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第2章 高校1年生 夏休み

   閑話 ボーイズトーク。

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木戸 嬉一視点のお話です。


◆◇◆◇◆


「お前ら、今夜は寝られると思うな」
「なんや冬馬、そんなん当然やろ」
「……ほどほどにな」

 大将、ナキ、誠が口々に言った。
 俺も今夜は夜通し喋りたい気分だった。

 今日はみんなで湖水浴に出かけた。
 すげー楽しい時間を過ごした。
 本当にあっという間だった。

 気分が高揚していて、夜寝ようとする時間になった今でも、目が冴え冴えとしている。

「しっかし大将。よく連れてきてくれた。感謝する」
「水臭いこと言うな。オレはそんなに狭量な男じゃないぞ」

 いや、でも本当に感謝しているのだ。

 自慢ではないが、俺は本当につまらないごく普通の男だ。
 百合ケ丘に通う生徒の中には、大将のような大金持ちや、ナキのような一芸に秀でた者、誠のような変わり種がごろごろいる。
 そんな中で俺のような一般人が、女の子たちの目に留まる可能性など皆無に等しい。

 ましてや、お嬢のような大財閥の令嬢など高嶺の花だ。
 いつねや仁乃だって良家の子女だし、仲良し3人組だって十分金持ちだ。

 よく知らないのは委員長くらいだろうか。
 でも、彼女もたしか中小企業ではあるものの社長令嬢だと聞いたような気がする。
 やっぱり雲の上の存在だ。

 だから、こんな状況は本来ならばありえないはずなのだ。

「今日なんて水着姿まで拝めたしな」
「何を思い出してんねや、嬉一」

 ナキに突っ込まれた。

「いや、だって、こんな期会二度とないかもしれないじゃねーか」
「そうか? 友人同士ならば、この先いくらでもチャンスがあると思うが」

 誠は淡々と言った。

「いや、だって俺パンピーだし」
「お前はオレが家柄で友人を決めるような奴だと思っているのか」

 大将が睨んできた。

「あ、悪ぃ大将。そんなつもりじゃねぇんだ。ただ、なんつーかなー。大将の周りって眩しくってさ」
「まぁ、こいつと付き合うなら慣れるしか無いわな」

 ナキは肩をすくめる。

「そないなことより。どうやった、今日の女衆の水着は」
「最高だった」

 俺は即答した。
 っていうか、ナキ。
 お前さっきそのことで俺に突っ込まなかったか?

「まさかこのシチュエーションでスク水が見られるとは思わなかったな」

 大将が財閥の御曹司とは思えない発言をする。
 こういう飾らない所が、俺は気に入っている。
 変にお高く止まってないし、本音で接してくれてるのが分かるからだ。

「俺もあれは驚いた。委員長、攻めてきたな」
「どうも事故だったようだが……」
「和泉ちゃん、ぽかんとしとったな」

 スク水の良さはどうやら女子たちには分からなかったようだ。
 委員長が狙ってやったのなら大したものだが。


◆◇◆◇◆


「で、大将。お嬢とはどこまでいった?」
「どこまでも何も、まだ恋人認定すらしてもらってないんだよなぁ……」

 大将は不本意そうに言った。

「え、そうなん? そんなら、わいにもワンチャンあるってことやな」
「ねーよ」
「ふははは」

 即座に否定して見せるものの、大将には焦りのようなものが見えた。
 そりゃあ、そうだろう。
 ナキは生粋の女ったらしだ。
 狙われたらとんでもないことになりそうだ。

「そういえば、誠はどうなんだ? あんまり浮ついた話は聞かねーけど」
「俺は今のところ女には興味ない」

 それを聞いて、俺たちはずざざっと誠から3歩ほど後ずさった。

「……? どうした?」
「もしかして、お前……。いや……こういうのは……訊いていいのか……?」
「え、ゲイなん?」
「ナキ! お前、大将が空気読んでるのにぶち壊しにすんなよ!」

 ナキはドストレートだった。

「いや。俺はノーマルだ。普通に女子が好きだぞ?」
「安心したぜ」
「わいは分かっとったさかい」
「嘘つけ」

 ナキは飄々と笑っている。

「そう言えば思い出したぞ。お前、絶対、和泉のこと好きだろう?」
「? 別に嫌いではないが……」
「あー。ちゃうちゃう。恋愛的な意味でってことやぞ?」

 やりとりを見ていて思った。
 誠って天然なのか?

