悪役令嬢はぼっちになりたい。

いのり。

文字の大きさ
上 下
20 / 84
第1章 高校1年生 1学期

第18話 遠足。

しおりを挟む
 5月も終盤になり、ほんの少しだが梅雨の気配を感じるようになった。
 とは言え、まだ雨天になることはそれほどなく、気温も比較的過ごしやすい。
 まだ、春終盤と表現したほうがいいだろう。

 そして、そんな心地よいこの時期に、百合ケ丘の1年生は遠足がある。
 バスで郊外の自然公園に行き、オリエンテーリングを行うのである。

 行きのバスに乗りながら、私はぼんやりと考え事をしていた。

 『チェンジ!』は乙女ゲーとしては異例のヒットを記録した。
 発売当初はそれほど話題にならず、知る人ぞ知る名作という感じだったものだったのだが、それが徐々に口コミで評判が広がり、ファンディスクや設定資料集、画集、果てはラジオドラマまで作られるほどに至った。

 中でも設定資料集は、ゲームでは明示されていない裏設定満載の、本当にコアなファンに送られた逸品だ。
 以前も言ったとおり、私は『チェンジ!』をそれほど評価していない。
 だが、ネットの知人に薦められて(というより半ば押し切られて)、グッズはひと通り揃えていた。
 当然、設定資料集も持っていた。 

(その設定資料集の通りなら……そろそろのはずなのよね……)

 この世界が本当に『チェンジ!』の世界であるならば、和泉が冬馬にぞっこんになるきっかけとなる事件が、この時期にあるはずなのだ。
 もっとも、すでに細かい部分で設定と違うように思われる現象が見受けられるので、実際の所どうなるのかは分からないが。

『1年生の春、冬馬と和泉はとある事件に巻き込まれ、そのせいで和泉は冬馬にべったりと依存することになった』

 資料には漠然とそう書いてあった。
 事件という表現に何やらきな臭いものを感じるが、まさか危険なことではないと信じたい。
 一応、スマホを手放さないなど、最低限の対策はしているが。

「だから、30分交代と言いましたでしょう! まだ1分ありますわ!」
「えー。あたしの時計ではもうたったよー?」
「まだですわ!」
「えー」

 どうでもいいけど周りがうるさい。
 
「あ、お姉さま。お菓子召し上がります? 塩瀬のお饅頭がありますのよ?」
「あたしは村上のクッキーだよー。良かったら食べてー」

 私のすぐ隣の席から仁乃さん、向かいからいつねさんがそれぞれお菓子を勧めてくる。
 どちらの品も、普通、遠足に持って行こうなどとは思わない逸品である。
 当然だが、百合ケ丘の遠足に、おやつは300円までなどというルールはない。

「私は結構です。少し眠ります」
「そんな、お姉さま。お喋りしましょうよ」
「そうだよー」
「着いたら起こして下さい」

 後ろの席の子にことわってからリクライニングシートを倒し、目を閉じるとすぐに睡魔はやってきた。
 仁乃さんといつねさんが相変わらず何やら言っていたようだが、意味をなす音にはならなかった。

「お姉さまの寝顔……。相変わらず愛らしいですわ」
「普段は憂い顔だけど、寝顔は無邪気なんだねー」


◆◇◆◇◆


 現地につくと、お手洗いなどを済ませて、さっそくオリエンテーリングに移る。
 A組から順番に出発していく。
 私の所属する5班は、A組の最後である。
 ちなみにメンバーはというと――。

「コースレコードを狙う必要はあるだろうか……」
「かったるー。ぼちぼちでええやん」
「大将、女子の足を基準に行くべきだろ」
「私はゆっくり景色を楽しみたいですわ」
「いずみん、方向音痴だったりするー?」

 冬馬、ナキ、嬉一、仁乃さん、いつねさん、私の6人である。

 班決めでは、ぼっち殺しの「好きな人と班を組みなさい」が発動した。
 売れ残り班でいいや、などと思っていたのだが、いつの間にかこの班に入れられていた。
 主に、冬馬といつねさんの陰謀である。 

 それはさておき。

 オリエンテーリングとはどんなものか、知らない方の為に簡単に説明しておこう。
 地図とコンパスを用いて、山野に設置されたポイントをスタートから指定された順序で通過し、フィニッシュまでの所要時間を競う野外スポーツの一種である。
 ヨーロッパ発祥のスポーツだが、日本でも遠足や林間学校でしばしば行われる。
 この場合は集団で歩くイメージが強いが、本来は個人が走ってタイムを争う競技である。
 
