悪役令嬢はぼっちになりたい。

いのり。

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第2章 高校1年生 夏休み

第26話 湖にて。

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 はっきり言おう。
 不本意である。
 はなはだ不本意である。
 
 何がかといえば、今日のこのイベント――湖水浴がである。

 私が重度の運動音痴であることをご存知な方なら予想が着くと思うけど、私は金槌なのだ。
 何が悲しくて泳ぎに来なければならないのか。
 こんなことするくらいならば、1人別荘に残って勉強でもしていたかった。
 でも、私を除く全員から反対にあったので、仕方なく同行することにした。
 まぁ、水着は一応持ってきたのだけれどね。

「いずみん、やっぱりスタイルいいなー」

 声に視線を感じて、慌てて両手で身を隠す。
 振り向けば、いつねさんがこちらをじーっと見ていた。

 私たちは今、別荘の男部屋と女部屋に分かれて水着に着替えている。
 別荘から湖までは少しだけ距離があるし、湖の側で着替えるわけにもいかないからだ。

「あんまり見ないでくれませんか」
「いいじゃない。減るもんでなしー」
「むしろお姉さまは見せつけるべきですわ」

 などと言う、いつねさんや仁乃さんこそ非常に華のある可愛らしさ、美しさである。

「みのりんは……どれどれ?」
「ちょっと佳代ちゃん!」
「うひひ」

 仲良し3人組は3人組で楽しそうである。

「はいはい。男の子たちも待っているでしょうから、ぱっぱと着替えましょうね」
「「「はーい」」」

 遥さんの仕切りで一同着替えに集中する。


◆◇◆◇◆


「来たな」
「遅いで」
「こんなものだろう」
「さーて、誰が一番かな」

 湖に着くと、既に男性陣は到着していた。
 当然、みんな水着である。

「……」
「わー……」
「誠さん、ちょっと何ですのその水着は!」
「うん? 何だ?」

 女性陣がどぎまぎする。
 冬馬、ナキ、嬉一はいい。
 それぞれ、黒のトランクス、青のトランクス、黄色のショートパンツタイプの水着であった。
 誠はブリーフタイプ――いわゆるブーメランパンツである。
 
 何というか、非常に目に毒だ。
 本人は何がおかしいのか分かっていないようだけど、見ているこちらが恥ずかしくなる。

「ほらな? きわどいって言ったろ?」
「今どきこれはないわな」
「妙に似合ってるのがこえーよ」
「散々な言われようだな……」

 誠は納得がいかないような顔をしながら、裾が長めの上着を羽織った。
 きわどいVラインが裾に隠れる。

「野郎の水着なんてどーでもええわ。ほら、和泉ちゃんたちも上着なんぞ着とらんと」
「ナキ、せかすなよ」
「大将は見たくないのか?」
「いや、見たいが」
「素直が一番だ」

 みんなして上着を着ている私たちに、男性陣から催促が来た。
 女性陣はお互いに目配せしあって、視線で先に脱いでと訴えあう。

「お姉さま、お先にどうぞ」
「いつねさん、お願い」
「みのりんが先でいいよー」
「私!? いや、佳代ちゃんから」
「幸、お願い」
「委員長」
「仁乃さんでしょう」

 埒があかない。

「こんなこともあろうかと!」

 嬉一がバッグから何かを取り出した。
 くじであった。
 何という用意周到さ。

「それで決めようかー」
「仕方ありませんわね」

 みな恐る恐るくじを引く。
 げ。

「……1番です」
「6番ですわ」
「3番めー」
「5番かぁ」
「私は4番」
「2番」
「最後ですね」

 私、幸さん、いつねさん、佳代さん、実梨さん、仁乃さん、遥さんの順になった。

「和泉からか」
「ひゅーひゅー」
「嬉一、やめーや」
「……」

 男性陣の視線が集中する。
 ……このエロスどもが。

 内心毒づきながら、上着を脱ぐ。

「和泉は何を着ても似合うな」
「ええやん」
「もうちょっと色気があってもいいんじゃね?」
「俺はいいと思う」

 以上、男性陣のコメント。
 微妙だなぁ。

 私の水着は水色のAラインワンピースに黒のレギンスである。
 身体のラインを極力出さず、露出も抑えたつもりだ。

「お姉さま、スタイルいいのにもったいないですわ」
「だねー」
「ほっといて」

 次は幸さんである。

「ふむ」
「うんうん」
「シンプルなのな」
「上品だと思うが」

 彼女は紺のシンプルワンピースである。
 ところどころにピュアホワイトのラインが入っている。
 私よりも腰回りと素足の露出が多いが、ビキニほどではない。
 それにしても脚長いなー。

