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第1章 高校1年生 1学期
第13話 自称、予言者。
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「ええ、当たっていましたわ! 信じます! 信じますとも!」
ゴールデンウィークから数日たったある日の夕方、仁乃さんが何やら興奮した様子で誰かと電話していた。
言うまでもないと思うが、百合ケ丘では携帯やスマホはOKである。
もちろん、授業中はマナーモードにしておく必要があるが。
「はい。明日にもさっそく、銀行で振り込みますわ。それでは」
そう言って仁乃さんは電話を切った。
「聞いて下さいませ、お姉さま」
「……何なんですか、騒々しい」
カリカリ自習していた私は、面倒くさいなぁなどと思いながら仁乃さんの声を聞いていたのだが、
「私、予言者の方と知り合いになりましてよ」
「は?」
その一言で思わず、振り向いてしまった。
仁乃さんはまだ興奮冷めやらぬ、といった感じで、目を爛々と輝かせていた。
「……何と言いました?」
「ですから、予言者ですわ、予言者!」
「何ですかそのやたらと胡散臭い人は」
このご時世に予言者とは。
しかも信じる人がいるなんて。
「いえいえ。私も最初は胡散臭いと思っておりましたのよ?」
「当然でしょう」
「でも、あの方は本物ですわ」
「な訳ないでしょう……」
力説する仁乃さんを放っておいて、私はまた机に向き直った。
「本当ですわ! だってあの方、一週間も連続で予言を的中させましたのよ!?」
「ふーん……」
「私、信じることに決めましたの。これからお父様に言ってお金をお借りして、予言者さんの言う未公開株を――」
「待てい」
私は再び振り返った。
「あ、お姉さまも買われます? きっと大儲け間違いなし――」
「ちょっと待って下さい。落ち着いて、最初から説明してください」
「いいですわよ」
仁乃さんの話によると、ゴールデンウィーク中のある朝、スマホに電話がかかってきたのだという。
見たことのない番号だったので、無視していたらしいのだが、あまりにも粘ってくるので、思わず出てしまったのだとか。
そしてその主は女性の声で予言者を名乗ったのだという。
「すぐ切らないと」
「無視すると不吉なことが起きると言われて、ためらってしまいましたの……」
自称予言者は、その日から一週間、とある野球チームの勝ち負けを当てるので、全て当てたら自分を信じて欲しいと言ってきたそうだ。
取り敢えずそこで一旦電話は切れ、実害は何も無かった。
仁乃さんもすぐに忘れるだろうと思っていたのだが――。
「予言者さんの予言、当たっていましたの」
その日の予言は勝ちだったそうだが、野球チームは確かに勝ったそうだ。
それでも、きっと偶然に違いないと思ったのだが、翌日も自称予言者から電話が掛かってきた。
その日の予言は負けだった。
「そしてその通りになったのですわ」
次の日も、その次の日も、電話は掛かってきて、自称予言者は予言を当て続けた。
結局、7日間全ての勝敗を当ててみせたのである。
「これはもう、絶対に本物ですわ!」
「さっき、未公開株がどうとか言っていませんでしたか?」
「そうですの!」
自称予言者を信じると言った仁乃さんに、彼女は今後絶対に値上がりする未公開株の買い取りを持ちかけてきた。
その額、10万円。
株式としてはかなり少額だが、一般の高校生にはちょっと手が出ない金額だ。
だが、百合ケ丘に通うような生徒なら、その限りではない。
「ちょっとスマホ貸して下さい」
「構いませんけど……。何を?」
「いいですから」
訝しげな顔でスマホを渡してくる仁乃さん。
ピッピッとロックを外す。
「ちょ、お姉さま! 何でロックナンバー知って――」
「今はそれどころじゃありません」
通話履歴から自称予言者の元にかける。
3コールで出た。
「もしもし」
「二条さんですか。何か?」
「沢山のお電話ご苦労様です。二条は騙されませんので、あしからず。では」
ぷつりと電話を切り、着信拒否設定する。
「え? え?」
「仁乃さん。これは詐欺です」
「は?」
「だから、詐欺です」
「さ、詐欺?」
「そうです」
私は言い切った。
「でも、予言者さんは確かに予言を当てて……そう! 不安があるなら、もう1日当ててもいいとすら仰っていましたのよ!?」
「落ち着いてください。今から説明して上げますから」
私は机の椅子から降ると、仁乃さんの手を引いてカーペットのクッションに座らせた。
「野球チームが勝つか負けるかする確率は?」
「2分の1ですわ」
「そうです。それが一週間ですから、全てあたる確率は2分の1の7乗で、128分の1になります」
「よくぱっと数字が出てきますわね」
「2の階乗はよく使うので覚えてますから」
場合の数と確率の所でさんざんやる。
これは数学Aの範囲だ。
「でも128分の1を当てるなんて、やっぱり本物じゃありませんの?」