 この自然公園はそれほど勾配のない、なだらかな地形だと聞いている。
 それほど大変なことにはならないと思うけど、私は運動全般が苦手だ。
 気を引き締めていこう。

「A組5班、出発して下さい」

 ルートを伝えられ、私たちの班も出発する。
 
「いつねさん、オリエンテーリングの経験はございますの?」
「中学生の時、林間学校で1度やったかなー。にののんは?」
「私もですわ」
「オレは3回目だ」
「わいもや」
「俺は2回目」

 どうやらみんな経験があるらしい。
 頼もしいことだ。

「いずみんは?」
「初めてです」

 本当は前世の中学生時代に一度経験しているが、この場でそう発言する訳にはいかない。

「ガイドはオレに任せておけ」
「わいは適当に」
「じゃあ、俺も」
「あたしたちはー?」
「ペースはお前たちに合わせるから、足元に注意しつつゆっくり歩いてくれればいいぞ」
「お言葉に甘えさせて頂きますわ」

 和気あいあいとした雰囲気の5人の後をてくてく着いて行く。
 と、いつねさんと仁乃さんが、少し歩く速度を下げて並んできた。

「いいお天気ですわね」
「風が気持ちいー」
「……」
「体育祭以来、あんまり動いていませんでしたから、いい運動になりますわ」
「あたしも部活以外ではちょっと運動不足だなー」
「……」
「演劇部はどうですの?」
「すっごく楽しい。今は基礎練習だけど、百合ケ丘はやっぱりレベルが高いよ」
「……」
「私は結局陸上ですけれど、こちらもレベル高いですわ。もっとタイムが縮められそうですの」
「にののんもっと早くなるのかー。来年の総合健康診断は楽しみだねー」
「……」

 若干一名完全に沈黙しているのに、気にする様子もなくお喋りを続けるいつねさんと仁乃さん。
 しかも、3人で和気あいあいとしています、という雰囲気で、である。
 これが、コミュ力の差か……。

 私も別に悪意や意地悪で沈黙している訳ではない。
 単純に何をいつどう喋っていいのか分からないだけなのだ。
 これが一対一ならまだもう少しマシなのだが、3人以上での会話となると、これが全くと言っていいほど出来ない。

「お姉さま、体力は大丈夫ですの?」
「足痛くなーい?」

 おっと。
 でたな、自然でさりげない話題提供。
 これが出来るのはコミュニケーション力Lv5以上からである。
 私?
 1に決まってる。
 仁乃さんが推定6、いつねさんが10である。(Max10)

「今のところは、平気です」
「しんどくなったら仰って下さいね?」
「うん。とーま君たちに言って休ませてもらおう」
「……ええ」

 おっと。
 でてしまった、不自然な沈黙。
 これが出来るのはぼっち力Lv5位上からである。
 私?
 10に決まってる。
 仁乃さんが推定3、いつねさんは1である。(Max10)

 冗談はさておき。

「女の子が楽しそうにしているとこ見るのはたのしーな」
「あら、ナキさん」
「ナッキーも混ざる?」
「ええの?」
「どうぞですわ」
「ここ広いから横に広がっても平気だねー」

 進行方向左からナキ、仁乃さん、いつねさん、私の順に横一列なった。
 いつねさんの言う通り、往来では通行の邪魔になりそうな位置取りだ。

「仁乃ちゃんは好きなタイプどんなん?」
「な!? いきなりなんですの!」
「お、恋バナー?」
「せやせや。参考までに教えてーな」
「そんなおおっぴらに話せませんわ」

 仁乃さんは乙女なのである。

「さよか? いつねちゃんは?」
「そうだねー。面白い人がいいなー」
「例えば?」
「入学式の最初の自己紹介で、1人でいたいのでほっといて下さいとか言っちゃう人」
「あれは衝撃的やったもんなー」
「ねー?」

 ほっといて下さい。

「んで、和泉ちゃんは?」
「恋愛には興味ないと言ったはずですが」
「ご冗談。冬馬がいるやないの」
「冬馬くんはただの幼なじみです」
「というのは建前で?」
「本音も同じです」
「あらー。こら冬馬が報われんなー」

