龍馬は言った。「わしは土佐に籍を置きつつ、他藩の者と協力しおうて、日本の海軍を作る手伝いをするがやき」
皆、ぽかんと口を開ける。
「実はのぉ、勝先生が大樹公から直々に許可を得て、神戸に海軍操練所を作ることになったがじゃ」
「神戸に、ですか?」
「そうじゃ。異国に対抗するため、日本の海軍を作るんじゃ。勝先生は開国主義者のように言われゆうけんど、そうやないき。異国と貿易することによって、海軍の知識を取り入れ、いずれ異国よりすごい海軍を作って異国を打ち破る。それがまっことの攘夷じゃちゅうがが先生の考えなんじゃ。そいやき先生は、私塾も併設して、そこに薩摩じゃろうが長州じゃろうが土佐じゃろうが関係なく誰でも参加してええと言うちょる。今は国の中で争っちょる場合がやないぜよ。幕府と諸藩が心を一つにして、日本国として事に当たらねばいかんがじゃ」
「その点は、我々もまったく同感です」
近藤が賛意を示すようにいった。我が意を得たりという思いだった。
試衛館一門が京に残っているのは、天皇と将軍が力を合わせ、一致団結して外国勢力と対峙することを期待しているからだ。今は日本国の中で争い事を繰り返している場合ではない。
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