悪役令嬢はぼっちになりたい。

いのり。

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第2章 高校1年生 夏休み

第30話 闇鍋。

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 5日目の夜。
 この日は夕飯を決めていなかった。
 冬馬が開けておけと言ったからだ。
 いつねさんなどは、

「何か美味しいものが食べられるのかなー」

 などと言っていたが、私は冬馬に限ってそんな生ぬるいことはするまいと思っていた。

 当日の朝になって冬馬は、

「各自、今一番食べたいものを思い浮かべろ。液体はなしな」

 などと言い出した。
 私は大葉を思い浮かべた。

「思い浮かべたら、それをこの紙に書いてくれ。自分以外に見られないようにな」

 冬馬が何をしたいのか分からなかったが、私たちは言う通りに紙に書く。

「折りたたんでオレに渡してくれ。手間を取らせたな」

 みんなから紙を回収すると、冬馬はそれをSPに手渡した。

「何だったのー?」
「夕飯の仕掛けだ」
「嫌な予感がしますわ」

 仁乃さんの予感は的中した。

「今日の夕飯は闇鍋だ」


◆◇◆◇◆


「こういうのは食材を冒涜するようで好かんな」
「堅いこと言うなって。一日くらいいいじゃんか」
「せや。ちゃんと食べるんやしな」

 真面目な誠が難色を示したが、結局闇鍋は強行されることになった。

 カセットコンロに大きめの鍋が用意されている。
 ダシはキムチ風味らしい。
 味が強いので、これなら余程のゲテモノでない限り食べられるだろう。

「闇鍋の前に、ある程度腹を満たしておかないとな」

 ということで、みんなで普通にキムチ鍋を作っていく。
 野菜や肉を入れて煮こむだけ。
 お手軽である。

 お米も今回は上手に炊けた。
 男性陣のお料理スキルも確実に上がっているようである。

「このままごちそうさまでいいような……」
「みのりん、今更よ」
「諦めが肝心」

 3人組の言う通りだが、冬馬がノリノリなのでどうしようもない。

 お腹が膨れたらいよいよ本番の闇鍋。
 字面詐欺だが、部屋は暗くしない。
 危ないからね。

 その代わり、バットに餃子のようなものが11個並べられている。
 餃子用の皮で具材を包んであるとか。
 こうして中身を分からなくしたものを鍋に入れるらしい。
 次々に鍋に投下して煮る。

「この旅行ではもう恒例だな。くじだ」

 くじの結果は以下のとおり。
 順に、嬉一、遥さん、仁乃さん、実梨さん、冬馬、誠、佳代さん、ナキ、幸さん、いつねさん、最後に私である。

 最初の挑戦者は嬉一。

「俺からかー。いくぜ!」

 思い切って餃子の一つを箸ではさみ、口に運んだ。

「……チーズだ」
「あ、それあたしー」

 どうやらいつねさんが希望したカマンベールチーズらしい。
 日本でもかなりメジャーになってきたチーズである。
 表面の白いカビは、初めて見るとぎょっとするけれど、食べてみるととても美味しい。
 ブルーチーズほど癖がないので、支持者は多い。

「これは意外と美味い」

 当たりだったようだ。
 キムチ鍋にシュレッドチーズを入れる所もあるらしいからね。

 次は遥さん。

「ど、どきどきします」

 おっかなびっくり箸を伸ばす。

「……シーフードですね」
「あ。私のかな?」

 幸さん希望のタコだったらしい。
 日本ではお馴染みのタコだが、ユダヤ教やイスラム教では食べることが禁じられている。
 イギリスなどでは「悪魔の魚(devilfish)」などと呼ばれているのはご存知かもしれない。
 同じヨーロッパでも地中海沿岸などではよく食べられているのだが。

「悪くない組み合わせです」

 2人続けて当たりのようだ。
 そろそろ変なものが出そうな予感がする。

 次は仁乃さん。

「今のところ普通ですわね……?」

 特にためらうこともなく箸を伸ばす。

「に、苦っ!」
「ん? ひょっとして俺のか……?」

 誠の希望したもののようだ。

「なんですの、この苦いのは!」
「仁丹(じんたん)だ」

 誠によると、仁丹とは桂皮やハッカなど16種類の生薬を配合して丸め、銀箔でコーティングした丸薬のことらしい。
 味は非常に苦いとか。
 何でも年配の方々が飲まれるのだそうだ。
 誠、キミはいくつなのだ。

「なんでこんなものを……」
「いや。うちでは別に珍しくないものでな」

 初の犠牲者が出た。

 次は実梨さん。

「変なの当たりませんように!」

 おずおずと箸を伸ばす。

「みょうが……かな?」
「あ。私ですわ」

 仁乃さん希望のみょうがだったらしい。
 蕎麦の薬味として刻んだり、直接味噌つけてかぶりついたり、色々な食べ方のある野菜である。
 風味に少し癖があるので、好き嫌いは別れるかもしれない。
 私は好きだけどね。