 台詞とは裏腹に、楽しそうなナキ。

「ナキさんはどうなんですの?」
「男の子の恋愛観っていうのも面白そうだねー」
「わい? わいは――」

 あ。まずい。

「この世にいる女の子全てや!」

 すっごくいい笑顔で言い切った。

「何という残念なイケメンですの」
「あはは。いっそすがすがしいけどねー」
「はぁ……」

 本日4回目のため息。

「だって考えてもみーや。女の子ってみんな可愛いやん。1人だけとかもったいないやん」
「不誠実ですわ」
「せやろか? 平安時代なら当たり前のことやってんで?」
「今は現代ですわ」
「イスラム教に改宗しよかな……」
「ムスリムの方が聞いたら、激怒しますわよ!」
「冗談やて」
「宗教上のことは、安易に冗談にしてはいけませんわ」
「へいへい。肝に銘じておきます。で、仁乃ちゃんのタイプは?」
「そうですわね――って、言いませんわよ!?」
「あはは」

 ナキは女子の間にも自然に混ざれる。
 空気をつかむのが非常に上手いのだ。
 ある意味、私よりも女子力が高いのかもしれない。

「おーい。お前らちょっとスピード上げろよー」

 冬馬が結構離れた場所から呼んでいる。
 いつの間にか遅れてしまったらしい。

「少し早足にしましょうか」
「そーだねー」
「せやな。――ん? 和泉ちゃん、どしたん?」

 ナキが私の変調に気づいた。

「少ししんどくて。先に行って下さい」
「さよか。んなら、いつねちゃんと仁乃ちゃんは先に行ってや。わいは和泉ちゃんとゆっくり行くわ」
「それなら私も」
「あたしも」
「冬馬にスピード落とすように行ってくれる人がおらんと」
「仕方ありませんわね」
「いずみん、無理しないでね」

 2人がゆっくり先行する。

「少し熱があるな」
「……朝から少し調子が悪くて」

 こんなに悪化するとは思っていなかった。

「お姫様抱っこしていこか?」
「やめて下さい」
「冗談やて――ぐっ!」

 唐突に、ナキの気配が消えた。

「?」

 慌てて周囲の様子を探ると、ナキは地面に倒れていた。

「ナキ……くん?」
「あかん……にげ……や……」
「?」

 意味が分からない。
 と、背後に人の気配を感じた。
 誰か戻ってきてくれたのだろう。

「あの、ナキくんが……むぐっ!?」

 振り返った先に立っていた人影は、冬馬たちの誰でもなかった。
 目出し帽をかぶった男が4人、警棒のようなものを持って立っていた。
 その内の1人が、私の口を素早く塞ぐ。
 まずい。
 これは――。

「――冬馬ぁーーーっ! 誘拐やぁーーーっ!」

 ナキが絶叫した。
 だいぶ先行していた冬馬が振り向いた。

「んー! んー!」

 私は思いっきり暴れたが、みぞおちを強く殴られ、気絶してしまった。
 意識を手放す寸前、鬼の形相をした冬馬が、こちらに駆けてくるのが見えた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

【完結】悪役令嬢の反撃の日々

くも
恋愛
「ロゼリア、お茶会の準備はできていますか?」侍女のクラリスが部屋に入ってくる。 「ええ、ありがとう。今日も大勢の方々がいらっしゃるわね。」ロゼリアは微笑みながら答える。その微笑みは氷のように冷たく見えたが、心の中では別の計画を巡らせていた。 お茶会の席で、ロゼリアはいつものように優雅に振る舞い、貴族たちの陰口に耳を傾けた。その時、一人の男性が現れた。彼は王国の第一王子であり、ロゼリアの婚約者でもあるレオンハルトだった。 「ロゼリア、君の美しさは今日も輝いているね。」レオンハルトは優雅に頭を下げる。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

【完結】悪役令嬢は婚約者を差し上げたい

三谷朱花
恋愛
アリス・デッセ侯爵令嬢と婚約者であるハース・マーヴィン侯爵令息の出会いは最悪だった。 そして、学園の食堂で、アリスは、「ハース様を解放して欲しい」というメルル・アーディン侯爵令嬢の言葉に、頷こうとした。

婚約者に毒を飲まされた私から【毒を分解しました】と聞こえてきました。え?

こん
恋愛
成人パーティーに参加した私は言われのない罪で婚約者に問い詰められ、遂には毒殺をしようとしたと疑われる。 「あくまでシラを切るつもりだな。だが、これもお前がこれを飲めばわかる話だ。これを飲め!」 そう言って婚約者は毒の入ったグラスを渡す。渡された私は躊躇なくグラスを一気に煽る。味は普通だ。しかし、飲んでから30秒経ったあたりで苦しくなり初め、もう無理かも知れないと思った時だった。 【毒を検知しました】 「え?」 私から感情のない声がし、しまいには毒を分解してしまった。私が驚いている所に友達の魔法使いが駆けつける。 ※なろう様で掲載した作品を少し変えたものです

毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。

克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。

処理中です...