「仁乃さんは、自分のことだけ考えているからそう思ってしまうだけです」
「?」
「もっと広く視野を持って下さい。その自称予言者さんが、128人の人に電話を掛けていたとしたら?」
「あっ!」
「分かりましたね?」
例えば2日間の勝敗であれば、まず2の2乗=4人の人間に電話をかけ、初日は2人ずつ別の勝敗を伝える。
こうすれば、初日は半分外れて半分当たり、必ず2人は残る。
2日目も2人のそれぞれに別の勝敗を伝えれば、必ず1人は残る。
つまり、2の日数乗の人数に電話をかければ、かならず1人は当たる仕組みになっているのだ。
「仁乃さんは、たまたま全て当たった群に属していただけです。延長してもいいと言っていたところを見ると、多分、256人以上の人間に電話を掛けていたのでしょうね。お疲れ様としかいいようがないです」
「そういうことでしたの……危ない所でしたわ……」
「10万円という金額も、ギリギリ百合ケ丘の生徒なら払えそうな額というところがいやらしいですね。仁乃さんのスマホに直接かかってきた所をみると、百合ケ丘の生徒の電話番号名簿が流出しているのかも」
「怖い話ですわ……」
「ちょっと、職員室に行って、生徒に注意を促してもらえるよう、先生に掛けあってきます」
「あ。私も行きますわ」
先生方に訴えた結果、注意喚起の張り紙があちこちに張られて、実際の被害はないまま騒動は収まった。
「でも、いずみん、よくからくりが分かったねー?」
「あれだろ? 理科の爺さんの影響」
「あー、和泉ちゃんの家庭教師だったっちゅう?」
「そうらしいですわ」
……何で、私はこの4人に囲まれているのか。
「まぁ、そうです」
騒動のあらましを仁乃さんが自慢気に(自分も騙されていたのに)語っていたところ、冬馬たちが寄ってきたのである。
「マジックも悪用すれば詐欺ですから、引っかからないように、色々と手口を教えて頂きました」
「お陰でこんなに性格がひねくれてしまって」
「ほっといて下さい」
仁乃さんがよよと泣き真似するのがうっとうしい。
「でも、いずみんのおかげで被害0だったんでしょー? よかったねー」
「数学をしっかり勉強していれば、こんな詐欺などに引っかからん」
「へーへー、耳が痛いこっちゃ」
「確率の勉強はしておりましたのに……」
こういうのは、「お勉強」の知識として知っているだけではダメだ。
詐欺の怖い所はそこである。
気づいた時には、もう術中に落ちている場合が多い。
かくいう私も、先生に見事に騙された口だから偉そうなことは言えない。
「そうそううまい話はない。そういうことです」
「で、お姉さま。私のロックナンバーはどうして知ってましたの?」
「みなさんも用心して下さい」
「お姉さま!」
ゴールデンウィークから数日たったある日の夕方、仁乃さんが何やら興奮した様子で誰かと電話していた。
言うまでもないと思うが、百合ケ丘では携帯やスマホはOKである。
もちろん、授業中はマナーモードにしておく必要があるが。
「はい。明日にもさっそく、銀行で振り込みますわ。それでは」
そう言って仁乃さんは電話を切った。
「聞いて下さいませ、お姉さま」
「……何なんですか、騒々しい」
カリカリ自習していた私は、面倒くさいなぁなどと思いながら仁乃さんの声を聞いていたのだが、
「私、予言者の方と知り合いになりましてよ」
「は?」
その一言で思わず、振り向いてしまった。
仁乃さんはまだ興奮冷めやらぬ、といった感じで、目を爛々と輝かせていた。
「……何と言いました?」
「ですから、予言者ですわ、予言者!」
「何ですかそのやたらと胡散臭い人は」
このご時世に予言者とは。
しかも信じる人がいるなんて。
「いえいえ。私も最初は胡散臭いと思っておりましたのよ?」
「当然でしょう」
「でも、あの方は本物ですわ」
「な訳ないでしょう……」
力説する仁乃さんを放っておいて、私はまた机に向き直った。
「本当ですわ! だってあの方、一週間も連続で予言を的中させましたのよ!?」
「ふーん……」
「私、信じることに決めましたの。これからお父様に言ってお金をお借りして、予言者さんの言う未公開株を――」
「待てい」
私は再び振り返った。
「あ、お姉さまも買われます? きっと大儲け間違いなし――」
「ちょっと待って下さい。落ち着いて、最初から説明してください」
「いいですわよ」
仁乃さんの話によると、ゴールデンウィーク中のある朝、スマホに電話がかかってきたのだという。
見たことのない番号だったので、無視していたらしいのだが、あまりにも粘ってくるので、思わず出てしまったのだとか。
そしてその主は女性の声で予言者を名乗ったのだという。
「すぐ切らないと」
「無視すると不吉なことが起きると言われて、ためらってしまいましたの……」
自称予言者は、その日から一週間、とある野球チームの勝ち負けを当てるので、全て当てたら自分を信じて欲しいと言ってきたそうだ。
取り敢えずそこで一旦電話は切れ、実害は何も無かった。
仁乃さんもすぐに忘れるだろうと思っていたのだが――。