「みょうがのキムチってあんまり聞かないけど……うーん……」

 微妙な線だったようだ。
 でも仁丹よりはましだよね。

 次は冬馬。
 言い出しっぺはハズレの法則があるとかないとか。

「何でも来い」

 無造作に箸を伸ばす。

「牛肉だ」
「私でーす」

 実梨さんのリクエストらしい。
 何でもカレーの時の信州牛を思い出したとか。
 部位は一番日本人好みと呼ばれるサーロイン。
 肉汁もタップリだ。

「普通すぎてつまらん」

 仁丹、冬馬に当たればよかったのに。

 次は誠。

「……」

 やはり闇鍋には抵抗があるのか、ややむすっとした顔で箸を伸ばした。

「……甘い……何だこれは……餡といちご……?」
「私ね」

 佳代さんによると、いちご大福らしい。
 いちご大福は意外な取り合わせが話題となって、近年色々な所で目にするようになった。
 けど、傷むのが早いので作り置きはあまり出来ない。
 この近くに売っている所あったのか。

「決定的にまずい」

 それはそうだろう。
 でも、きちんと最後まで食べきる所が彼らしいと思う。

 犠牲者2人目。

 次は佳代さん。

「かかってきなさいよ」

 言葉とは裏腹に箸の先が震えている。

「ん? 何か……ムニュムニュしてる」
「味はどんなのー?」
「なんだろ……お米っぽい?」
「あ。わいや」

 ナキ希望の餅だったようだ。
 餅と聞いて、どんな姿を思い浮かべるだろうか?
 四角いか丸いか。
 関東では四角い餅が、関西では丸い餅が多いらしい。
 今回のはもう佳代さんの口の中なので分からないが。

「普通に食べられるわ」

 キムチ味の餅はアリらしい。

 次はナキ。

「なんやろな?」

 すすっとためらいなく箸を伸ばす。

「……甘い。チョコレートやな」
「す、すいません。私です」

 恐縮しきりの遥さんが希望した生チョコだったようだ。
 この生チョコというお菓子は、発祥を巡って論争がある。
 一つは日本のシルスマリアという洋菓子店が1988年に開発したという説。
 もう一つは1930年代にスイスのジュネーブにあるチョコレート店が開発したという説。
 どっちでもいいと思うんだけど、揉めているとかいないとか。

「闇鍋の材料に使われるなんて思わなかったんですよ!」
「これはこれで……いや、ないわ」

 犠牲者3人目である。

 次は幸さん。

「まあ、こういうのはハズレこそ当たりだよね」

 楽しげに箸を伸ばす。

「うーん。さっぱり味。梅干し?」
「大葉だと思います」

 私の希望だ。
 大葉よりもシソの呼称の方が有名かもしれない。
 より正確には青じそ。
 比較的強い植物で、他の観葉植物を荒らしてしまうこともあるとか。
 天ぷらにするととても美味しいし、薬味としては優秀なのだが――。

「キムチ味は微妙だね」

 食べられなくはない、という線だろうか。

 次はいつねさん。

「あと出ていないのはとーま君ときー君かー。いやな予感しかしないなー」

 苦笑しつつ箸を伸ばすいつねさん。

「あれ? 何ともな――。~~~っ!」

 最初は平気そうだったのに、いつねさんは急に顔をしかめた。

「辛い! スッゴク辛い! 水! 水!」
「水じゃ追いつきません。牛乳を含んで下さい」

 いつねさんの様子を見て、私は慌てて牛乳を持ってきた。

「オレのハバネロだな」

 冬馬か。

 ハバネロはスナック菓子で有名になった唐辛子の一種である。
 辛さを表すスコヴィル値は30万を超える。
 これは、そのエキスの辛味を舌で感じなくするには、水で30万倍に希釈する必要があることを示している。
 例のスナック菓子は安全を考慮してかなり量を抑えているのだ。

「悪意しか感じないよー」
「闇鍋ってそういうものだろ?」

 それにしてもこれはひどい。
 いつねさんは二杯目の牛乳を口に含んでいる。

 4人目の犠牲者が出た。
 
 最後は私。

「選択の余地はありませんね」

 残った一つの餃子を箸で摘んで口に運ぶ。

 おい、嬉一。

「……」
「うわははは。すまん、お嬢」

 ガムってどういうことだ。
 フルーティーなフレバーが、キムチスープと致命的に合っていない。

 闇鍋の前に入れた肉の脂分で、溶けかかっている。
 ガムは樹脂なので、油で解けるのだ。
 前世ではチョコレートと一緒に食べてびっくりした覚えがある。
 余談だが、シンガポールではポイ捨てが問題となり、所持が禁止されていたことがある。
 現在でもキシリトール入りの医療目的のガムが薬局で販売されているのみである。

 本当に今はどうでもいいことだが。

 こうして5人の犠牲者を出した闇鍋は幕を閉じた。

 頼まれても2度とやらない。
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