迷宮でのひととき

斧鳴燈火

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1.ムーンライト

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「ただいま」
酒場のドアが勢いよく開かれ、不機嫌な顔した男が入ってきた。
ドアーフの戦士バルボアだ。
身長120センチ前後で小柄な戦士は、大きな斧を担いでいる。
体中傷だらけで怪我をしているようだが、頑丈なドワーフはそんなことお構いなしにドカドカ入ってくる。
「お帰り!」店で酒を飲んでいた連中が、手に持った酒を掲げ元気に返事を返す。ただいま!で入り、お帰り!と返すのがこの酒場のルールだ。
バルボアはここの常連で冒険から帰ってくると、いつもこの酒場で酒を飲んでいる。独り身のバルボアにとって、この酒場がホームであり帰る場所だ。
そして今日もいつもの席にドカッと座るといつもの行動にうつる。
テーブルの上に金貨の入った大袋をドサッとおいて、目でウェイターを探し注文する。
「とりあえずビール!」

ウェイターのおばさんがビールを運んでくる。名前はモルダー。モルダーは赤毛のポッチャリとした人族で、ここで働きながら帰らぬ人を待ってる。生きているのか死んでいるのか?それすらわからない。少なくともその話しを聞いてから、もう何十年も時間はたっていた。手がかりを見つけたら教えてくれと頼まれていた。
「今日はどんな冒険をしてきたんだい?」モルダーは酒をバルボアの前に置くと、いつものように聞いてくる。
「たいしたことはないよ」
「またまた、そんなこと言って~。聞かせておくれよ」
周りの連中も集まってくる。小さな酒場だ。客もほとんど顔なじみ。みんなバルボアの冒険譚に興味津々だ。
冒険には危険がつきもの、ちょっとした情報で命拾いをすることも少なくない。しかし、ここの連中は情報共有よりも酒の肴が欲しいだけである。
まずはキンキンに冷えたビールを胃に流し込み、一息つく。
「今回はあるものを探しにザナルメディ迷宮の奥深く潜りこんできたんだ」バルボア白髪の混じった髭を指で弄りながら語り始める。酒場の皆は耳を傾けた。



ランタンを掲げ薄暗いダンジョンを進む。入り組んだ迷宮奥深くに進むと、シノブ苔の群生地がある。
そこにうっすらと光るクラゲが宙を舞っている。光海月だ。
無数の海月が青白く光、洞窟内を照らしている。
それはとても幻想的で美しい光景である。
それを何匹か捕まえると、火を消したランタンの中に閉じ込めた。小さなクラゲはランタンの中で輝く。
少し暗くなったらランタンの硝子を叩く。そうすることで光が強くなる。刺激を与えることで光を調節することが出来るのがこのギアの面白い所だ。
冒険者達はこの明かりのことを、月明かりにちなんでムーンライトと呼んでいる。

新たな光源を手に入れたことでオイルの節約が出来た。
ムーンライトのランタンを掲げるとダンジョンのさらに奥深くに足を踏み入れる。
途中出くわしたゴブリンやスライムを退治しながら先に進む。
何処から湧いてくるのか、奧に進めば進むほどモンスターは強くなる。
警戒を解くことなく慎重に進まなくては行けない。