「魅力的な女性だとは思う。だが恋愛の対象かと言われれば違うと思う」
「嘘つけ。体育祭の時のこと、オレは忘れてないぞ」
「あれはお前につけいるための方便だ。お前は和泉のことになると隙が出来る。気をつけろ」
「大将、一本とられたな」

 ちっ、と大将は面白くなさそうに舌打ちした。

「俺のことはもういいだろう。ナキはどうなんだ?」
「わい? 可愛い女の子なら全てやけど?」
「……本気で言ってるように見えるからこえーよ」

 しかも、言っても不思議でないほどの美形だしな。

 ナキだけじゃない。
 大将も誠もタイプは違うが美形だ。

 大将は俺様系、ナキは優男系、誠はクール系。
 俺だけパンピーなんだよな。

「そんなこと言ってると、いつか刺されるぞ」
「大丈夫やて。ヘイト管理は得意やし」
「お? ナキ、ゲームとかすんの?」
「ぼちぼちな」

 ヘイト管理というのは、MMORPGの用語だ。
 MMORPGというのは、同時に多数のプレイヤーがオンラインで遊ぶタイプのRPGのこと。
 このMMORPGの中で敵に攻撃すると、プログラムが内部的にヘイトと呼ばれる数値を操作する。

 簡単にいえば、敵がどのプレイヤーを狙ってくるかの基準になる値だ。
 ヘイトが高くなると狙われやすくなり、低ければ狙われにくくなる。
 大きなダメージを与えるほど上がりやすく、また回復魔法などを使っても上がりやすい。

 ナキの言うヘイト管理が得意というのは、女性たちの嫉妬心の管理が得意だ、ということの比喩だ。

 まったく。
 リア充、爆発しろ。

「で、残りはおまはんだけやけど、どうなん?」
「え、俺?」

 まぁ、流れで訊かれるとは思った。

「俺は……委員長かなぁ……」
「こいつ……そんなにスク水が良かったか」
「ちげぇ!」

 とんでもない誤解だ。

「普通で控えめな所がいいんだよ。何ていうか、古きよき日本の女の子って感じでさ」
「ほう。嬉一はそういう女子が好みか。意外だ」
「俺、どういう目で見られてんの……」

 誠にしみじみと言われて俺は妙な疲労感を覚えた。

「お嬢とかいつねとか仁乃とかはどうしたって家柄のこと意識しちまうし、3人組は何ていうか恋よりも友情って感じなんだよな」
「あぁ、それは少し分かるな」
「せやな」
「うむ」

 今度は同意を得られたらしい。

「その点、委員長は恋人ができたら尽くしてくれそうだし。浮気とか悪いこと絶対にしなさそうだしな」
「お前、その女を都合よく見る癖は直したほうがいいぞ」
「ぐ……」

 自分の恋愛観が幼いことは自覚しているだけに、大将の一言は堪えた。

「大将だって、お嬢をものに出来ねーへたれのくせに」
「……貴様」

 大将が枕を投げつけてきた。
 とっさに体を捻ってかわす。

「痛っ。何すんねや!」
「いや、オレは嬉一に――」

 大将が弁解しようとする間もなく、ナキが枕を投げ返した。
 大将も寸前で避け、流れ弾が誠に当たる。

「売られた喧嘩は買うことにしている」

 と、誠も枕投げに参戦し、しっちゃかめっちゃかになった。
 少しの間童心に帰って枕投げに興じた。

 しばらくドタバタしていると階下から、

「うるさいぞー、男子」

 という声が聞こえてきた。

「……やめるか」
「せやな」
「ああ」
「俺、何で集中攻撃されてんの……?」

 結局、その後は静かにろくでもないことをあーでもないこーでもないと話した。
 男同士で話すことなんて、まぁ、想像着くだろ?

 でも、男同士のぶっちゃけトークは楽しかった。
 
 誰が最初に寝落ちたのかは分からない。
 ただ、気づくと、起きているのは俺だけになっていた。

 3人の寝顔を何ともなしに眺めた。
 どいつもこいつも、ただの高校生にしか見えない。
 でも、こいつらは俺とは違う世界にいる。

 そのことが、やっぱり少し悔しい。

 今はこうして友達付き合いをしているけれど。
 大将はああ言ってくれはしたけれど。
 どうしたって、大人になれば付き合う相手は変わるだろう。

 この楽しいバカンスはきっとかけがえのない大切な時間だ。
 二度と手に入らないかもしれない、貴重な時間だ。
 俺はそのことを、強く思った。

(へっ。らしくねーな)

 俺も寝るか、とまぶたをつぶる。
 すると、女子たちの水着姿が目に浮かんだ。

(そうそう。俺はこれでいーんだよ)

 最後に委員長のスク水姿を目にして、俺は眠りに落ちていった。
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