新撰組のものがたり

琉莉派

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第一章  浪士組

第三話 十八歳の将軍

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 浪士組が中仙道を京へ向かっている頃、江戸の十四代将軍・徳川家茂は恐慌を来たしていた。半ば正気を失い、一時たりともじっとしていることができない。

「もう駄目だ。おしまいじゃ」

 うわごとのように同じ言葉を繰り返す。
 弱冠十八歳の武家の棟梁には、この事態にどう対応すればよいかまるで分からなかった。

 相談しようにも、将軍後見職の一橋慶喜ひとつばしよしのぶも政事総裁職の松平春嶽まつだいらしゅんがくもすでに京へ発ってしまっている。
 将軍は最後に、軍艦奉行並・勝海舟(この時はまだ麟太郎)が艦長を務める蒸気船・順動丸に乗って海路上京する手筈になっている。

 しかし出発を数日後に控えたこの時点で、思わぬ事態が勃発した。

「鎮まられよ。大樹公がさよう取り乱してはなりませぬ」

 側近の言葉も耳を素通りした。

「落ち着いてなどおられるか。エゲレスの艦隊が続々と江戸湾に集結しておるのじゃぞ」

 家茂としては、上京して天皇の前で攘夷の実行を約束するだけでも気が重く、憂鬱なのである。
 そもそも攘夷など出来るはずがないのだ。少しでもものの道理が分かる者なら、外国艦隊と戦って勝てるはずがないことくらい容易に理解できる。

 しかし世間知らずの天皇には分からない。
 志士と称して世直しを標榜する無頼の輩たちにも理解できない。
 いや、日本中のほとんどの人間が盲目となって、馬鹿の一つ覚えのように「攘夷」「攘夷」と連呼している。

 自分は、攘夷などはなから無理だと承知しながら、これから京へ上って攘夷の実行を天皇の前で約束しなければならない。何と馬鹿げたことだろう。

 だが、それだけならまだいい。なんとか約束だけして誤魔化し、うやむやにことを済ませる方法もないではない。 
 慶喜や春嶽と連日その手立てを練ってきた。

 ところが今度は、英国の艦隊が生麦事件の賠償と犯人引渡しを求めて横浜港に集結し始めたのだ。要求を呑まなければ砲撃を開始するという。
 
 生麦事件とは、昨年、幕政改革を求めて江戸に入った薩摩の島津久光一行が、帰路生麦村(横浜市鶴見区生麦)において行列に乱入してきた騎馬イギリス人を斬り殺してしまった事件である。その謝罪と賠償を英国は求めているのだ。

 時期が悪すぎる。

 天皇の前で攘夷を誓おうとしている矢先、犯人の引渡しや賠償金の支払いに応じられるわけがない。
 だが、拒絶すれば戦争である。戦争となればこの国が壊滅的な打撃を受けることは避けられない。
 
 どうすればいいのか。

 若き将軍は、解決不能の難題を前に煩悶した。寝ずに一人で対策を検討した。

 結果、どうしたか――。

 逃げたのである。

 英国への返事を保留したまま、勝海舟の順動丸の到着を待つことなく、陸路・東海道を京へ向かったのだ。






 
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