「まぁ、和泉様に勝てるとは思ってないよ」
「何言っているんですか」
「さっちゃん、綺麗だよ」

 次、いつねさん。

「……ふむ」
「かわいいやん」
「いつね、けっこう胸あんのな」
「嬉一、そういう露骨なコメントはやめろ」

 ピンクのチューブトップにショートパンツ。
 男性陣のコメントからお分かりだろうが、いつねさんは身長の割にグラマラスである。
 チューブトップはどちらかというとお胸を強調しないですむ水着だけど、かくしてなお余りあるなんとやら。
 
「えへへ……。恥ずかしいねー」
「ロリ巨乳うひひ」
「さっちゃん、お願いだから戻っておいで」

 次は佳代さん。

「いいね」
「背中が眩しーな」
「言うことねー」
「セクシーだ」

 背中の大きく開いた黒のモノキニ。
 ここまでで一番の露出だ。
 モノキニは脇腹まで開いたものがあるけれど、そこまでではない。
 デザインが素晴らしく、勝ち気な彼女にとても似合っている。

「あんまり見ないでよね」
「とか言って、気合入りまくりじゃないの」
「さっちゃん、いじらないの」

 次、実梨さん。

「白か」
「白やな」
「いいのか、これ?」
「いいんじゃないのか」

 タンキニにボトムはスカートを足している。
 ただ、色がなんと白である。
 普通はちょっと手を出さない色だ。
 いや、清純な印象で凄く可愛いんだけどね、ぶっちゃけ、透けるの怖いでしょ?

「お父さんに選んでもらったの」
「みのりんのお父さん、魔が差したんだろうねー」
「か、可愛いですよ。私にはちょっと無理な色ですけれど」

 次、仁乃さん。

「ほう」
「ほう」
「ほう」
「ほう」

 おい、男子ども。
 コメントそれだけか。

 まあ、気持ちは分からなくもない。
 彼女の水着はトップがワンショルダーの、目がさめるような真っ赤なビキニ。
 ボトムにパレオを巻いているけれど、うっすら透ける素材だ。
 ただでさえ美人の仁乃さんが着ると、モデルさんみたいというか、まんまモデルさんである。

「な、何ですの?」
「……負けたわ」
「佳代ちゃん、あれは仕方ない」
「私もみのりんに同意」

 最後は遥さんだ。

「あ、あのぅ……やっぱり上着着てちゃダメですか?」

 遥さんが眉を下げて訴えた。
 そりゃ、仁乃さんの後じゃねぇ?

「今さら何を」
「覚悟決めや」
「委員長、頑張れ!」
「強制はしないが、見てはみたい」

 男性陣が退路を塞ぐ。
 遥さんがそろそろと上着を抜いだ。

「なん……だと……?」
「遥ちゃん、思い切ったなー」
「俺は今、猛烈に感動している」
「……」

 男性陣のリアクションが私には理解できない。
 というか、マニアックすぎるだろう。

 遥さんが着ているのは、何を隠そうスクール水着というやつである。
 いや、何の変哲もない、学校でいつも見ているあれだ。
 黒のワンピースで名札が付いている。
 最近のファッション性も兼ねたフリルつきのものでもない。

 学校ならいいが、私たちくらいの歳でよそ行きの水着としてはかなり恥ずかしい。
 嫌がっていたのはこのせいか。

「間違えたんです! 本当はもっと可愛いの用意してたのに、気がついたのついさっきで……」
「……」
「さっちゃん? え、ちょっと、さっちゃん!?」
「あー。幸はちょっと変わった感性してるから」

 無言でサムズアップしながら涙を流す幸さん。
 幸さんがどんどん遠い人に思えてくる。

 というか、男性陣といい幸さんといい、スクール水着のどこがいいんだろう。
 わたし的には絶対仁乃さんだと思うんだけど。

「色もデザインも正直地味ですし」
「和泉、お前はスク水を全然分かってない」
「せやな。これは男のロマンや」
「大将もナキも分かってるな!」
「……」

 誠まで無言で頷いている。
 男女の間にはきっと無限の隔たりがあるんだろう。
 幸さん?
 知らんがな。

◆◇◆◇◆

「水に浸かる前にしっかり準備運動するぞ」

 冬馬の号令で身体をほぐす。
 水難事故は怖いからね。

 身体を動かしながら、さり気なく男性陣を観察する。

 一番身体を鍛えているのは誠だ。
 剣道3段は伊達ではない。
 ボディービルダーとかは正直気持ち悪くて理解できないのだが、彼の場合はそこまで極端ではないので素直に美しいと感じる。
 ブーメランパンツだけが残念である。

 嬉一もわりと鍛えられていると思う。
 体育会系の部活だっただろうか。
 嬉一とは他の人たち比べても輪をかけてあまり話したことがないので、彼のことはよく知らない。
 上半身――特に肩から腕にかけてが私たち女子とは全然違う。
 同じ人間なのにね。