「予言者さんの予言、当たっていましたの」
その日の予言は勝ちだったそうだが、野球チームは確かに勝ったそうだ。
それでも、きっと偶然に違いないと思ったのだが、翌日も自称予言者から電話が掛かってきた。
その日の予言は負けだった。
「そしてその通りになったのですわ」
次の日も、その次の日も、電話は掛かってきて、自称予言者は予言を当て続けた。
結局、7日間全ての勝敗を当ててみせたのである。
「これはもう、絶対に本物ですわ!」
「さっき、未公開株がどうとか言っていませんでしたか?」
「そうですの!」
自称予言者を信じると言った仁乃さんに、彼女は今後絶対に値上がりする未公開株の買い取りを持ちかけてきた。
その額、10万円。
株式としてはかなり少額だが、一般の高校生にはちょっと手が出ない金額だ。
だが、百合ケ丘に通うような生徒なら、その限りではない。
「ちょっとスマホ貸して下さい」
「構いませんけど……。何を?」
「いいですから」
訝しげな顔でスマホを渡してくる仁乃さん。
ピッピッとロックを外す。
「ちょ、お姉さま! 何でロックナンバー知って――」
「今はそれどころじゃありません」
通話履歴から自称予言者の元にかける。
3コールで出た。
「もしもし」
「二条さんですか。何か?」
「沢山のお電話ご苦労様です。二条は騙されませんので、あしからず。では」
ぷつりと電話を切り、着信拒否設定する。
「え? え?」
「仁乃さん。これは詐欺です」
「は?」
「だから、詐欺です」
「さ、詐欺?」
「そうです」
私は言い切った。
「でも、予言者さんは確かに予言を当てて……そう! 不安があるなら、もう1日当ててもいいとすら仰っていましたのよ!?」
「落ち着いてください。今から説明して上げますから」
私は机の椅子から降ると、仁乃さんの手を引いてカーペットのクッションに座らせた。
「野球チームが勝つか負けるかする確率は?」
「2分の1ですわ」
「そうです。それが一週間ですから、全てあたる確率は2分の1の7乗で、128分の1になります」
「よくぱっと数字が出てきますわね」
「2の階乗はよく使うので覚えてますから」
場合の数と確率の所でさんざんやる。
これは数学Aの範囲だ。
「でも128分の1を当てるなんて、やっぱり本物じゃありませんの?」
「仁乃さんは、自分のことだけ考えているからそう思ってしまうだけです」
「?」
「もっと広く視野を持って下さい。その自称予言者さんが、128人の人に電話を掛けていたとしたら?」
「あっ!」
「分かりましたね?」
例えば2日間の勝敗であれば、まず2の2乗=4人の人間に電話をかけ、初日は2人ずつ別の勝敗を伝える。
こうすれば、初日は半分外れて半分当たり、必ず2人は残る。
2日目も2人のそれぞれに別の勝敗を伝えれば、必ず1人は残る。
つまり、2の日数乗の人数に電話をかければ、かならず1人は当たる仕組みになっているのだ。
「仁乃さんは、たまたま全て当たった群に属していただけです。延長してもいいと言っていたところを見ると、多分、256人以上の人間に電話を掛けていたのでしょうね。お疲れ様としかいいようがないです」
「そういうことでしたの……危ない所でしたわ……」
「10万円という金額も、ギリギリ百合ケ丘の生徒なら払えそうな額というところがいやらしいですね。仁乃さんのスマホに直接かかってきた所をみると、百合ケ丘の生徒の電話番号名簿が流出しているのかも」
「怖い話ですわ……」
「ちょっと、職員室に行って、生徒に注意を促してもらえるよう、先生に掛けあってきます」
「あ。私も行きますわ」
先生方に訴えた結果、注意喚起の張り紙があちこちに張られて、実際の被害はないまま騒動は収まった。
「でも、いずみん、よくからくりが分かったねー?」
「あれだろ? 理科の爺さんの影響」
「あー、和泉ちゃんの家庭教師だったっちゅう?」
「そうらしいですわ」
……何で、私はこの4人に囲まれているのか。
「まぁ、そうです」
騒動のあらましを仁乃さんが自慢気に(自分も騙されていたのに)語っていたところ、冬馬たちが寄ってきたのである。
「マジックも悪用すれば詐欺ですから、引っかからないように、色々と手口を教えて頂きました」
「お陰でこんなに性格がひねくれてしまって」
「ほっといて下さい」
仁乃さんがよよと泣き真似するのがうっとうしい。
「でも、いずみんのおかげで被害0だったんでしょー? よかったねー」
「数学をしっかり勉強していれば、こんな詐欺などに引っかからん」
「へーへー、耳が痛いこっちゃ」
「確率の勉強はしておりましたのに……」
こういうのは、「お勉強」の知識として知っているだけではダメだ。
詐欺の怖い所はそこである。
気づいた時には、もう術中に落ちている場合が多い。
かくいう私も、先生に見事に騙された口だから偉そうなことは言えない。
「そうそううまい話はない。そういうことです」
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