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第1章 高校1年生 1学期

第12話 鈍色のゴールデンウィーク。(後編)

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「よく来たな。上がれよ」
「お邪魔します」

 久しぶりに訪れる冬馬の実家は、我が家とは違って真新しい建物である。
 敷地面積は一条の家に比べればやや小さいが、それでも十分大きいと言える。

「いつねはもう来てる。あとナキも呼んだ」
「そうですか。あ、これ、お土産です」
「ケーキか。おもたせで悪いが、後でみんなで頂こう」

 冬馬は私からつつみを受け取ると、使用人に何事かことづけて渡した。

「和泉が来るのは久しぶりだな」
「はい」

 とりとめのない会話をしつつ、機能性と芸術性を併せ持った螺旋階段を上がる。
 古い洋館といった感じの強い一条家とは違い、東城家は新築のような空気がある。
 建物もデザイン性がきちんと意識されていてとても素敵だ。

 3階の奥にある扉には、アルファベットでTOUMAと書かれたプレートがあった。
 中から話し声が聞こえてくる。

「お。和泉ちゃん、いらっしゃい」
「いずみん、遅ーい」

 ナキといつねさんが無邪気に挨拶してきた。

「ごめんなさい。 おみやげをすっかり忘れていて、途中で店に寄っていたら遅くなってしまったんです」
「今更の仲やし、そんなんえーのに」
「あたし、何にも持ってきてないや……」
「和泉が気を回しすぎなんだ」

 知人宅への訪問マナーなど、元ひきこもりにあるはずもない。
 ここまで車で送ってくれた運転手さんが気づいて、大慌てで用意したのだ。
 和泉の知識としてはちゃんとあったのだが、どうも最近、前世の私の方が強く出ている気がする。

「あ。そういえばちゃんとお礼言ってなかったね。とーま君、本日はお招きに預かりありがとうございました」

 いつねさんが頭を下げる。

「かたっ苦しいのは和泉だけで十分だ。それに、用があるのはオレたちの方だから、本来ならオレたちがそちらに伺うべきだった」
「だめだめ。うちは狭いもん。こんな豪邸に慣れてる人たちを招待出来ないよー」
「わいの家かて、こんな豪邸やないわ。冬馬と和泉ちゃんとこが異常なんや」

 大きさは確かにそうかもしれないが、ナキの家には地下に防音設備を備えたスタジオがある。
 あれも一般家庭にはちょっとない。

「それでそれでー? 今日のご用向きはなにー?」
「それなんだがな……」

 内容が内容だけに、冬馬も言い出しづらいらしい。
 話を聞きたいのは私だ。
 私が自分自身で聞くべきだろう。

「申し訳ないのですが、私の家の者がいつねさんについて調べました」
「ほえ!?」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするいつねさん。
 
「な、何で?」
「家にとってより効率よく有益な友好関係を築くため、有害な関係を未然に防ぐためです」
「まだそないなことやってんか。時代錯誤もはなはだしいわ」
「同感だが、うちもやってたからな……」

 ナキの家はそういったしがらみは無いらしい。
 羨ましいことだ。

「それでー?」
「はい。その結果、いつねさんとは付き合うなと釘を刺されました」
「えー!?」

 寝耳に水だったようで、いつねさんは大層驚いた顔をしている。

「何であたしはダメなの?」
「それが分からないのです」
「???」
「何かしら理由はあるようなのですが、私は教えて貰えませんでした」
「そうなんだー」

 いつねさんは困惑の表情を浮かべた。

「何か思い当たることはあるか? オレは大概のことは受け入れる。もちろん、他言しない」
「わいも」
「私もです」
「そう言われてもなー……」

 ぐっと眉を寄せていつねさんは考えこんだ。
 心当たりがない……ように見える。
 嘘を付いているそぶりはないが、彼女は演劇部だ。
 何か隠している可能性は捨てきれない。

「私と付き合っても何の足しにもならないっていうのは分かるけど、かといって有害ってほどではないと自分では思うなー」
「付き合うの禁止されるほどのことやもんなー」

 禁止リストに載っていた他の生徒には、納得出来る理由がそれぞれにあった。
 いつねさんが言うように、利益がない程度のことでは禁止リストには載らない。

「大体、いずみんたち3人に分からないのに、あたしが分かる訳ないじゃん」
「自分のことでしょう?」
「みんな、あたしより頭いいもん」
「わいはアホやで?」
「勉強が出来る出来ないとかじゃなくて、知恵っていう意味」
「光栄に思え、ナキ」

 本人に訊けば何か分かるかと思ったが、どうやら暗礁に乗り上げてしまったようだ。

「うーん……。もしかしたら、私自身じゃなくて、家族の誰かに関することかもしれないから、何となく訊いてみるよ」
「ごめんなさいね」
「ううん、全然! だって、これっていずみんがとうとうデレたってことだよね!」
「……は? 違いますよ」
「はいはい。ツンデレツンデレ」
「ナキくんも変なこと言わないで下さい」
「和泉は昔からツンデレだ」
「……ここに味方はいないのね……」

 うやむやになってしまった感があるが、取り敢えず経過観察ということになった。

「それよりさ、せっかく集まったんだから何かして遊ぼうよー」
「ええな」
「そうは言うが、オレの部屋に遊ぶものなんてそんなにないぞ?」
「……」
「和泉、機嫌直せ」
「別に」

 私がぶーたれている間に、ナキがジェンガを見つけた。
 ビル状に積み上げた小さな直方体のブロックたちを、順番に引き抜いては積み上げていくアレである。
 みんなで遊ぶには丁度いい。

「とーまくん、弱っ!」
「3連敗やな」
「不器用ですね」
「くっ……。もう1回だ!」

 ナキ>私>いつねさん>>超えられない壁>>冬馬の順で強かった。
 というか、冬馬が弱すぎる。

「いずみんの運動音痴もそうだけど、完璧な人ってなかなかいないんだね」
「付き合いの長いわいからすると、冬馬は完璧でもなんでもないで?」
「それに比べてナッキーの強いこと」
「未だ無敗ですもんね」

 やはりバイオリニストの手は違うということだろうか。

「みんなお楽しみね。ケーキ持ってきたわよ」
「母さん、ノックして」
「したわよ。みんな夢中だったのね」

 冬馬のお母さんがお盆にケーキと紅茶を載せて持ってきた。
 彼女はこういうことは使用人にやらせない。
 一条家とは、こういう所も違う。

「いいから。置いたら出てってくれよ」
「はいはい。みんな、ゆっくりしていってね」

 ほがらかな空気を残して去っていった。
 冬馬だけは気まずそうだったが。

「冬馬のおかん、相変わらずべっぴんさんやなー」
「お前は人の母親をそういう目で見るのをやめろ」
「でも、本当に綺麗な人だったー」
「そうですね」

 母親という存在は、私にとっては遠いものである。
 前世も今世も。

 ケーキを食べ終わると、今度はトランプで遊んだ。
 当然だが、私は自分の分のカードしか触らせて貰えなかった。

「だってイカサマするだろ、お前」
「しませんよ」
「私はむしろもう一度見てみたいかなー。ねえ、何か見せてー」
「……いくら払いますか?」
「有料かい!」

 この状況は、私が意図したものではない。
 だからこそ。
 降って湧いた非ぼっち的状況に、私はこの一時(いっとき)、ぼっちを忘れていたんだと思う。
 だからきっと聞き逃したのだ。

 ――ごめんね。

 帰る間際、いつねさんがひっそりと漏らしたその一言を。
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