 ナキは普通だ。
 誠や嬉一のように筋肉を感じるでもなく、かといってやわな感じもしない。
 ただ、骨格がしっかりしているなぁとは感じる。
 女性とは違って皮下脂肪が少ないせいだろうか。
 特に両手は、音楽家という単語からは想像できないほどがっちりしている。

 そして冬馬。
 冬馬は――よく分からない。
 なぜかというと、私が彼のことを直視できないからである。
 何というか、視線を向けようとすると落ち着かない。
 でも、触れたらどんな感触だろう、とか考えてしまう。

 いかん。
 よくない。
 これはきっとよくない。

 邪念を振り払って準備体操に集中する。

(悪霊退散、悪霊退散)

 何か違う。
 あぁ、動揺しているのか、私。


◆◇◆◇◆


 準備運動を終えて、みんなで湖に入る。
 軽井沢ということもあって気温はそこまで高くない。
 でも、やはり真夏ということで、水に浸かるととても気持ちがいい。

 海と違って淡水ということも好評価だ。
 肌に優しいし、べとつかないし、磯臭さもない。

「いずみーん!」
「?」

 振り返ると顔に水を掛けられた。

「あはは」
「子どもじゃないんですから……」
「お姉さまー!」

 振り返ると、また水を掛けられた。

「ほほほ」
「……」

 子どもか!
 ……いや、子どもか。
 私が年寄り臭いだけか。

「和泉。泳げるようになったか?」
「……いいえ」

 プールの授業で知っているでしょうに。
 百合ケ丘の体育は男女別ではあるけど、プール自体は同時に使う。

「教えてやる」
「結構です」
「いずみん、そんなことじゃ日本列島が沈没した時どうするのー?」
「そんな事態になったら、泳げる程度ではどうしようもないと思いますが」

 散々渋ったけれど、結局、冬馬といつねさんに押し切られて、泳ぐ練習をすることになった。

「……何で沈むんだろうな?」
「何でだろうねー?」
「ぶくぶく」

 顔は付けられる。
 潜ることも出来る。
 バタ足も出来る。
 でも前へ進もうとすると沈んでいく。

「ここまで重症だとは……」
「可愛げがあるって言おうよー」
「……」

 切ない。

「これは無理かもな」
「諦めちゃダメだよー」

 そう言うといつねさんが湖の中心へ向かって泳ぎだした。

「ほら、いずみん。ここまでおよ――」

 とぷん。

 何やら間抜けな音がして、いつねさんの姿が消えた。

「え?」

 何? 何がどうなって――。

「どけ!」

 誠がすさまじいスピードで泳ぎだした。
 いつねさんが消えた辺りまでたどり着くと、彼も姿が消えた。

「ちょ……ちょっと……」

 これ……大変な事態なんじゃないの?

「冬馬!」
「大丈夫だ!」

 冬馬は2人が消えた辺りを凝視して言った。
 その言葉を信じて数秒待つと、誠がいつねさんを抱えて上がってきた。
 冬馬も救助に加わって、2人でいつねさんを岸に上げた。

 横に寝かせて、誠と冬馬が心肺蘇生法を行う。
 私は他のみんなと一緒に見守るだけだった。

 幸い、いつねさんはすぐに水を吐き出して意識を取り戻した。
 
「げほっ……げほっ」
「いつねさん!」
「……あれ?」
「おぼれたんだ。緊急事態だったので心肺蘇生法をやった。許せ」
「あ……。うん……。え……?」

 いつねさんはぼうっとした様子で誠を見た。

「医術の心得のある者を呼んでくる。冬馬、ここは頼む」
「任せろ」

 冬馬の返事を聞くと、誠は上着をひっつかんでどこかへ消えた。
 周囲に待機しているというSPたちの所へ行ったのだろう。

「いつねさん……無事で良かった……」
「……いずみん……ごめんね……」

 私は知らないうちに、いつねさんの手を固く握っていた。
 2度の人生の中で、ここまで安堵したことはなかった。


◆◇◆◇◆


 SPの診察によると、大事はなかったようで、いつねさんはすぐに元気を取り戻した。

「あはは……。みんな、心配かけてごめんね」
「本当ですわ」
「心臓が止まるかと思いました」
「みのりん泣いてた」
「佳代ちゃんもね」
「ほ、ほっとしました」

 みんなが次々に安堵の言葉を口にする。
 私は黙っていたけれど、気持ちは同じだ。

「泳げてもこういうことはある。気をつけてくれ」

 真剣な面持ちで言う誠に、全員が深く頷いた。

 その中で、いつねさんが彼を見る視線が、ほんの少し変わったように私は思えた。

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