奥深くまで行くと少しひらけた場所にでて、大きな宝箱を発見した。
近くに魔物もいない。
そこまできて、安心からか急に腹が減ってきた。
宝箱を開けるのは食後のお楽しみにすることにし、近くあった岩場に腰をおろす。ランタンと荷物を地面に置き一息ついた。ランタンの灯りも心なしか落ちてきている。叩いて刺激を与えても光に変化はない。
光海月の主食は洞窟内の苔や茸だ。
岩からシノブ茸をこ削ぎ落とすと、ランタンの硝子を少しあけて、茸を中に入れてやる。海月は光る手足を伸ばすと、それを体内に取り込む。食事をすると白色光から鮮やかな青い光に変化した。光海月は感情によって色が変わる。少し元気になったのがみうけられた。
食事を摂ることによって、灯りが少し明るくなった。
手元が見えやすくなったので今度は自分の食事の支度を始める。
鞄から炎熱石を取り出すとそれを地面に敷き、取り囲む様に石を置き土台を作る、円盾をその上に置いた。
炎熱石は徐々に温度をあげ鍋(盾)を温める。
そこに油をいれ、パチパチと油の跳ねる中にベーコンと卵それに洞窟で取れた茸を投入した。ベーコンに焼きめがついて美味しそうな匂いが周りに立ち込める。ひっくり返すとジュッと油が跳ねる。
その匂いは付近のモンスターの胃袋を刺激するには充分だった。バルボアはそのことにまだ気づいていなかった。
ランタンが赤く光りだす。
ヌメリとした感触が足にまとわりつく。
即座に斧を掴もうとするが、一瞬遅かった。
長い舌が足に絡みつき、力強く引っ張られ引きずられた。うつ伏せになりながら引き込まれないよう、地面にしがみつく、舌の先を見ると、宝箱が大きく口をあけて牙を剥き出しにしていた。ミミックだ!!
赤い舌はさらに絡みつきながら、足から胴体まで伸びてくる。胴体をガッシリ掴んだ舌は回転を加える、対応出来ず踏ん張りの効かなくなった体は宙に持ち上げられた!
巻き付いた舌を引き剥がそうとするが、まるで大蛇に巻き付かれたかのように、締め付けられ食い込んでいく。そして体をゆっくり持ち上げると、何度も地面に叩きつけた。
抵抗出来なくなるまで何度も。全身を強打し、体が動かなくなる。痛みで頭がぼーとしてくる。耳の奥がキーンとする。
動けなくなるとわかると体をゆっくりと持ち上げ、口に運んでいく。食事の時間だ。
意識が朦朧とするなか、体からパラパラと白い粉が落ちる。
ああ、食塩だ。懐にあった食塩の袋が破けて落ちているのだ。
下ではミミックが大口を開けて待ち構えている。
ミミックの蓋がバグッと閉まり、上半身を噛まれる。
歯が体に食い込む、激しい痛みに耐えながら、舌に塩をすり付けた。少量なら美味しい調味料も大量なら毒になる。
たまらずミミックはバルボアを吐き出した。
吐き出されて転がされた先には愛用の斧があった。
それを掴み立ち上がると、ミミックに向かって反撃に向かった。
まだミミックは大量の塩によって咳き込んでいる。
あいている大口に向けて、思い切り斧を振り下ろした。
「ぴぎゅああああああああ!!!」断末魔をあげるモンスター。それに対し動かなくなるまで、何度も何度も斧を打ち立てた。



テーブルの上には金貨がある。
その周りを取り囲むようにみな話を聞き入った。
「ミミックは、獲物を丸ごと食べる習性がある。強力な胃酸で食べた物を溶かして、溶かし切れなかったものが体内に残る。そしてこの金貨がミミックが体内に蓄えていたものだ、、、恐らく他の冒険者達の持ち物だったのだろうな。それから」
話し終えるころには、酔がまわり意識が朦朧としてくる。口調もおかしくなり、目蓋もトローンと落ちてきて今にも崩れ落ちそうだ。しばらく眠気に持ちこたえていたがそれも限界を迎えた。
ドカッ!バルボアはテーブルに突っ伏すと、そのまま眠りに落ちてしまった。周りの冒険者達はそれを楽しそうに見ている。戦士バルボアの弱点はアルコールだ。少量のお酒で酔ってしまう。だけど好きなのでやめられない。ダンジョン内は危険なので飲めないが、この酒場では安心して飲める。
いびきはうるさいが、その寝顔は安らかだ。
疲れとアルコールでグッスリ寝てしまいもう起きる気配はない。
店仕舞いの時間だ。
傍聴者達も仲間達に別れをつげ、各々の寝床へ帰っていった。店の外灯の灯りも消され、夜はふけていった。



鳥のさえずる音でバルボアは目を覚ます。
「もう朝か、」
テーブルに突っ伏すしたまま寝てしまった。
寝たときと違うのは、傷口を消毒され、体中包帯が巻かれていて、肩には風をひかぬよう、温かな毛布がかけられていたことだ。
「おはようございます」ウェイターが暖かいしじみ汁をだしてくれる。
「おはよう」
飲むとしじみ汁が優しく胃に染み渡る。美味しい。
「もういくのかい?」
「ああ、」
バルボアは酒場を出るとまた冒険の旅に出た。
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